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第125話 魔人との駆け引き

 俺のことを殺すために、辺境からのこのことやってきた――アカホルスという名のクソガキは、俺の下僕であるアシュラフの魔力に、ほんのわずか触れただけで発狂し、抜け殻のような廃人と化した。


 芝生の上に広がる、生々しい血の赤。

 その中心で、事切れた『雑魚の魔人』の肉塊は、ぴくりとも動かない。

 復活してくることもなさそうだ。


 完全に死んでいる。



 ***


「あれだけ威張ってた割には、意外と大したことなかったな」


 常人よりもはるかに多い魔力量を持ち、東の戦場でたくさんの人間を殺してきたという触れ込みだったが。

 精神的には、あのどうしようもない三下貴族、ルカ・ドルトンよりも遥かに脆かったようだ。


「……あっ、あひょ、ひょ……ッ、うひょ……」


 アシュラフに掴まれているアカホルスは、宙にだらんとぶら下がりながら、虚ろな目で、よだれを垂らし、意味のない音をうめくように漏らしている。


(これでは、もう使い物にならないか)


 あのルカや、闘技場の支配者ゾルタンのように、アシュラフの魔力奴隷にしてから親父の元へと生かして送り返すのも面白そうだとは思ったのだが……。


 こうなってしまったからには仕方がない。

 ぶっ殺してから、その首を、親父への手土産として送り返すとしよう。


 俺がこの哀れなガキの処遇を冷たく考えていると――

 アカホルスをぶら下げているアシュラフが、興味深い提案をしてきた。


「ゼノス様。この者の壊れた意識を復元し、肉体に定着させれば、私の配下として再利用可能です。責任をもって管理いたしますが――?」


 ほう。

 そんな芸当もできるのか。


(すげーな。こいつ……)


 俺は、その言葉を聞いてすぐに決断を下した。

 腰に差していた剣を鞘から滑るように抜き放つ。


 そして、一切の迷うことなく。

 アカホルスのその細い首を、一閃のもとに刎ねた。


 ザシュッ!


 肉を断つ、湿った鈍い音。


 俺の剣はその首を綺麗に切断した。

 アカホルスの首のない身体は、まるで糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちる。後に残ったのは、アシュラフが鷲掴みにしている、まだどこか驚愕の色を浮かべた生首のみ。


「いや。悪いが、ここで殺しておく。――こいつは、どうにもムカつくからな」


「……さようで、ございますか」


 アシュラフは、手にした生首からだらだらと滴り落ちる血を、まるで意に介さず――俺に向けて、恭しく、流れるように頭を下げた。



 ***


 俺は、自分の下僕であるこの『転移の魔人』を、基本的に好きにさせている。

 最初からその方針で、あえて放任していた。


 なぜそうしたのか。

 そこに明確な論理的な理由はない。

 ただ、俺の直感が――そうした方が、結果的に良いように思えたのだ。


 とはいえ、放任していたからといって、その正体について何も調べていないわけではない。俺は、この『魔人』という、人間とは別種の存在について、知識を求めた。


 この世界の古い魔導書には、魔人について書かれているものがいくつか存在する。高位の魔術師が魔人から絶大な力を借りて、大いなる術を行使したり、あるいは魔人そのものを現世に召喚したり――といった禁断の物語だ。


 それらを片っ端から調べていく中で、俺が出した結論。

 それは、「魔人と正面から知恵比べをしても、人間に勝ち目はない」ということだ。一般的には、魔人は契約によってその行動を縛ることができるとされている。


 だが、その通説も、一体どこまで信用できるものか。


 さらに深く調べていくと、どれほど詳細な言葉で、どれほど入念に契約を交わしたとしても、それは全くもって不十分だということが分かってきた。

 何故なら、魔人という存在は、契約の穴を簡単に見つけ出すからだ。


 例えば、『絶対に、俺に逆らうな』と命令された魔人が、その契約者を平然と殺し、『逆らっては、いません。ただ、殺しただけです』とうそぶいたり。『絶対に、俺を殺すな』と命じた契約者を殺した魔人が、『殺しては、いねーよ。ただ、この手を、こいつの胸に思い切りめり込ませただけだ』と言ったりする。


 そんなのは、まだ可愛い方だ。


 遥か昔の逸話を調べていくと、そもそも契約を真面目に守る気などないことがわかった。契約書に書かれた『単語』の意味そのものを、意図的に自分たちの都合のいいようにねじ曲げて解釈してしまうのだ。


 『絶対』という単語を、彼らは、『できれば』程度の軽いニュアンスだと勝手に解釈し、無理やりその契約に巨大な穴をあけることも平気でやってくる。


 魔人とは、契約では決して縛ることのできない、危険な相手。


 そして、高位の魔人であればあるほど、人間に自分を『制御できる』と思わせるのも得意なのでたちが悪い。



 人間が、魔人を『制御出来る』と考えない方がいい。

 それが、俺の出した結論だった。


 俺の最初の直感は間違っていなかったのだ。

(単に面倒くさかったから、放任していたわけではない。――決して)


 知恵比べでは到底勝てない相手。

 ならば、無駄な戦いはしない。


 だが、今回。


 少し興味が湧いた。

 アシュラフは、明らかに、あのアカホルスを自らの手駒にしたがっていた。

 ここで、俺がそのアカホルスの首を断ち切れば。


 この底の知れない魔人は、一体どんな反応をするのだろうか?


 それで、俺はほとんど反射的にやってしまった。

 首を切ってから、我ながらかなり危険な橋を渡ってしまったかもしれない、と。

 ほんの少しだけ反省した。



 ***


 俺はアカホルスの首を切った。

 その断面から鮮血がまるで噴水のように噴き出している。

 アシュラフは、その返り血を浴びながらも全く動じずに、俺に静かにお辞儀をしている。


(……ふむ。この程度では動じないか)


 アカホルスの身柄は、この魔人にとって、それほど重要ではなかったのかもしれないな。


「この、残った死体の始末は、いかがいたしましょうか?」


 ……この首なし死体を欲しがっているのだろうか?

 何か、利用価値でもあるのか? どこかの魔物に餌として食わせるとか、か?


 まさか、こいつ、自分で食べたりしないよな……。


「決闘で俺が勝った、その証として、頭の方は親父に送りつける。そこに転がっている残りの死体は、お前が片づけておけ」


「では、私が処理しておきましょう」


 俺は、警備員に通信魔法で、アカホルスの頭を入れるための麻袋を持ってくるように連絡を入れる。やがて駆けつけた、まだ若い警備員が、首を受け取るために用意した袋を差し出す。


 その手は、恐怖で小刻みに震えていた。


 おそらく、アシュラフの身から放たれる禍々しい魔力に怯えているのだろう。

 アシュラフは、手に持っていた生首を、すとん、と無造作に袋の中へと落とした。


 それから、転移の魔人は、アカホルスの首のない身体と共に、まるで最初からそこには何もなかったかのように、跡形もなく消えた。


 魔人が姿を消すと、凄惨な決闘を静かに見届けていたリーリアが、俺の元へと駆けつけてくる。


「お疲れさまでした、ご主人様」

「ああ」


 魔人とのやり取りで疲れていた俺は、彼女の労いの言葉に静かに頷き、その豊かな体を抱きしめようとした。

 だが、アカホルスの返り血で、俺の服はすっかり汚れてしまっている。


 風呂に入った後にしよう。


「その首は、これからオスカーに渡す。それを持って、俺について来てくれ」


 俺は、まだ震えている警備員にそう命じて、リーリアと共に屋敷へと向かった。


(……討ち取った敵将の首を、手柄の証として持ち帰る、か。まるで戦国武将のようだな)


 俺は、どこまでも澄み渡る美しい青空を見上げながら――

 そんな、どこか暢気なことを考えていた。

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