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第112話 余計なお世話

 俺は、エレノアの婚約に深くショックを受けているであろう、哀れな道化師・エリオットを慰めてやるため、彼とその友人であるアルドリックをグリムロック家の馬車に乗せ、俺の所有する劇場へと向かっているところだった。


 革張りのシートの独特な匂い。

 石畳を叩く車輪の、規則正しい音。


 その静かな車内で、エリオットはずっと俺のことを睨みつけていた。

 彼は、俺の隣に座る大男に視線を向けて尋ねる。


「アルドリック。一体、何故君が、この唾棄すべき犯罪者に協力などしているのだ? 事と次第によっては、リアム殿下に報告して――」


「いやー、しかし、お前がエレノア様に恋い焦がれていたなんてなぁ」


 向かいの席に座るエリオットの詰問に、アルドリックがどこか微妙にずれた、気の抜けた返事を返す。


「なっ……! 何故、君がそれを知って……! まさか、気づいていたのか!?」


「いや。今、そこのグリムロックに聞いてな。今日、初めて知った」


 アルドリックが、爽やかな笑顔でそう答える。


「……また貴様か。本当に、余計な真似しかせんな。このクズが」


 エリオットが、俺のことを心底忌々しそうに睨みつけてくる。


(まったく、こいつにかかれば、何でも俺のせいだな)


 この男の恋心をばらしたのは事実だが、それもこれも、お前を慰めるためなんだから、べつにいいだろうに。


「まあ、そう邪険にするなよ。こういう辛い時には、パーッと美味いものを食べて、飲んで、気晴らしでもしようじゃないか」


 俺は、そんな彼の殺意のこもった視線を、柳に風と受け流しながら、そう答える。


「おうっ! こいつの言うとおりだぜ、エリオット! お前は昔から、何でも一人で不満をため込む傾向があるからな! こういう時こそ、思い切り発散しておいた方が、絶対にいいぞ!」


 アルドリックも、俺の意見に力強く賛同した。


「くっ……! 余計なお世話だと、そう言って、この場を丁重に失敬したいところだが……ゴリラ二匹ががっちりとタッグを組んでいる、この状況ではどうにもならんか……」


 人がわざわざ心配してやっているというのに。


 ――まったく、失礼な奴である。



 ***


 そうこうしているうちに、馬車は俺の劇場――

 【砂漠の星】へと到着した。


 空は燃えるような茜色に染まり、王都の美しい建物が黒いシルエットとなって、夕闇の中に静かに浮かび上がっている。


 季節柄、この時間帯は急に冷え込み、肌寒さがじわりと忍び寄ってくる。


 俺たちは入り口からエントランスを抜け、専用の二階VIPルームへと向かった。今日ここに来ることは、あらかじめ連絡してある。そのため、部屋のテーブルの上には、すでに豪華な食事がずらりと並べられていた。


 使用する食材は、店の余りものや予備で構わない――そう伝えておいた。

 だがそれでも、見た目は華やかで、味も非の打ちどころのない極上の料理を、うちのシェフはしっかりと用意してくれていた。


 一流のシェフと優秀なスタッフを、金に糸目をつけず雇っている。

 急な食事会の連絡にも、これだけのものを用意してもらえる。


 それが、この俺の特権だ。


「まあ、とりあえず食べようじゃないか。腹が減っては、失恋の傷も癒えんだろう」


 俺がそう声をかけると、二人とも素直に席に着く。

 どうやらエリオットも、これ以上抵抗しても無駄だと悟ったのか、諦めたようだった。


「おおっ! こりゃ、滅茶苦茶、美味そうじゃないか!」

「ふん。貴様のようなゴミがオーナーを務めている店とは、到底思えんな」


 俺たちが美味い飯と酒に舌鼓を打っているうちに、階下のステージでは、ファーマを中心とした舞踏団による、華麗で情熱的なダンスショーが幕を開けた。


「おおっ! すげーな、おい!」

「くっ……。ま、まあまあ、ではないか」


 二人とも、どうやら喜んでくれているようだ。


「ああ、そうだ。警護担当のカイルをここに呼んで来てくれ」


 俺は控えていた従業員を、使いに出す。


 しばらくすると――

 【変身の指輪】で姿を変え、ごく普通の人間の青年の見た目になっているエルフ族のカイルが、面倒くさそうな顔でこの部屋にやってきた。


「一体、何の用だ。こっちは警護の任務で忙しいんだぞ」


 最近は不穏な兆しもないし、コイツ一人抜けても問題はないだろう。


「ああ、悪い。それがな。この哀れな糞メガネが、ずっと好きだった女に、見事に振られたから、今、みんなで慰めているところなんだ。――お前も、ぜひ、慰めてやってくれ」


 俺がそう言うと、「振られてなど、おらんわ!」と、エリオットが顔を真っ赤にして抗議する。


 それを完全に無視して、カイルがエリオットに心底軽蔑しきった冷たい視線を向けた。


「……ほう。振られてもいない、ということは。つまり、自分のその惨めな気持ちを、相手に伝えてすらいない、ということか? なんとも、まあ、哀れな奴だな、お前は――」


「な、なんだと、貴様! 以前にも言っただろうが! 我々、貴族は、平民の貴様らとは違い、自分の個人的な感情を優先するわけにはいかんのだと!」


「くだらん言い訳をするな。何が貴族だ。ただのヘタレではないか。自分の気持ちから逃げるために、その地位を利用するな。この馬鹿者が」


(ああ、また始まったか)


 エリオットとカイルが、いつもの、不毛で残念な口論を開始する。

 まあ、これも、いい気晴らしになればいいのだが。


 そう思っていると、店の従業員が、再び俺の元へ、来客を伝えに来た。


「――誰だ?」


「は、はい。それが、リアム殿下がお見えになっております」


 王子が?

 一体、何の用だろうか。


 エリオットとアルドリックは、それぞれ目の前の食事と、不毛な口論に夢中で、こちらの話などまったく聞いていない。


「……いいだろう。ここに通せ」


 しばらく待つと、リアム王子がその従者を伴って、この部屋に現れた。


「……これは一体、どういう状況だ?」


 王子は、目の前のあまりにもカオスな部屋の様子を見て、完全に困惑していた。

 豪華な料理。華やかなショー。

 そして、いがみ合っているエリオットとカイル。

 自分の側近たちに、なぜか食事を振る舞っている――宿敵の俺。


 彼は、俺にその困惑した目を向けて問いかけてきた。


「……エリオットが、君に無理やりどこかへ連れ去られた、という穏やかではない話を聞いて、慌てて駆け付けたのだがね?」


 どうやら、俺がエリオットを生徒会室から強引に引きずり出して連れ去った――その断片的な噂が、あっという間に広まり、王子の耳にまで届いてしまったらしい。


「実はですね、殿下。この哀れな糞メガネは、ずっとあなたのお姉様、エレノア様に懸想していたのですよ。そして思い人が、めでたくご婚約された。その失恋のショックで死にそうな顔をしていた彼を慰めてやるために、こうして皆で集まって、盛大に騒いでいるのです」


 俺が同情と哀れみを浮かべながらそう説明すると、リアム王子は心底、驚いた顔をした。


「……なんと。エリオットが、姉上のことを……。それは、知らなかった」


 その表情には、驚きだけでなく――

 友人の秘めた想いにまったく気づいていなかったことへの、わずかな戸惑いの色も浮かんでいた。

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