第107話 鍛冶師の誓い
俺は、自分専用の武器を誂えるため、腕利きのドワーフの奴隷を購入しようと、ザイツ商会を訪れていた。
通された応接室は、重厚なマホガニーの調度品で統一され、壁には、いささか趣味の悪い絵画がいくつか飾られている。
来客用の中央のソファに深く腰を下ろし、商品の到着を待つ。
俺の正面には、店の主の息子・バルタザールが座り、その後ろには、お目付け役のグレゴールと、成り行きで同席することになったメリンダ嬢が、静かに立っていた。
「それにしましても、ゼノス様はドワーフにまでご興味をお持ちとは……。えー、その、趣味の範囲が広うございますな。はははっ」
バルタザールが、感心したような、それでいて呆れたような目で言った。
「――まあ、な」
たしかに、自分専用の武器の作製。それだけのために、ドワーフの職人を一人所有するというのは――もはや贅沢を通り越して、酔狂な趣味の領域だろう。
この世界において、人間と亜人種は基本的に敵対関係にある。
エルフや獣人とは国境で殺し合い、ドワーフはクロウリー公爵家のような一部の貴族に支配されている。
ごく少数のドワーフは、こうして人間の世界で暮らすが、その大半は奴隷か、よくて鍛冶屋の一従業員として生涯を終える。
一応財産の所有は認められているが、どれだけ腕のいい職人でも、ドワーフが自分の店を持つことは決してできない。
「ああ、そうだ、バルタザール。ドワーフを購入するついでに、手頃な空き店舗も一つ購入しようかと思っていてな。お前のところで、良い物件を用立ててくれ」
奴隷商は、ただ奴隷を売るだけではない。
上客のありとあらゆるニーズに、柔軟に対応してくれる。特にザイツ商会のような大店であれば、不動産商人との面倒な交渉もすべて代理で行ってくれる。
手数料は余分にかかるが、自分で一から交渉するより、結果的に早く、そして安く済む。
「空き店舗、と申されますと……。ほう。ご購入なされたドワーフで、またレストランでも経営なさるので? ドワーフの従業員にセクシーな衣装を着せて、ですか……。いやはや、それは、その、あまりにも奇抜過ぎるご趣味ではございませんか? とても客が入るとは……」
……ん?
何を言っているんだ、こいつは?
俺が不思議に思っていると、部屋のドアがノックされ、ザイツ商会の従業員が五名のドワーフを連れて入ってきた。
その光景に、俺はさらに眉をひそめた。
「年頃の、なるべく、見目の良い者を急ぎ見繕ってまいりましたが……。この者たちを目玉にして人を集めるのは、いささか難しいかと……。値段は五人合わせても金貨三百枚ですので、ゼノス様の『変わった趣味』のコレクションの一環としては、非常にお買い得ではありますが……」
そこに連れてこられたのは、全員、若く、美しい女性のドワーフだった。
どうやら、このザイツ商会の従業員たちは、俺がまた新たな趣味の対象として若い女性を欲していると、勘違いしているらしい。
ドワーフたちの隣に立つ、メリンダ嬢の俺を見る目は――
もはやゴミを見る目どころではない。
この世のありとあらゆる汚物を凝縮したかのような、そんな視線に変わっていた。
誤解だ。
「……せっかく用立ててもらったところに悪いが。俺が今日欲しいのは、鍛冶を安心して任せることのできる腕のいい人材だ。新しい剣を作ってもらいたくてな」
「そっ、そうでございましたか! こ、これは大変失礼いたしました! 急ぎ、最高の職人をご用意いたしますので、しばしお待ちください! ――おい、何をぼさっとしている! この者たちを早く下がらせろ!」
バルタザールが、その小太りな体から、じわりと脂汗を噴き出している。
失敗を取り繕うように、慌てて指示を出す。
綺麗に着飾ったドワーフの少女たちが、従業員から無情にも退出を促される。
その時だった。
少女たちの中の一人が、必死な声で叫んだ。
「まっ、待ってくださいっ!」
「おい、静かにしろ!」
従業員が慌てて、彼女の小さな口を塞ごうとする。
だが、彼女はそんな制止などまるで意に介さず、俺に向かって――その真っ直ぐな瞳で、強く語りかけてきた。
「剣が、剣が欲しいなら、私が打ちます! 人間の腑抜けた職人……いえ、ドワーフの男よりも、ずっと上等な業物を、必ず作ってみせましょう! だから……! 私のことを、購入してください!」
その声は、魂からの必死の訴えだった。
従業員が力ずくで彼女を部屋の外へ引きずり出そうとする。
だが、俺はそれを――片手を、軽く上げるだけで止めた。
興味が湧いた。
「待て。部屋から出さなくていい。彼女の話を、もう少し聞かせてくれ」
***
俺のその一言で、五人のドワーフの少女たちは部屋に残されることになった。
話を聞きたいと俺が言ったのは一人だけだったのだが――まあ、流れで全員がそのまま残っている。
「俺は、自らの魔力を込めることで、様々な特別な効果を引き出せる『魔法剣』を求めている。君に、それが作れるのか?」
「……! もちろんです! むしろ、本当の意味での魔法の武具を作れるのは、この私の一族だけです!」
一族?
「あぁん? 貴様、本当だろうな?」
バルタザールが疑わしげに尋ねると、彼女以外の四人のドワーフたちが、一斉に彼女を擁護し始めた。
「本当です!」
「魔法の道具を本当に作れるのは、我らドワーフの中でも、特別な『魔眼』を持つ者だけなのです!」
「姫様は、その魔眼をお持ちです! それに、鍛冶師としての腕も、ドワーフ一、いえ、この世界で一流です!」
えっ、姫様?
彼女たちの話が本当ならば――
この俺の目の前で、必死に自分を売り込んでいる小さな少女は、ドワーフ族の本物のお姫様、ということになる。
「……なんで、そのお姫様が、こんな奴隷商で売られているんだ?」
俺は、素朴な疑問を投げかけた。
「えっと、家を出て、お金に困って……。食事をもらって、世話をしてもらったと思ったら、ここに売られてて……えっと」
「ああ、その辺は、何となく分かっている」
俺が聞きたいのは、どうして彼女が家を飛び出したのか。
その動機だ。
「……それは。クロウリー家の緩慢な支配から、我らドワーフを解放するために――助力を求めようと、故郷を飛び出したのです」
どうやら彼女は、人間の有力な貴族と直接交渉し、ドワーフ族が搾取されない体制――すなわち、クロウリー家からの“独立”を勝ち取ろうと考えていたらしい。
自分の作る武具と、その技術力を引き換えに、自分たちに力を貸してくれる人間を探そうと――両親と喧嘩して、たった一人で故郷を飛び出した。
けれど、この人間の世界は、彼女が思うよりもずっと冷たかった。
有力な貴族との面会すら叶わず、門前払い。
あっという間に金と食糧が尽きてしまった。そして、親切そうな人に食事を恵んでもらい、住む場所を提供してもらったと思ったら――後からまとめて料金を請求され、払えなかったために、この奴隷商に売られてしまったらしい。
他の四人の少女たちは、貧しさのあまり、自分の親に売られてしまったそうだ。
そんな諦めと絶望の淵にいた彼女たちが、たどり着いたこの奴隷商の店に――まさか、自分たちドワーフの姫様が、同じ奴隷として売られてくるとは。心底、驚いたという。
俺は、彼女たちのその数奇な身の上話を聞き終えると、静かに、そして短く、こう告げた。
「バルタザール。この五人、俺がまとめて面倒を見るぞ」
まさかドワーフの姫君と、こんなところで出会えるとは――
彼女の目的も、俺にとっては好都合。
思わぬ拾い物だ。




