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第128話 姫と職人と始まりの槌音

 エルフの森シルヴァンでの探索を終え、俺たちはその神秘の森の奥深くから、極めて貴重な魔力素材を採取した。


 これでエルフの森で手に入れた魔法素材は四つになった。

 どれも貴重なものだ。


 夜の闇に月光を宿す草、【月光草】。

 七色の光で強固な結界を張るという、【虹色苔】。

 遠き者へその声を届ける、精霊の囁き、【精霊の木霊】。

 そして、古代の大樹が流した、星々の涙、【星辰の雫】。


 これらの素材は、ただの「伝説級」ではない。一つ一つが固有の強力な性質を秘めており、この世界の魔道具の常識を覆す可能性を内包している。誰も知らない予期せぬ効力が、まだ隠されているかもしれないのだ。


 この世界に流通している魔道具は、俺から見れば発展途上だ。

 その根幹をなす魔法素材の研究も遅れている。魔法を扱えるのは裕福な貴族がほとんどで、地道な努力を厭わない勤勉な研究者が少ないのだろう。


 この状況は、俺にとっては好都合だった。既存の魔道具を改良し、あるいは全く新しいものを開発する余地が、十分に残されている。



 ***


 【星辰の雫】を手に入れた翌朝。

 俺は集めた四つの特別な素材を携え、我が屋敷の庭に新設されたドワーフの小屋へと向かった。

 朝露に濡れた芝生はダイヤモンドのように光を弾いている。ひんやりと、それでいて春の息吹を感じさせる空気が心地よかった。


 俺の後ろには、忠実な専用メイドのリーリア、そして、捕らわれのお姫様であるはずのリリアーナが、ちょこちょことついて来ている。


「探検ですわ!」


 昨日の午前中、決闘騒ぎのせいで部屋に閉じ込められていたリリアーナは、昼寝のし過ぎで午後も外で遊ぶ機会を逃していた。

 その鬱憤を晴らすように、今日は朝から俺について庭へ飛び出した。


 鼻歌交じりにスキップしている。

 上機嫌だ。


 小屋を訪ねると、中からドワーフの姫、エイル・アイゼンフリートが元気よく出迎えてくれた。

 俺を見て少し頬を赤らめ、照れている様子が微笑ましくて可愛い。


「あ、あの、おはようございます。ようこそ、ゼノス様!」


「ああ。おはよう。魔力素材をいろいろ手に入れてきた。お前に、これが使えるかどうか見てもらおうと思ってな」


 俺が四つの特別な容器を彼女に見せると、エイルは、その大きな瞳を子供のようにきらきらと輝かせた。


「こ、これは……! なんと素晴らしい素材の数々……! はい! もちろんです! 早速、加工の準備をいたしましょう!」


 彼女の指先は、まるで恋焦がれた秘宝に触れるかのように、うっとりと畏敬の念を込めて容器にそっと触れた。


 俺たちは、エイルたちの居住区である小屋から、その隣に併設されている真新しい鍛冶場へと移動する。



 ***


 鍛冶場には、金属加工の設備に加え、持ち込まれた魔法素材から効能を安全に抽出するための専門的な設備もすべて揃っている。


 エイルたちの作業工程はこうだ。

 まず素材から魔力のエキスを慎重に抽出し、用意した宝石に時間をかけて馴染ませ、魔力的な効果を付与する。そして、この効果を移し替えた『魔法石』を、武具に寸分の狂いもなく取り付け、複雑な魔力回路で繋ぐ。


 これにより、世界に一つだけの魔法の武具が出来上がる。

 だが、抽出、付与、組み立ての過程で、素材の力はどうしても減少する。いかに高いレベルで完成品に力を残せるか、それこそが職人の真価なのだ。


 エイルたち五人のドワーフには、この四つの希少素材の加工から、全く新しい魔法石の製作――そして、それに合わせた特別な魔法回路を持った、俺専用の剣の製造を行ってもらう。


 宝石は、俺の闇属性の魔力と最も相性のいい「ブラックサファイア」を選んだ。

 俺とリフィアたちが命がけで集めた四つの素材の力を、たった一つのブラックサファイアにすべて込める。


 これでどんな魔法石ができるかは、全くの未知――

 作ってみるまで誰にも分からない。


 火の素材なら火属性の石ができるといった予想は容易だが、今回のように性質の異なる極めて希少な素材を組み合わせる前例はない。


 その効果の詳細は、推測する事すらできない。

 だが、おそらくは、複数の効果を発揮できる魔石になるのでは、と考えている。


「……ゼノス様がお集めになられた素材は、どれも一級品ですので――いっそ、個別に魔法石を四つ作るというのも、選択肢にはあるかと思いますが……」


 それも堅実な手だ。

 だが、俺は四つの力をあえて一つに合わせる方針を変えなかった。


「それぞれが単体では、戦闘向きの効能が出そうにはないからな。だからこそ、思い切って大きな賭けに出る。失敗を恐れるな。エイル。お前の思う存分やってくれ」


「……! はい! わかりました!」


 エイルは、俺の言葉に心底感動したように、潤んだ瞳でじっと俺を見つめてくる。職人としてその腕を完全に信用されたことが、彼女にとって何よりの喜びだったのだろう。



 ***


「これを、一体どのように変えるのか。実に楽しみですわね」


 俺たちの後ろで腕を組んで話を聞いていたリリアーナは、これから始まるドワーフたちの作業をここでじっくりと見学する気満々だ。


 エイルは、リリアーナの言葉に困ったような表情で、助けを求めるように俺を見た。見物人がいると集中できないのか、あるいは作業工程に秘伝の技があるのか。


 いずれにせよ、この小生意気な少女は邪魔らしい。

 俺は、リリアーナをまるで荷物か何かのように、ひょいと小脇に抱えて鍛冶場を後にした。


「では、俺はこれから学校へ向かう。エイルたちは、作業を頑張ってくれ」


 別れ際に、エイルのおでこにキスをして外に出る。

 目を点にして、真っ赤になるエイル。「キャー」という黄色い歓声を上げる四人のドワーフ。


 そして、腕の中のリリアーナは、俺に猛然と抗議する。


「ちょっと! わたくしはここで彼女たちの仕事を見学いたしますわ! 今すぐ放しなさい! この下郎!」


 「不敬ですわ」と言いながら、じたばたと抗議するお姫様を完全に無視し、俺はリーリアと共に鍛冶場を離れた。


「リリアーナさま。魔力素材の抽出というのは、本当に繊細な作業なのです。ですから、部外者が見ていては、エイルさまたちが集中できないのですわ」


 リーリアの優しい説明で、リリアーナもようやく納得したようだ。


「……! それでしたら、わたくしも無理は申しませんわ。最初からそう言いなさい。この朴念仁」


 リリアーナは、ぷいっと俺のことを睨みつける。


「はいはい」


 俺はそんなリリアーナの頭を、ぽんぽんと優しく撫でてあやした。


「……子供扱いは、およしなさい。それに、まるで荷物を抱えるような、この無礼な抱っこも、気に入りませんわ」


 そのもっともなクレームを受け、俺は彼女を改めて抱き直した。

 両足を抱え上げ、お姫様抱っこに切り替える。


 そして、そのまま地下室にリリアーナを運び、「しばらくは鍛冶場に決して近づかないように」と念を押す様に言い聞かせてから、俺はようやく学校へと向かったのだった。


 やれやれ――

 手のかかるお姫様だ。

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