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第121話 選択肢は使用人か、追放。

 俺は、我が屋敷に何の断りもなく入り込んだ、グリムロック家の家令『オスカー・ブラックウェル』と、その連れの謎のクソガキ『アカホルス』を、手厚く歓迎してやった。


 具体的には――

 そのクソガキの生意気な顔面を、不意打ちで思い切りぶん殴ってやったのだ。



 ***


「ぐっ、ぐぉおおおおおっ!!」


 アカホルスは、おそらく折れたであろう鼻のあたりを両手で押さえ、庭の芝生の上を無様に転げ回っている。


 オスカーは、俺のあまりにも唐突な行動に、一瞬だけその鉄面皮を驚愕に歪ませた後、すぐにこちらを射殺さんばかりの鋭い目で睨みつけてきた。


 ふははっ。


 いつもの能面のような無表情が、早速崩れているじゃないか。

 ――いい気分だ。


「……ゼノス様。来客をいきなり殴りつけるとは、これは一体、どういう了見ですか?」


「黙れ」


 俺は、先ほど壁から拝借した戦闘用の剣を抜き放ち、その鋭く磨き上げられた切っ先を、オスカーの細い喉元に突きつける。


「誰かと思えば、オスカーじゃないか。いや、なに。お前らが、この俺の許しもなく、勝手に屋敷の敷地に入ってきたんでな。てっきり、どこぞの命知らずな強盗かと思って迎撃しただけだ」


「……それは、大変失礼をいたしました」


 オスカーは、その喉元に冷たい剣の切っ先を突きつけられながらも、素直にそう謝罪する。


「……ふん」


 俺は突き付けた剣を下ろし、鞘に納める。


 やはり、こいつは一筋縄ではいかないようだ。

 その場で深々と頭を下げている。


(問答無用で戦闘を始める気はない、か――)


 オスカーがここに来た目的は、俺を完全に排除し、次期当主として――あの庭で転げまわっているクソガキを据えることだったはずだ。

 だからこそ、心に驕りがあり、無礼にも屋敷の敷地に勝手に入ってきた。


 だが今、この屋敷の正当な主は、この俺。

 何の許しもなく侵入してきた自分たちの非は、明らかだ。


 この男は、俺のことを心の底から見下している。

 そのため、軽率な行動をとった。だが、いざ自分たちの分が悪いとみるや――その撤退の判断も、驚くほど早い。


 ここで言い争っても不利なだけ。

 勝ち目がないと判断した戦場では、決して戦わない。


(……この手のタイプは、手ごわいんだよな)



 ***


「おいッ! オスカー! 何故、お前がそいつに謝るんだッ!! その無能が、いきなりこのボクを殴ってきたんだぞ! お前ぇぇぇぇぇッ!! 許さないぞぉ~~、うー、うぅー……ふしゅ~~~」


 アカホルスは、大声で俺をののしった後、まるで頭の出来の悪い獣のように唸り声をあげて、俺を威嚇している。


(……なにが「ふしゅ~~」だ。アホめ)


 こっちは、本当にただの救いようのない馬鹿――

 しかし、奴の魔法の腕前は、どうやら本物のようだ。


 アカホルスは両手を自分の顔に当てる。

 すると――俺が拳で殴ったその顔の傷が、淡い光と共にみるみるうちに修復されていく。


 回復魔法が使えるということは、光属性の魔力も持ち合わせているようだ。


(……いや、水属性でも回復は可能。そっちかな)


 いずれにせよ、複数属性持ちとは珍しい。

 俺がこれまでに確認できただけでも、火と、おそらくは水、あるいは光。


 屋敷の正門前で、こいつが「弱い奴をぶっ殺すのって気持ち良いんだよね~」などと言っていたことを踏まえると、光属性持ちという線は、薄いかもしれない。



 オスカーとこのアカホルスの目的は、俺を殺して、この屋敷を乗っ取ること。

 それはすでに確認済み、戦闘は避けられないし避ける気もないが……。


「まあ、いい。どうやらお前たちは、ただの強盗ではないようだしな。話くらいは聞いてやる」


 強盗ではなく、『俺を殺しに来た』二人組。


 俺は、この二人を屋敷の豪華な応接室へと招いてやった。

 貴族というのは、いついかなる時も、その体面と手続きを重んじるものなのだ。



 ***


 時刻は正午前。


 応接室のソファに深く腰掛ける俺の前に、オスカーとアカホルスがいる。

 来客用の豪奢な椅子にはアカホルスがふんぞり返るように座り、その傍らにオスカーがまるで影のように静かに立っている。


 俺の忠実なるメイド、リーリアがお茶の用意をしているが、俺はそれを待たずに話し出す。


 こいつらが俺を殺す気でいることは、もう分かっている。

 今さら礼を尽くす気など、毛頭ない。


「で。一体、何の用だ?」


「お前はなー。今日から次期当主をクビになるんだー。驚いたか、ぷぷっ。その代わり、このボクがっ! グリムロック家を継ぐことになった! だから、お前は今から大人しく、ボクの命令を何でも聞く使用人になれっ。――それが嫌なら、今すぐこの屋敷から出ていけ!」


 選択肢は使用人か、追放。


 だが、俺がこのまま生きていては、お家騒動の面倒な火種が残ることになる。

 親父やオスカーの意向として――

 いずれ必ず、俺を殺す気でいるのは確実だろう。


 だが、さすがにこの場でそれをストレートには言わない、というわけか。


「断る。お前は目障りだ。――今すぐここから出ていけ。そうすれば、命だけは助けてやる。さっさと消えろ」


「むっかー! おい、オスカー! 聞いてた話と全然違うじゃないか! 魔力ゼロのゼノスって奴は、無気力なくせに、余計なことしかしない、ただの無能なんじゃなかったのかよ!? こいつ、すっげー生意気で、いちいちボクにたてついてくるぞ! いきなり殴ってくるしさー! ぷっす~、もう、ボクは本気で怒っているんだからなッ!! ふしゅ~~~~!」


 以前、オスカーがこの屋敷を訪ねてきたときは、その真意がまだよく分からなかった。開示できない情報も多く、いろいろ隠しながら話していたので、俺のことが『頼りなく』見えていたのかもしれない。


 様子見で相手をしていた、あの時と――

 こうして、明確にこっちを殺す気で来た今回とでは、対応が違って当然だ。


 それに、こいつらは――自分たちの杜撰ずさんな言動が、俺の魔道具によってすべて監視されていたことを知らない。


 オスカーは前回の訪問で、俺のことを『分かった気』でいた。

 そのため、俺のこの態度の豹変ぶりに、戸惑っているようだ。


「お前が怒っているとか、そんなことはどうでもいい。それよりも、オスカー。あの親父が、この見るからに頭の悪そうなクソガキを俺の後継者に選んだということは――このガキの魔力量は、相当なものということなのか?」


 俺は、敵の情報を探ることにする。


「ええ、もちろんです。亡きレオン様に匹敵する――いえ、それ以上の魔力の持ち主が、グリムロックの血筋に新たに生まれていたということに、旦那様は大変お喜びでした」


 レオン以上――?


「それだけではありません。このアカホルス様は、すでに何度も戦場に立ち、その実力を証明しておいでです。たった一人で敵軍の一個大隊にも匹敵する魔法部隊と正面から撃ち合い、それを完全に圧倒し、戦局を一変させるという、輝かしい活躍を幾度も見せております」


 ゲームに登場しないようなモブキャラに、それほどの奴がいたとは……。


「……何の実績もないどころか、味方をただ混乱させるばかりのゼノス様と比較し、次期当主を交代させるという旦那様のご判断は、極めて妥当かと」


 まあ、そりゃ、そうか。


 客観的に見れば、そうだろう。

 どうやらこの馬鹿ガキは、魔力量だけは相当なもののようだし。


 だが、だからといって――

 俺には、大人しく殺されてやる気など、それこそ、微塵もない。


 それにしても――

 どう出るか分からなかった親父が、正面からケンカを吹っかけてきたわけだ。

 こいつを返り討ちにしてやれば、怒り狂うこと間違いなしだな。


(……面白い)


 俺は心の中で、静かにそう呟いた。

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