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第119話 子豚と蟻んこ

 魔導ランプの柔らかな光が豪華な地下室を照らしている。

 テーブルの上には温かい湯気の立つ朝食が並び、香ばしい匂いが部屋に満ちていた。そして、俺の膝の上には、そこがまるで自分の玉座であるかのように、一人の少女がふんぞり返っている。


「んー、そうですわね。次は、そこのスープをお取りなさい」

「……」


 俺は、リクエストされた黄金色のスープの皿を取り、銀のスプーンでそれをすくって、彼女の小鳥のように開かれた小さな口へと、そっと運んでやった。

 膝の上に座って食事をとっている、小生意気な天使――リリアーナが満足して良いというまで、俺は、ひたすらその作業を繰り返す。


「いいなー、リリアーナちゃん。ご主人様に「あーん」して食べさせてもらえて、すっごくうらやましいです~~」


「にゃー、にゃー」「がお、がお」


 俺の専属メイド、ミナの子供らしい素直な意見に、テーブルの反対側のソファで丸くなっていたクーコとルミアも、尻尾をぱたぱたと揺らしながら賛同の意を示した。


「ミナもおねだりすればいいのですわ。か弱い女の子の頼みを優しく叶えてあげるのが、紳士の当然のたしなみですもの」


「……調子に乗るな」


 俺は、得意げにふんぞり返るリリアーナの小さな額に、軽くデコピンを食らわせる。


「きゃっ! もーっ! 女の子に暴力を振るうなんて、サイテーですわよ! 紳士としてあるまじき行為ですわ!」


「人聞きの悪いことを言うな。これは躾けだ。躾け。――というか、お前、兄であるリアム殿下にも、こうして毎日食べさせてもらってたのか?」


 俺は、ふと、疑問に思ったことを聞いてみた。


「そんなわけないでしょう! 王宮で、こんなはしたないこと、できるわけありませんわ! ちょっと考えれば分かるでしょうに。あなたも、少しは頭を使った方がよろしいですわよ」


「……実の兄以上に、この俺に甘えるなよ」



 ***


 なぜ、こんなことになっているのか。


 それは、リリアーナの存在と処遇を持て余しぎみの俺が、彼女をそろそろ王宮に帰そうと、その方策を思案し始めたからだ。


 そのためには、まず、彼女の今の様子と俺に対する心象を、詳しく探る必要があった。


 今現在、リリアーナは俺のことを、どの程度、恨んでいるのか。

 その“殺意の度合い”によって、彼女の今後の取り扱いは、大きく変わってくる。


 そして、今朝。

 俺がこの地下室に彼女の様子を見に来ると――


 ソファの上にちょこんと座るように促され、俺がそこに座ると、彼女は当たり前のように俺の膝の上に乗っかってきて、こうして食事を食べさせるようにと命令してきたのだ。


 そういえば、以前、彼女を「救出」した直後にも、同じようにこうして食べさせてやったことがあった。

 あの時は、不貞腐れた様子を見せていたが――


 どうやら、それが、いたく気に入ってしまっていたらしい。


 やがて、彼女が満足げに食事を終えると、控えていたリーリアが、その口の周りを濡れたナプキンで優しく拭いてあげたりして、かいがいしく世話を焼く。


 リリアーナは、同い年くらいのミナだけでなく、年上のリーリアのこともかなり気に入っているようだった。


「わたくしと、お名前が少しだけ似ていますから。あなたのことを、特別に、わたくしの本当のお姉さまのように、慕ってあげますわ」


 彼女はリーリアに、そう言っていたそうだ。


 天使のように可愛らしい見た目の小さな少女から、そんなことを言われれば、嬉しくないわけがない。

 リーリアもまた、まんざらではないようだ。


 リリアーナは、その天性の、悪魔的な可愛さでもって――

 この屋敷での好き勝手な生活を、完全に勝ち取っていた。


 ……やはり、可愛いと、得である。



 ***


「よろしい。では、今日は、この屋敷の庭を探検して、あのドワーフたちの秘密の小屋まで、行ってみますわよ!」


 リリアーナは、そんなことを言っている。


 彼女のあまりにも無邪気な様子を見ていると、もはや俺のことを殺そうとしているような、物騒な気配も感じられなくなっている。おそらく、この屋敷に何らかの迷惑がかかるようなことも、王宮に帰った後には、言わないかもしれない。


 ――この調子であれば、帰しても大丈夫だろうか。


「探検は構わんが、この屋敷の敷地からは、決して出るなよ」


 屋敷の周囲には、強力な防犯装置がいくつも作動しているからな。

 俺は念を押しておく。


(今日は、学校も休みだ。たまには、このリリアーナの探検ごっこに、俺も付き合ってやるかな)


 俺がそう思っていると、屋敷の正門の呼び鈴が鳴らされたようだった。

 胸元に入れている小型の魔道具に、かすかな反応があった。



 ***


 俺はビー玉のようなその小さな魔道具を取り出し、机の上にそっと置く。

 そして、その表面をトントン、と指で叩いた。


 すると、魔道具から淡い光が照射され、俺の目の前の空間に、屋敷の門の前を鮮明に映し出した半透明のウィンドウが表示された。


 俺は趣味で魔道具を新しく作ったり、細かな改良を加えたりしている。

 この魔道具には、防犯用の監視カメラや、前世でいうところのドアフォンのような機能を持たせておいた。


 屋敷の中にいながら、来客を事前に察知し、門の様子まで確認できる。

 剣と魔法の世界においては地味な仕掛けだが――意外と便利で、気に入っている。


 そのスクリーンには、あのグリムロック家の家令、オスカー・ブラックウェルと、彼が乗ってきたのであろう豪奢な馬車が映っている。


 呼び鈴を鳴らしたのはこいつか。


 そして、その馬車の扉が開き、中から十歳くらいの、見知らぬガキが一人、降りてきた。


「うわーい! この、大きくて、カッコいい屋敷が、ぜーんぶ、ボクのものになるんだぁ! よーし、頑張るぞー!」


 この魔道具は、映像だけでなく音声もクリアに拾えるように作ってある。


 ……なんだ、こいつは?


「アカホルスさま。危のうございますので、まだ馬車の中に乗っていてください」


「べーつに~。もう。ここから歩いていけば、いいじゃん。だって、目と鼻の先なんだし。それよりも、あー、待ちきれないな~! 魔力ゼロの無能者、ゼノスって奴をやっつければ、今日からここがボクの領地になるんだろ? 楽しみだな~。弱い奴をぶっ殺すのって気持ち良いんだよね~。あはっ!」


 オスカーが『様』付けで呼んでいて、しかもこの屋敷を“ボクの領地”とか言っている。おそらく、グリムロックの血筋の――親戚の子供かなにかだろうか。


 俺は、そのガキの甲高い、耳障りな声を聞きながら――

 明確な、そして生理的な嫌悪感を抱いていた。


 あの腹黒い親父が、そろそろ何かを仕掛けてくるとは思っていた。

 オスカーから俺に関する報告を受け、何もしないということはないだろう。そしてどうやら、この、見るからに頭の悪そうなクソガキが、次なる“一手”のようだ。


(けどなぁ……)


 小さくため息をつき、こうつぶやく。


「そりゃ、悪手だろ。親父」

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