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第116話 公爵の詰問と王子の視線

 セシリアはひどく不安そうな表情で――

 俺に、彼女の父親からの突然の呼び出しを伝えた。


 高い窓から差し込む一筋の光が、埃の舞う筋を描いている。

 遠くから聞こえる、他の生徒たちの騒々しい喧騒が、この薄暗い廊下の静けさを、かえって際立たせていた。


 彼女が不安に思う気持ちは、分からなくもない。


 リアム王子がいまだに、それとなく彼女に言い寄っているという話は、俺も耳にしている。自分から慎重に距離を取ろうとするセシリアに業を煮やしたあの王子が、ついに王家の権力という強引な手段に打って出たのかもしれない。


 彼女は、そう心配しているのだ。


 王子の権力で、彼女の父親であるエリク・ヴァーミリオン公爵に直接働きかけ、俺たち二人の婚約を強制的に破棄させようと、裏で動いた可能性が考えられる。


(あの王子のことだ。十分ありうる、か? いや、まさかな――)


 それはさすがに杞憂だとは思う。

 だが、彼女の父親からこうして直々に呼び出しを受けるとなれば、それが俺にとって、あまり良くない話である可能性は極めて高い。


 『彼女の父親からの呼び出し』という、このイベント。


 あまり行きたくはない。

 だが、行かないわけにもいかないだろう。


「……分かった。では、今日の帰りに、お父上に会いに行くことにする。それで構わないか?」


 俺は、嫌なことは、さっさと早めに済ませてしまいたい性分だ。


「は、はい! では、父にはその旨を手紙で知らせておきます」


 彼女が今朝乗ってきた馬車で、使いの者を送り出す。

 帰りは俺の馬車で、共に帰宅すればいい。


 通信魔法を使えば、もっと便利なのだが――

 機種によっては一度に送れる文字数が極端に限られていたりするため、緊急性がなく、それでいて重要な連絡には、こうして昔ながらの手紙を用いるのが、この世界の貴族社会では、ごく普通のことだった。


「……本当に、良くないことでなければいいのですが……」

「なに、心配はいらない。すべて、この俺に任せておけ」


 俺は、不安そうに揺れる彼女の紅い瞳を見つめながら、その華奢な腰にそっと手を回す。彼女の不安を和らげようと、最初は軽く――しかし、その魅力に促されるように、力強く抱きしめる。


 セシリアは、情熱的に抱きしめる俺を、潤んだ瞳で見つめていた。

 この時間だけは、焦燥を忘れることができたようだ。

 


 ***


 その日の昼休み。


 俺がセシリアとリゼルの二人と、中庭のいつものベンチで談笑していると、ふと、リアム王子の姿が目に入った。彼は側近たちと何やら楽しげに話しながら、こちらをほんの一瞬だけちらりと見た。


 それは、本当に一瞬の出来事だった。


 彼本人は、上手く隠しているつもりなのだろう。

 だが、俺はいつもとは明らかに違う、彼のその雰囲気にすぐ気づいた。


(……セシリアを狙う視線、ではないな。嫉妬、とも違う。まるでこちらの様子を探るような……。なんだ、あの目は?)


 彼の真の狙いは分からない。

 だが、これまでに一度も感じたことのない、こちらを警戒し、観察するような視線だったことは確かだ。


(魔力ゼロの「無能の落ちこぼれ」として、警戒されないように立ち回ってきたのだが……何かに感づいたか?)


 考えてみれば、俺も裏でいろいろと動いている。

 何かが王子の情報網に引っかかったのだろうか。


 警戒の対象外であり続けるのは――

 もう、無理なのかもしれない。


 

 ***


 学校が終わり、俺はセシリアと共に、ヴァーミリオン公爵邸を目指した。

 屋敷に入ると、以前とまったく同じ、あの豪華な応接室へと通される。


 だが、その部屋に通されたのは俺一人だけ。

 セシリアは「リビングで待機するように」と言われたらしい。


 どうやら、実の娘にも聞かせられない内密な話のようだ。


 深紅の豪奢なソファに深く腰かけた壮年の男が、その瞳に隠しきれない苛立ちを宿して、俺に問いかけてきた。


 挨拶もなしに、いきなり本題に入る。


「――リリアーナ姫をかどわかすとは。一体、どういうつもりだ?」


 俺をじろりと鋭く睨みつける、エリク・ヴァーミリオン公爵。

 高位貴族らしい、傲慢で配慮のない物言い。


 用件は婚約関係ではなかった。

 犯罪組織に攫われ、行方不明となっているお姫様のこと――


 そのあまりにも唐突な問いに、俺は一拍、間を置いてから答えを返す。


 彼の今の問いは、あまりにも端折りすぎている。

 下手にその調子に合わせていたら、手拍子で思わぬ打ち損じをしてしまうだろう。


 例えば、「姫が我が家に滞在しているのは――」と、言い訳するように答え始めたら、極力知られることは避けたいリリアーナの所在地を、うっかり教えてしまうことになる。


 まず、状況を整理しよう。


 公爵は、俺がリリアーナを誘拐した――そう思っているようだ。

 だが、我がグリムロックの屋敷に、リリアーナ本人が今現在滞在しているという、その決定的な情報を彼が知っているとは思えない。


 確かに彼女は今、我が家の快適な地下室で寝起きし、のんびりと過ごしている。

 昼間は専用メイドのミナや、獣人のクーコ、ルミアたちを引き連れて、屋敷や広大な庭を自由に探索したりと、極めて好き勝手に暮らしている。


 だが、ヴァーミリオン公爵がそこまで詳細な情報を持っているとは到底思えない。

 俺が犯罪組織から「リリアーナ姫を救出した」という情報すら、把握していないはずだ。

 現在、王家が血眼になってリリアーナ姫を探している。

 情報が入るとすれば、公爵よりも彼らの方が先だろう。


 ――となると。

 公爵は、自らの「推理」を断定的に語っているに過ぎない。


 突然姿を消したリリアーナ姫をさらったのは、神出鬼没の“転移の魔人”を支配下に置いている、この俺に違いない――と。彼はそう当たりをつけて、あくまで『推測』に基づいて話を進めているのだろう。


 ならば、その想定に沿って、こちらの返答を考えればいい。


「……誤解ですよ、公爵閣下。俺は、あの『アースガルドの天使』を攫ってなどおりません」


 ヴァーミリオン公爵は、俺の数少ない味方ではある。

 だが、リリアーナが我が家に滞在しているという、その極めて重要な情報を、知る者は少ない方がいい。


 ここは、まず、しらを切って誤魔化しておこう。


 俺はそう静かに、そして即座に判断した。

 公爵の、その鋭い視線を真っ直ぐに見つめ返しながら。

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