第105話 変態の成長と遺憾の意
バルトロメウス・クロウリーから、実に有益な情報を得た。
クロウリー家が管理する『飼われた』ドワーフに頼らずとも、この王都には腕利きの奴隷ドワーフ鍛冶師が多くいる。
そこに、こちらで用意した極めて質の高い魔法素材を持ち込めば、かなりの高性能な魔法剣を作ってもらえるだろう――と。
生徒会室を後にした俺は、下校の途についた。
廊下をゆっくりと歩きながら、今後の算段を組み立てていく。
まずは鍛冶師と魔法素材の確保だ。腕利きの鍛冶師を抱えた店があれば、オーダーメイドしてもいいし、自分で職人を雇うのもありだ。
馬車に乗り込む前に、御者に行き先の変更を告げる。
これから向かうのは、奴隷商のザイツ商会だ。
つい先ほど思いついて向かうので、アポイントは取っていない。
だが、まあ、行けば誰かしらはいるだろう。
せっかくの機会だ。
この際、自分専用の腕利きドワーフ鍛冶師を、まるごと一人買い取ることを前提に話を聞いてみよう。
奴隷商は情報の宝庫。
商談の中で情報を集め、最適な選択をするのだ。
***
ザイツ商会に着くと、バルタザールのお目付け役、グレゴールが、いつもの落ち着き払った顔で出迎えてくれた。
日はすでに西に大きく傾き、王都の空は、もうすぐ燃えるような赤に染まるだろう。
「本日はようこそお越しくださいました、ゼノス様」
「ああ、急に来て悪いな。単刀直入に言う。ドワーフの奴隷を購入したい」
俺が用向きを伝えると、グレゴールは控えていた部下の従業員に目配せする。
その従業員は心得たとばかりに、急いで店の奥へと消えていった。俺に販売する、腕のいいドワーフの奴隷を見繕いに行ったのだろう。
「中で待たせてもらうぞ」
「はい。では、こちらへどうぞ」
グレゴールが俺を先導して、店の奥へ進んでいく。
……ん?
「おい。いつもの部屋じゃないのか?」
この店に来たときはいつも、最上級の客をもてなす一番いい部屋に通されていた。だが、今、グレゴールが向かっているのは、それとは別の、少し格下の部屋だ。
グレゴールは深々と頭を下げて弁明する。
「……大変申し訳ございません。実は、その部屋にはただいま先客がおりまして……」
珍しく言葉を言いよどんでいる。
「ああ、別に気にしなくていい。使いも寄こさずにいきなり押しかけてきた俺が悪いんだ。気にするな」
事前に連絡をしておけば、一番いい部屋は必ず俺のために空けておいてくれる。
連絡した上で空いていなければ怒るところだが、たまたま空いていないなら仕方ない。
だが、少し興味が湧いた。
「で、一体誰が来ているんだ? 俺よりも上客か?」
「……いえ。実は、坊ちゃまのお見合いが、ただいま行われておりまして」
……は?
あの、バルタザールが、お見合い?
あの変態が――?
そんな面白そうなイベントが、今まさにこの場所で行われているというのか。
「相手は誰だ?」
興味本位で聞いてみた。
相手は――メリンダ・ランカスター。
王都の貧乏男爵家、ランカスター家の三女だそうだ。
貴族の子女ということは、この俺と同じ王立魔法学園に通っている生徒ということになる。
俺が生徒会に寄っていたとはいえ、ここまで馬車で来た。すでに見合いが進行中ということは、今日は学校を休んでいたのだろう。
それにしても、政略結婚か。
「それって……」
「はい。お見合いと申しましても、実質、ご婚約はもう決まっているようなものでして。本日は顔合わせということで」
なんとなく、その裏事情は想像できる。
貧乏貴族のランカスター家が、借金の肩代わり、もしくは生活資金の提供の見返りに、可愛いお嬢さんを嫁として差し出す。
そんな分かりやすい話なのだろう。
哀れな蝶が、金貸しという蜘蛛の巣に捕らえられてしまった、というわけか。
なかなかに興奮するシチュエーションじゃないか。
……いいな。
バルタザールが羨ましくなってきた。
俺がそんなゲスなことを考えていると――
「きゃああああっ!!」
甲高い、嫌悪と拒絶の入り混じった女性の悲鳴が、お見合いが行われている部屋の中から響き渡ってきた。
一体、何事だ?
「坊ちゃま! ただいま部屋を開けますぞ! いったい何を……!」
グレゴールは、それまでの冷静さが嘘のように血相を変え、その部屋の扉へ駆け寄る。
俺もその後ろから、興味津々で部屋の中を覗き見た。
部屋の中には、豪奢なドレスを身につけた美しい女性と、そして、あの見慣れた肉塊、バルタザールがいた。
女性は部屋から出るためだろう、椅子から立ち上がっていた。
その真後ろに、あの変態が床にひれ伏すように膝立ちになっている。そして、あろうことか、女性のドレスに包まれた豊かな尻の丸みに、顔を埋めんばかりに近づけていた。
「……ッ!? 一体何をしておられるのですか、坊ちゃまッ! 本日は、決して、お相手に手出しは厳禁と、あれほど固く申し上げておいたでしょうがッ!」
マジで、何やってんだよ。
こいつは……。
「手は、手は出していないッ! こうして、ただ、その聖なる香りを嗅いでいただけだ! 確かめずに、別れるなどできなかった。しかし、断じて、直接の接触はしておらんッ! すーはー、すーはー……うっ、おうっふ♡」
俺は、あまりの光景に呆れながらも、部屋の中へと入っていった。
そして、グレゴールの悲痛な叫びに、味方する。
「いや。世間一般では、それを『手出し』というと思うぞ。普通に――」
俺が声をかけると、変態は慌てて立ち上がり、焦りと驚きを露わにした。
「ややっ! こ、これは、ゼノス様ではございませんか! いつからそこにいらっしゃっていたのですか!」
「ああ。お前は相変わらずだな」
俺は、こいつの全くぶれないマイペースな変態ぶりに、どこか安心しながらそう言った。
「これでも、ゼノス様からの有り難きご指摘を踏まえ、私なりに女性の扱いは格段に上達したと自負しておったのですが……?」
……上達?
(ああ、そういえば――こいつは以前、女性を褒めるときに『くっさ♡』という、あまりにも失礼すぎる感嘆詞を使っていたな)
どうやら、それを反省し『おうっふ♡』に置き換えたらしい。
……言われてみれば、たしかに、上達したと言えなくもない。
「そうか。俺のあのアドバイスが、役に立ったようで何よりだ」
「いえ、そんな……ゼノス様の助言には、本当に感謝しております」
俺たちがそんなフレンドリーな会話を交わしていると、メリンダ・ランカスターが、そのくすんだ青色の瞳をさらに濁らせ、まるで汚物でも見るかのような、冷え切った軽蔑の眼差しで俺たちを見ていた。
どうやら俺まで、このどうしようもない変態と、同じ穴の狢だと思われたらしい。「違うんだ!」「俺はこの変態を窘めたんだ!」そう言って身の潔白を訴えようかとも思ったが、言い訳するのは小者臭いので止めておく。
メリンダにとって、俺はバルタザールと同格の変態に位置づけられたらしい。
侮蔑の視線が、容赦なく突き刺さってくる。
――極めて心外である。
濡れ衣もいいところだ。




