第120話 オモテナシ
グリムロック家の家令オスカー・ブラックウェルが、何とも『へんてこなガキ』を連れて、我が家を訪れた。
俺は、胸元に忍ばせていた通信用の魔道具を使い、待機中の警備員に直接連絡を取る。そして、外にいる、その招かれざる客二人を、しばらくの間、完全に放置しておくように命じた。
「さて。どうしたもんかな?」
目の前に浮かんだ半透明のスクリーンに、あのクソガキのふてぶてしい顔が映っている。俺はその顔を眺めつつ、どう対応すべきか悩んでいた。
「なんですの、この者たちは? あなたのお知り合いですの?」
俺の膝の上で、すっかりくつろいでいたリリアーナが、不思議そうに尋ねてくる。
「グリムロック家の家令と、あとはよく分からん、ただのクソガキだ。わざわざ訪ねてきたんだし、話くらいは聞いてやらねばいかんだろう。――残念だが、今日のお前の探検ごっこは中止だ。しばらくは、この部屋で大人しくしていろ」
「なんですって! そんなの横暴ですわ! このような『お邪魔虫』など、さっさと追い返して、屋敷に入れなければよいだけでしょう?」
……そうしたいのは、やまやまなんだが。
残念ながら、そういうわけにもいかないだろうな。
「もし、あいつらが勝手に入ってきたらどうする。お前がこいつらに見つかったら、色々とまずいことになるだろうが」
俺は、リリアーナの柔らかな金髪を優しくなでながら、そう指摘する。
「……そうですわね。お兄さまやお姉さまには会いたいですけれど。――でも、ここでの、自由な暮らしも、なかなか捨てがたいですし……」
王宮に戻れば、リアム王子やエレノア王女には会える。
だがそこには、窮屈な貴族のマナー、うんざりするほどの家庭教師との習い事、そして、大嫌いな相手とも笑顔で接しなければならない――不快で退屈な社交が、山のように待っているのだ。
「……仕方ありませんわね。探検は明日にしてあげますわ。もうしばらくは、ここでのんびりとバカンスを楽しんでいたいものですから――」
どうやら、彼女もようやく諦めてくれたようだ。
それに、ここでの気ままな暮らしを、かなり気に入っていることもよく分かった。
この分なら、今後の俺の説得次第では――彼女を厄介な敵対者から、強力な協力者へと変えることもできるだろう。
彼女がその姿を消したことで、王家と貴族間の緊張は日に日に高まっている。
一触即発の状況、武力衝突もありうる状況だ。
そのことを思えば、リリアーナ姫の“お気楽なぶり”には眉をひそめ、いかがなものかと思う向きもあるだろう。だが、彼女はまだ、ただの子供だ。
このお姫様は、裏社会の情報王イグナツィオから巧みに誘導される形で、誘拐された“振り”をしていたに過ぎない。
それを大人の理屈で一方的に責めるのは、あまりにも酷というものだろう。
子供には、子供に相応しい優しさで接してやるべきだ。
俺は、リリアーナのマシュマロのように柔らかいほっぺをぷにぷにと軽くつついてから、彼女を膝から降ろし、隣のソファに改めて座らせた。
「ちょっと! 勝手にわたくしを下ろすことは許しませんことよ! まだ膝の上に座らせなさい!」
「悪いが、時間切れだ」
リリアーナはぷりぷりと怒っているが、状況が変わった。
正門の外で放置していた、あの二人組が――
しびれを切らして、勝手にこの屋敷の敷地内へと侵入してきたのだ。
***
俺は、リリアーナを膝の上に乗せ、頭をなでながらも、視線はずっと外の様子を映し出すスクリーンに注いでいた。オスカー・ブラックウェルと“アカホルス”とやらを放置し始めてから、五分ほどが経過している。
訪問者に動きがあった。
どうやら、アカホルスの方が痺れを切らしたらしい。
その小さな手のひらに、赤い不穏な魔力が集まり出していた。
「ぷんぷーん! いつまでこのボクを待たせる気なんだ! さては、ボクのこと馬鹿にしてるんだな? もう怒ったぞ! こんな邪魔な門、さっさと破壊してやる! ボクの、すごーい魔法を思い知るがいい!」
どうやら、爆発系の魔法で正門を壊すつもりらしい。
力ずくで事態を打開しようとする性格。
そして――火属性の魔力の持ち主、か。
さて、どの程度の威力があるのか。
あの門は、かなり頑丈に造ってある。
こいつの力を推し量るには、ちょうどいい試金石だ。
「お待ちください、坊ちゃま。いきなりそれは……。この屋敷には今、人員が十分にそろっておりませんので。――応答がないのは、ただ、人手不足で我々の来訪に気づいていないだけでしょう」
オスカーが冷静にたしなめる。
「うへぇー。そんなに貧乏なのかよ、ゼノスとかいう無能な嫡男は。親からちゃんとしたお小遣いをもらえていないなんて、悲惨だな~」
「それに、その無能な嫡男を我々が始末した後は、この立派な屋敷は坊ちゃまのものとなるのです。今の段階で門を壊してしまえば、後々、その修繕に余計な時間も費用もかかってしまいますぞ」
予想通り。
このクソガキは、俺の後釜として、あの親父がどこかから連れてきた親戚筋の子供か、何かだろう。
そして、親父がわざわざ養子にしたというのであれば――
おそらく、かなり高い魔力を宿しているはずだ。
やがて、オスカーとアカホルスは、その身に身体能力強化と浮遊の魔法を同時にかけると、跳躍し、悠々と高い門の上を飛び越えて、庭へと着地した。
「悪いが、時間切れだ」
俺は、リリアーナを抱えたまま立ち上がり、改めてソファにきちんと座らせてから、この屋敷の玄関を目指す。ミナと、クーコとルミア、そしてリリアーナの子供組は、この地下室でお留守番だ。
俺の忠実なるメイド、リーリアだけが、音もなく俺の後ろをついてくる。
屋敷中の防犯用の警報装置は、すでに俺の手で切ってある。そして、警備員たちには、そのまま持ち場で待機するようにと、改めて命じてある。
せっかく、ここまでわざわざ来てくれたのだ。
この生意気なクソガキのことは――
この俺が、直々に。そして、手厚く。
もてなしてやろうではないか。
侵入者二人は、玄関へとゆっくりと歩いてくる。
俺は地下室から一階へと上がり、その途中、壁に飾られていたいくつかの装飾品の中から、戦闘用の重厚な剣を手に取り、玄関へと向かった。
やがて、アカホルスが玄関の重い扉を、何の遠慮もなく乱暴に開け放ち、「おい! 誰かいないのか!」と、その甲高い声で叫ぶ。
――それとほぼ同時に。
玄関ホールにたどり着いた俺の鉄槌の拳が、クソガキの生意気な顔面のど真ん中にめり込んだ。
どごっ!!
湿った、肉の潰れるような鈍い音が、静かなホールに響き渡る。
クソガキの小さな身体は、まるで鞠のように宙をきりもみしながら飛び、そのまま庭の硬い地面に無様に叩きつけられた。
「ふははははっ! この武門の名門たるグリムロック家に、正面から盗みに入るとは、いい度胸だが――残念ながら、お前如きでは、その命がいくつあっても足りんぞ」
「ぐっ……! ぐぉおおおおおおおおっ!!」
クソガキは、おそらく折れたであろう鼻のあたりを両手で押さえ、地面をのたうち回っている。
あの常に冷静沈着な鉄面皮の家令、オスカーの顔に、初めて驚きと、そして緊張の色が走った。
どうやら、俺からのサプライズは――大成功のようだ。
俺は心の中で静かに呟く。
さあ。
楽しいパーティーの始まりだ。




