第108話 ドワーフ少女たちの再出発
ドワーフの姫、エイル・アイゼンフリート。
武骨なドワーフ族には珍しく、可憐な顔立ちをした少女だ。艶やかな茶色の髪は、丁寧に三つ編みにまとめられている。
身長は百三十センチほどだろうか。
その小柄な体つきは女性的な丸みを帯びているが、その内にはドワーフ特有の、鍛え抜かれた鋼のような力強い芯が宿っているのを感じる。そして何より、その大きな瞳には、決して諦めることを知らない、強い炎が宿っていた。
彼女たちの販売代金は――
姫君一人と、それ以外の四人を合わせても、たったの金貨三百枚だった。
「うぅむ……。ドワーフとはいえ、王族であると最初から分かっておりましたならば、もっと販売価格を高くできたものを……! 実に、もったいないことをしてしまいましたなァ~」
バルタザールが、そのだらしない腹を揺らしながら、心底がっかりしている。
彼女たちの値段は、バルタザールが最初に提示した金額のままだ。
今さら正体が分かったところで、この俺を前に値上げなど、できるはずもない。
「失礼いたしました、ゼノス様。――坊ちゃま。そういった、顧客の気分を害し、信用を損なうようなことは、決して口に出してはいけません。もちろん、態度に出しても駄目ですぞ」
彼の後ろに控えていたグレゴールが、能面のような顔で、冷静に――
しかし厳しく窘めている。
「残念だったな、バルタザール。ドワーフだからといって、その身元の確認を怠ったお前のミスだ。それにしても――お姫様が、こんなところで売られているとはな……」
俺は、そこでハタと気づく。
そういえば、以前、俺が競り落としたファーマとリーラの姉妹も、王族としての身分を隠したまま、闇オークションにかけられていた。裏社会の取引ですら隠していたのに、表の取引で王族の売買をするのは……。
ここで彼女たちの売買契約を正式に結んでしまうのは、まずいのではないか?
「……ご安心ください、ゼノス様」
俺のその心配を敏感に察したのだろう。
グレゴールが、眼鏡の奥の瞳を細め、声を潜めて――俺にだけ聞こえるように、貴重な情報を教えてくれる。
「我らも、彼女が王族であるとはついぞ知らなかったことですし、そもそも、このドワーフの少女のただの虚言かもしれません。そして何より――かのクロウリー公爵家からも、ドワーフの王家からも、この少女に関する公式な捜索願は、一切出されておりません」
なるほど。
俺がこれから購入しようとしている、このドワーフのお姫様・エイルは――クロウリー公爵家の支配的な統治を良しとせず、自分たちの未来のために両親の反対を押し切り、力ある貴族の助力を求めて家を飛び出している。
つまり、彼女の存在そのものが、彼らにとっては“都合が悪い”のだろう。
ザイツ商会としても、今回のこの取引は――将来、何らかの面倒な火種になりかねないという懸念がある。
だが、それよりも、この俺との良好な付き合いの方を選んでくれた、ということらしい。
こうして、販売契約は滞りなく成立した。
俺は、エイルをはじめとした、五人のうら若きドワーフの少女たちを――
晴れて連れて帰ることになった。
「それで、奴隷契約は、この場で正式に書き換えをなさいますかな?」
「いや。家に帰ってから、こっちで適当にやっておくよ」
バルタザールの問いに、俺はそう答えた。
「奴隷契約の書き換えを、ご自分の屋敷で……? まさか、契約書を魔力で上書きする、と? つまり、彼女たちを魔力奴隷に――でも、それほどの規格外の膨大な魔力の持ち主が、この王都のグリムロック家に……? それとも、購入した奴隷を、一旦、辺境の領地に送って、そこで……」
バルタザールの後ろで話を聞いていたメリンダ嬢が、驚いたように呟いた。
俺への質問なのか、それとも、ただ目の前の情報を整理しているだけなのかは分からない。
だが――
その推測は、なかなか鋭い。
「――いえ。この王都の屋敷にも、腕利きの使用人が何人かおりますので」
俺はそう、適当に答えておく。
「ま、まあ、そうですのね……」
メリンダは、何かを取り繕うような、少しぎこちない笑顔を浮かべた。
この女――やはり、ただの薄幸な貴族令嬢ではなさそうだ。
***
俺は、購入したばかりの五名のドワーフの少女たちを、一台の馬車に乗せて、グリムロックの屋敷へと連れ帰る。
目の前の椅子に三人、そして、俺の両隣に一人ずつ座っている。
車輪が夜の石畳を叩く、規則正しい音が、静かな車内に響いていた。
俺は、彼女たちに静かに目を閉じるよう命じた。
そして、それぞれの胸元に刻まれた、彼女たちを縛る奴隷紋を、指先でそっとなぞっていく。
俺の【魔封印】の効果によって、その呪縛の証は、淡い光と共に――
まるで最初から存在しなかったかのように、綺麗さっぱり消失した。
これでもう、彼女たちは奴隷ではない。
そして、この先も、俺は彼女たちを奴隷として扱うつもりはなかった。
ドワーフの姫・エイルには、俺専属の鍛冶師になってもらう。
残りの四人の少女たちには、エイルの身の回りの世話と、鍛冶作業の補助を頼むことにする。
馬車が、静かに夜道を進んでいく。
「――で、お前たちだけで、屋敷の庭に小屋を作って、そこに本格的な鍛冶場も作れるんだな?」
「はい。必要なものさえご用意いただければ。私たちドワーフは、こう見えても力がありますし、物を作る作業は何よりも得意ですので」
鍛冶場は、どこかで購入するつもりだった。
だが、この屋敷の庭に直接作れるのであれば、その方が何かと都合がいい。
俺は、その作業のすべてを、彼女たちに任せることにした。
「……それより、ゼノス様。私たちを、本当に、奴隷にしなくていいんですか?」
「ああ。どのみち、お前たちが俺の屋敷から逃げ出したところで、人間社会でまともに暮らしていくことなどできやしないだろうしな。もし、どうしても故郷に帰りたいという者がいれば、俺が責任をもって送り届けてやる」
俺の言葉を、彼女たちは真剣に聞き入っている。
「だから、下手に逃げるよりも、正直に俺に申告した方がいいぞ。ああ、もちろん、お前たちを購入するために支払った代金分は、きっちり働いてもらった後になるがな。三食昼寝付きで、安全な寝床も保証して、ちゃんと使用人として雇う。逃げるよりも、この家で働いた方が、よっぽど良いだろう」
俺のその提案に、ドワーフの少女たちは、こくこくと頷いていた。
その時だった。
俺の隣に座っていたエイルが、真っ直ぐに俺の目を見つめてきた。
「私は、元々――クロウリー公爵家の、あの“ぬるま湯のような支配”に対抗するため、我らに力を貸してくれる協力者を探して、家出してまいりました。どうか、ゼノス様。私があなた様のために最高の武器を作る、その対価として――我らドワーフに、あなた様の絶大なるお力を、お貸しいただけませんか?」
そのあまりにも真剣な眼差しに、俺は静かに、そして力強く頷いた。
「ああ。いいだろう」
彼女を購入するために、すでに大金を支払っている。
その分、代金を返済するまで俺のために働いてもらう――
それだけで十分なはずだった。
今さら、そんな新たな約束を交わす必要など、本来はどこにもない。
だが、彼女の“未来を諦めない”その瞳の輝きを前に、そんな無粋なことを言う気にはなれなかった。
この瞳の輝きには、投資する価値がある。
俺は、そう――
直感的に、判断した。




