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第115話 王家の密談と婚約者の影

 リアム・アースガルドは、その手にある全ての駒を動かしていた。

 自らの交友関係、王家としての影響力を行使できる人材、その全てをまるで蜘蛛の巣のように張り巡らせ、行方不明となった妹、リリアーナ姫の行方を必死に追っていた。


 一国の姫が忽然と姿を消したのだ。

 王子は、騎士団による強引な捜索だけでなく、その裏で潜入捜査や諜報活動といった、より深く、暗い手段も同時に展開していた。


 放課後、王立魔法学園。


 リアム王子専用の豪華なサロン。

 傾きかけた西日が、高い窓から斜めに差し込み、部屋の中に長い影を落としていた。室内の空気には、高価な紅茶葉の芳しい香りが、静かに漂っている。


「……それで、話というのは?」


 リアムの問いに、一人の貴族令嬢が静かに口を開いた。

 「お耳に入れたい重大な情報を掴みました」と――。


 メリンダ・ランカスター。

 王都のしがない貧乏男爵家の三女にして、奴隷商ザイツ家の嫡男・バルタザールと婚約したばかりの少女だ。


「……重大な情報?」


 リアムが、その整った眉をわずかにひそめた。


「はい。ドワーフ族の姫君、エイル・アイゼンフリートが、先日、あのザイツ商会の、変態……失礼いたしました、バルタザール様から、グリムロック家の、変態……いえ、ゼノス様へと、正式に売却されました」


 メリンダはそこで一度、言葉を切った。


「ザイツ商会において、リリアーナさまが、商品として確保されている、あるいは、過去に販売された、という形跡は、残念ながらありませんでした。ですが、ゼノス・グリムロックは、商談の席で、『姫』という肩書に、明らかに過剰な反応を示しておりました。あの男が、リリアーナさまを、自らの手で捕獲しようと、水面下で動いている可能性は、かなり高い、と、わたくしは判断いたします」


「……ドワーフの姫が、グリムロックの手に……。それは、たしかに重大事件だが、クロウリー公爵家からは、『姫が攫われた』などという話は一切出ていない。おそらく、自らの管理不足を、王家から追及されるのを恐れて黙っていたのだろうが……」


 リアムはそう言いながら――

 指先でテーブルをこつ、こつ、と軽く叩き、思案にふける。


「……彼の屋敷にドワーフの姫がいる。となると、強制捜査を行うための大義名分としては、十分だな。これを機に、あの優柔不断で臆病なクロウリー公爵を、我々の陣営に引きずり出すこともできる。そして、現状、ゼノス・グリムロックの元にリリアーナはいないようだが、このどさくさに紛れて、我が妹を、その手に収めようと画策している可能性は、極めて高い、と」


 そこで王子はいったん言葉を切り、メリンダの目を見つめて語りかける。


「――メリンダ嬢。君がもたらしてくれたこの情報は、実に貴重で価値のあるものだ。相応の褒美を用意しよう。私に用意できるものであれば、何でも言ってくれたまえ」


 メリンダは、リアム王子のねぎらいに喜色を浮かべた。


「……それでしたら、リアム様の妾として、この身を加えてはいただけませんでしょうか?」


「……なに? 君は、ザイツ商会のせがれと婚約を進めていると聞いていたが?」


 だからこそ、リアムは、その繋がりを利用して、彼女に密偵を頼んでいたのだ。


「それは、我が家の窮状を救うため、仕方なくでございます。ですが、王子様の妾となることができれば、現在の婚約よりも、はるかに良い条件でランカスター家に貢献できますわ」


「……うむ、そうだな。分かった。その件、前向きに考えておこう。すべては、君がもたらしてくれたこの情報と、それを活用した我々の、これからの結果次第だ」


 そこで、彼らの密談は終了した。


 メリンダは深々と一礼すると、音もなくサロンを退出する。


 一人、部屋に残された王子は、窓の外――茜色に染まる空を静かに見つめながら、ぽつりと呟いた。


「……彼女の嫁入り先は、奴隷商の子せがれ。貴族の娘を娶れるとあって、今頃は浮かれていることだろう。その男から、美しい婚約者を奪うなど、私の本意ではないのだがな。だが、功績ある者には、それ相応の褒美を取らせねばならない。それが、人の上に立つ者の――高貴なる義務というものだ」


 そして、彼は――

 一つ、大きなため息を漏らしながら、ぽつりと呟いた。


「やれやれ。モテるというのも、困ったものだな」


 妹姫の捜索と救出が最優先。

 だが、世情に疎い哀れなドワーフの姫を、卑劣にも騙して売却し、奴隷として酷使しているというグリムロックの非道も、決して放置はできない。


(それに、彼が、幼い姫君を収集する、という、倒錯した性癖の持ち主であれば、リリアーナのことも血眼になって探しているだろう。案外、あのグリムロックの屋敷を『ドワーフ姫救出』という大義名分の下に、強制捜査すれば――妹の居場所に関する、思わぬヒントが転がっているかもしれない)


 しかし、相手は高位貴族の屋敷。

 手を出すのであれば王子と言えども、それ相応の覚悟がいる。


 リアム王子は、あの忌々しい好敵手、ゼノス・グリムロックの屋敷を、いかにして攻略するか、その算段に、考えを巡らせていく。


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 エルフの森シルヴァンで、希少な魔法素材【精霊の木霊】を手に入れた、その翌日。

 俺が学校に行くと、珍しく、婚約者のセシリアの方から呼び出された。


「……少し、よろしいでしょうか、ゼノス様」


 俺たちは、人目のつかない、薄暗い廊下へと移動する。

 教室ではできない話らしい。


 一体、何の用だろうか?


 もしかすると――

 「リアム王子から、いまだにしつこく付きまとわれていて、困っている」という、色恋沙汰の相談かもしれない。


 それであれば、たしかに教室ではできない話だ。


 それ以外の可能性だと……。

 人気のない、こういう場所で俺といちゃつきたくなってしまった、とか。――だろうか。


 そういった用件であれば大歓迎なのだが――

 残念ながら、どうやら別の、もっと深刻な用事だったらしい。


 閑散とした、薄暗い廊下。年頃の男女が二人きり。

 高い窓から差し込む光が、床に、埃の舞う筋を描いている。


 俺は、彼女と見つめ合う。


「それで、何の話かな?」


「それが……。お父さまが、ゼノス様と直接、話したいことがあるようで……。数日以内に屋敷まで会いに来るように、と、そう申しておりまして……」


 セシリアは、俺から目をそらし、ひどく不安そうな表情でそう言った。

 その声は、わずかに震えていた。


 どうやら彼女は、俺たちの婚約に関して――

 何か、あまり良くない話だと、そう思っているようだ。


 彼女の父親からの呼び出し、か。

 ……精神の疲弊するイベントが発生してしまった。

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