第106話 友人の恋と商談の席
ドワーフを購入しようと訪れたザイツ商会。
そこで俺は、友人バルタザールの可憐な婚約者候補――メリンダ・ランカスターに、まるで汚物でも見るかのような、冷え切った目で睨まれてしまった。
誤解だ。
俺は、このどうしようもない変態とは違う。
ノーマルに女性を愛でる、紳士なのだ。
何とかして、地に落ちたであろう彼女からの好感度を上げようと、俺は名誉挽回を試みた。
「それにしても、美しい女性じゃないか。気品があって、立ち姿も凛としている。まるで絵画から抜け出してきたようだ。つい、見惚れてしまったじゃないか。おい、バルタザール。お前にはあまりにも、もったいないぞ」
女性は、お世辞でもいいから褒めるべきだ。
俺は、自らの信条に従い、彼女を最大限に褒め称えた。
メリンダ・ランカスター。
一見すると地味で目立たない印象だが、よく見るとそこそこ整った顔立ちをしている。常に口元に浮かべられた穏やかな微笑みは、その奥にある疲れた表情を隠すためのものだろう。
流行りの華美なドレスではなく、数年前に作られたであろう古いものを丁寧に手直しして着ているため、他の貴族令嬢のような華やかさには欠ける。だが、その姿には質素ながらも確かな上品さが漂っていた。
髪の色は落ち着いた薄茶色。瞳はくすんだ青色。その美しい瞳の奥には、貧しい家のためにその身を犠牲にした、自分自身の運命を静かに諦めたかのような、深い諦観が宿っている。
お世辞抜きで、なかなかいい女だ。
このバルタザールには、本気でもったいないと俺は思う。
俺のそんな偽らざる心情を敏感に汲み取ったのか、バルタザールがおずおずと意見してきた。
「あ、あの、ゼノス様……。彼女は、私にとってそれはもう大変に大切な婚約者候補なのです。ですから、横取りだけは……どうかご勘弁を……」
何を言い出すかと思えば、いらん心配だ。
いくら俺でも、友人から“大切な婚約者”を寝取る趣味はない。
「心配するな。彼女は確かに美しいが、俺から手を出す気は毛頭ない。むしろ、俺はお前の初々しい恋を全力で応援しようじゃないか」
その言葉に、バルタザールは心底安堵したように、その小太りな体を喜びに打ち震わせた。
「なんと! それを聞いて安心いたしました! 何せ、好色な上に傍若無人なゼノス様のことですから、この世の至宝であるメリンダ様を一度その目にされれば、どのような手段を用いてでも寝取りに入るのではないかと、気が気ではなかったのです! ですから、彼女がゼノス様の目に決して入らぬよう、慎重の上に慎重を重ねて、お見合いの日程を組んでいたのです!」
その言葉を聞いて、彼の後ろに控えていたグレゴールの顔色が、一瞬で真っ青になる。
(……こいつ、そんなに俺に警戒していたのか)
好き放題言いやがって――
色々と聞き捨てならない失礼なことを言われた気もするが、まあ、このどうしようもない変態も、ようやく彼女ができそうで浮かれているのだろう。
今回は、水に流しておいてやる。
「おいおい。お前、一体俺のことを何だと思ってるんだ?」
「いやはや、私としたことが……これはとんだ言葉が過ぎましたな!」
あっははははっ!
俺たちは二人で、腹の底から笑い合った。
そんな仲睦まじい俺たちを、メリンダ嬢は――
心底気持ちの悪いものでも見るような目で、冷ややかに見ていた。
***
「して、ゼノス様。本日は、いかなるご用件で、このザイツ商会に?」
「ああ。実は最近、どうしても手に入れたい人材ができてな。お前のところに良い売り物はないか、見に来たんだ」
ここには、ドワーフを買いに来たのだ。
俺の『人材』という言葉を聞いて、それまで興味なさそうにしていたメリンダ嬢の、そのくすんだ青色の瞳が、きらりと鋭い光を放ったような気がした。
「そうですか。では、私がその商談のお相手をいたしましょう」
「……だが、いいのか? 彼女との大事な顔合わせだろう?」
こんな時くらい、友人として、そっちを優先させてやろう。
「いえいえ。ちょうどお別れの挨拶をしていたところでして。最後に、彼女のそのかぐわしい香りを思う存分堪能させていただいていたところでございますので」
「だったら、家までちゃんと送ってやればいいだろう。最近は何かと物騒だしな」
俺は、二人の恋を応援するため、最高のパスを出してやった。
もう夕方だ。
じきに陽も落ちて、王都の空も暗くなる。
これから、このザイツ商会が馬車を出して、彼女を実家まで送るのだろう。
ならば、その護衛として、婚約者であるこいつがエスコートしてやればいい。
「そうですね。なんでも、あのリリアーナ殿下が誘拐されてしまったとか。我が商会も、先日、王家の騎士団から要請され、その捜査にご協力したところでして」
まあ、奴隷商であれば、真っ先に捜査対象になるだろうな。
「たしかに、昨今の王都の情勢は物騒です。では、メリンダ様――」
バルタザールがメリンダを馬車で送ろうと、その言葉を言い出しかけた――
まさにその時だった。
彼女から、待ったがかかった。
「あっ、あの、お待ちください! これから商談があるというのでしたら、ぜひ私もその席に同席させてはいただけませんでしょうか。その……将来、私の伴侶となるかもしれないバルタザール様の、お仕事を、ぜひこの目で見ておきたいと思いまして」
まさかの見送り拒否。
……バルタザールと二人きりで馬車に乗って帰るのが、よっぽど嫌だったのだろうか?
俺は、彼女のそのセリフをそう受け取った。
だが、我が友バルタザールは、それを言葉通りに受け取った。
驚くほど、ポジティブな奴だ。
「おおっ! メリンダ様が、この私の仕事に興味を持ってくださるとは! なんという喜び、感激ですぞ!」
彼はその小太りな体を、感動に打ち震わせている。
こうして俺たちは、別室へと移動し、彼女の見つめる中で――
商談を始めることになった。




