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第124話 瞬殺

 俺は、グリムロック家の次期当主の座をかけて、アカホルスと決闘をする。

 場所は、手入れの行き届いた屋敷の中庭だ。


 真上から燦々と降り注ぐ昼の太陽が、青々とした芝生を眩しく照らし出していた。

 吹き抜ける風が心地よい。

 決闘の場には、あまりにも不釣り合いなほど、穏やかな日だった。


「さて。そろそろ、始めるか」


 この茶番劇の見物客は、俺の忠実なる専用メイド、リーリアのみ。

 あの鉄面皮の家令、オスカーは、今頃応接室で一人、アホカスの血で汚れた部屋の掃除でもしていることだろう。


「よーし! ようやくお前を心置きなくぶっ殺せる! あーあ、楽しみだな~! お前は、この偉大なるボクに生意気にも歯向かったからな。絶対に楽には殺してあげないぞ。まずは死なない程度にじっくり痛めつけて。それから、お前の目の前で、そこの、デカパイ女をめちゃくちゃにしてから、殺してやる!」


 アカホルスは、下劣で下品な宣言をすると、その小さな体の周囲に、六色の大小様々な魔力の塊をゆっくりと浮かび上がらせる。


 大きいものでバスケットボールほどの、その球状の魔力塊は、それぞれ、燃えるような赤、深い青、重い土の色、荒れ狂う緑、清らかな白、そして、全てを飲み込むような漆黒の色をしていた。


 火、水、土、風、光、闇。

 六属性すべて、高密度の魔力だ。


 その中でも、光と水と風の属性魔力は、他の三つに比べて、その大きさと輝きが小さい。どうやら、得意不得意があるようだ。


「どうだ、すっごいだろ~! 全属性をコンプリートして、同時展開できるようになったんだ! それだけじゃないぞ! 良いものを見せてやる。このボクは、こんなこともできるんだ!」


 どうやら、すぐに戦う気はないようで、パフォーマンスを開始した。


 人殺し自慢をしていた割には隙だらけ――

 俺に遠距離攻撃手段(魔法)がないので、油断しまくっているわけだ。


 そして、俺に対して魔法の才能を見せつけたいのだろう。


(しばらくは、好きに泳がせてみるか)


 奴のパフォーマンスで、リーリアに万が一の危険が及ぶようなら、その瞬間に俺が転移で駆け付けることができる。



 ***


 アカホルスは、自らのその絶大な力を、これでもかとひけらかす様に、光と闇の二つの魔力球を遥か上空へとゆっくりと移動させる。そして、その相反する二種類の魔力をじりじりと接近させていった。


 空気がビリビリと震える。


(……ほう。光と闇の魔力を合わせる気か?)


 それを見た俺は、以前魔界で対峙した、前魔王の娘ルシフィールのことを思い出していた。

 彼女は、光と闇の両方の魔力の持ち主であり、その相反する二つの魔力を融合させ、『消滅魔法』という究極の魔法を使うことができた。


 この見るからに頭の悪そうなクソガキも、あれを使えるのか?


 俺はわずかに緊張しながらその成り行きを見ていた。だが、アカホルスがその先で作り出したのは、あの究極の消滅魔法ではなかった。


 どごぉおおおおおんッ!!


 光と闇の魔力は、互いに激しく、そして暴力的に反発し合い、凄まじい大爆発を引き起こした。

 爆風が、庭の木々を激しく揺らし、俺たちの髪を荒々しくなびかせる。


「どうだぁ~~~! これはな、昔遊んでいた時に、偶然発見したボクの奥の手だ! あまりにも威力がデカすぎて、ちょっと使いにくいから、この決闘では使わないけどな! 帝国兵どもを一撃で殺しまくった、ボクのとっておきの必殺技だぞ! すごいだろ~~! このボクが本気を出せば、お前なんか一瞬で木っ端みじんに吹き飛ばせるんだからなッ!!」


 どうも、こいつは自分の実力を自慢したくて、したくてしょうがないらしい。

 聞いてもいないのに、その手の内を次から次へと丁寧に披露していってくれる。


(……しかし、消滅魔法ではなかったか)


 あれだけ威張っている割には、大したことはなさそうだ。

 いや、コイツの実力は、客観的に見れば十分凄いのだろうが……。



 でもまあ、こいつがどれだけ凄かろうと。


 この俺が、本気で戦うまでもなさそうだ。

 

 ***


『ぎょへへへへ。おい、アカホルスよ。いつまでも遊んでねーで、早くあいつをじっくりと痛めつけて殺してやろうぜ! いいか、すぐに殺すなよ『じっくり』殺るんだ』


「りょーかい! 見ろよ、あいつ! ボクのこの圧倒的な魔力に完全にビビって、一歩も動けないでいやがるぞ! ――きっと、腰が抜けたんだ。うきゃきゃっ! やーい、やーい! ざーこ、ざーこ!」


 アカホルスは、その周囲に再び光と闇の二つの魔力球を出現させる。

 そして、それら六種類の魔力を、同時に俺に向けて撃ち放とうとした、その、まさに瞬間だった。


「――アシュラフ。そいつらを捕らえろ」


 俺は、我が下僕である転移の魔人に、静かにそう命令した。


 絶妙なタイミング。


 敵が攻撃しようと、一歩を踏み出した――その動きの起こり。

 攻撃動作の起点を制するように。


 奴らの背後に、執事服を完璧に着こなした一人の不気味なイケメンが、音もなく、まるで最初からそこに存在していたかのように、すっ、と出現した。


 出現と、全くの同時に。


 アシュラフは、アカホルスの頭と。

 そして、あの魔人の口が付いた不気味な手を、がしっ、と鷲掴みにした。


(そういえば、こいつと融合しているという、あの魔人は、一体何という名前なんだろうな? まあ、いい。『雑魚の魔人』でいいか。笑い声が、ぎょへへ、だしな)


 アカホルスと、その手のひらに寄生している『雑魚の魔人』は、アシュラフにその身を掴まれたその瞬間。


 『発狂』した。

 まるで、脳髄を直接灼かれたかのように。


「ひっ、ひょげぇぇぇえええええええええええッ!!!!」

『ぎょっ、ぎょへっぇぇぇえええええええええッ!!!!』


 二人は仲良く、奇怪な絶叫を上げている。


(……アシュラフのその『魔力』に、直接触れたからな)


 その時点で奴らは、戦意どころか、まともな思考能力すら失っている。

 勝敗は決した。


 瞬殺だ。



 ***


 魔人の魔力というものは、不吉で禍々しいものだ。

 あの、『雑魚の魔人』がその身から発していた魔力もまた、嫌な感じのする不快なものではあった。

 

 そのため、すぐにあいつが『魔人』だとわかった。


 だが、同じ魔人といっても、アシュラフと、あの『雑魚の魔人』とでは、その、魔力の『質』に、あまりにも大きな、絶対的な開きがある。


 例えるならば、『雑魚の魔人』の魔力が、どろりとしたただの重油だとすると。

 アシュラフのその魔力は、一瞬で万物を燃やし尽くす、極限まで精錬され尽くした高純度のガソリンだ。


 アシュラフの魔力は、どこまでも純粋で、そしてどこまでも鋭利に精錬されているのだ。


 あの魔界の姫、ルシフィールと比較しても、それ以上に。

 あの、『雑魚の魔人』の低品質な魔力とは、もはや比べ物にならない。


「ゼノス様。この愚かな者共は、いかがいたしますか?」


「そうだな――『雑魚の魔人』の方に、用はない。始末しろ」


 俺のその冷たい命を受けて、アシュラフは、その手でつかんでいる『雑魚の魔人』、アカホルスの左手に擬態したそれを、まるで熟れた果実のように握りつぶした。


 ずしゃっ!!

 という濡れた肉の潰れる音が、静かな庭に響き渡った。


 アカホルスの手首の先が再び赤い霧となって消え、その断面からおびただしい量の血が噴き出している。


「あぎゃ~~~! あぎゃ~~っ! あぎゃ~~~~っ!!」


 アカホルスは、もはや言葉にならない悲鳴を上げながら、その場でじたばたと無様にもがく。アシュラフにその頭を掴まれたまま、しばらくの間、パニック状態でただただ暴れていた。


 逃げようと、その体を必死に動かし、手当たり次第に魔力をアシュラフにぶつけていた。――頭を潰された虫が、もがいているようなものだ。


 だが、そんな赤子のような無意味な抵抗などまるで意に介さずに。アシュラフは、アカホルスの頭を片手で完全に握り固定し、微動だにしない。


 そして、一分もしないうちに。

 アカホルスは、ぴたりと暴れなくなった。

 その大きく見開かれた瞳から、光が消えていた。


 意識を完全に失い――

 人の知性は、もうそこにはない。


 ただの抜け殻と、なっていた。

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