第104話 公爵家の嫡男と王家の禁令
「おお、なんと! まさか、あの高名なグリムロック様が、私のような者をわざわざ訪ねてくださるとは! 光栄です。ぜひ一度、ゆっくりお話ししたいと思っておりました!」
バルトロメウス・クロウリーは、そのふくよかな顔を人懐っこい笑みで満たし、俺を心から歓迎してくれた。
……意外と好印象だ。
生徒会メンバーや和平推進派からは、こぞって敵視されていると思っていたが、そうでもないらしい。
俺は生徒会室で、彼と改めて歓談することにした。
窓際、中央の生徒会長の机では、エレノアとエリオットが聞き耳を立てているが、聞かれて困るような密談をするつもりはないので、別に構わない。
俺とバルトロメウスは、部屋の中央にあるテーブルに腰かけ、彼が自ら淹れてくれた上質なお茶に口をつける。鼻腔をくすぐる芳醇な香りは、王都の高級茶葉だろうか。静かな室内に、カップをソーサーに戻すカチャリという小さな音が響いた。
「それで、グリムロック様。ご用件は?」
「単刀直入に申し上げます。貴殿の所領に暮らすドワーフの鍛冶師に、私専用の武器の作成を依頼したい」
俺は早速、用件を切り出した。
「なるほど。グリムロック様の輝かしい武勇は私も聞き及んでおります。やはり、それに相応しい特別なものを求めていらっしゃるのですね」
「ええ。幼い頃から使っていた愛用の剣もありますが、最近、より自分に合った特別な一本が欲しくなったのです」
何より、『専用武器』という響きが格好いい。
「そうですか。それで、ドワーフの名工に製作依頼を……。ですが……」
バルトロメウスは言葉を濁し、その穏やかな笑みに、困惑の色を滲ませた。
「……ですが、誠に申し訳ないのですが、グリムロック様。現在、ドワーフたちによる武器の生産には、王家から厳しい制限が設けられておりまして。大変心苦しいのですが、そのご依頼をお受けすることはできません」
バルトロメウス・クロウリーは、俺たちの真横にいるエレノアの方をちらちら見ながら、本当に申し訳なさそうにそう言った。
彼の視線の先を追うと、エレノアは無表情のまま、こちらに一瞥をくれた。
――制限?
そんなものが、いつの間にできたのか?
「馬鹿め。貴様ら戦争継続派が不穏な動きを見せている昨今だ。その情勢を鑑みた王家が、様々な対抗策を打ち出しているのを知らんのか?」
部屋の隅、エレノアの背後に立つエリオットが、勝ち誇ったような嫌味な声で言った。その声には、明らかに俺を出し抜いたことへの優越感がにじんでいる。
「大方、反乱計画のために、大量の武具をクロウリー公爵家を通してドワーフに発注しようと企んでいたのだろうがな。残念だったな。お前たちの浅はかな企みは、この私の提言によって防がせてもらったぞ。すでに先手を打っていた私の勝ちだ!」
……ああ、なるほど。
そういうことか。
俺はただ一本の専用武器が欲しかっただけだが、彼らは俺が反乱の準備のために武器の大量発注に来たと勘違いしていたようだ。まあ、将来的に敵になる相手に、有用な武器を渡したくないというのは当然の判断だろう。
「おい、エリオット。ここでその話を出すな。この馬鹿者」
エレノアがエリオットを小声で厳しく注意する。
その鋭い声に、エリオットは一瞬肩をすくめた。飼い主に叱られて、しょぼんとしている子犬のようだ。
この武器生産の制限は、おそらく絶対の秘密ではない。
だが、俺たち戦争継続派の貴族を刺激しないよう、内々の非公式なお触れとして出されていたに違いない。それをエリオットが、俺に対する個人的な対抗意識から、うっかり口を滑らせたわけだ。
「貴重な情報提供、どうもありがとう。糞メガネ君」
俺はエリオットに心からの(皮肉を込めた)お礼を言ってから、改めてバルトロメウスと話を続ける。
「そういうことであれば、無理強いはできませんね。今回の依頼は、きっぱり諦めることにします」
「……え? あっさりと引き下がりますね。怒らないのですか?」
バルトロメウスが意外そうな顔をしている。
俺がごねると思っていたのだろう。その丸い目が、驚きでわずかに見開かれた。
「ええ。別に怒るようなことでもないですから」
むしろ俺は、王家の措置を当然だと思っている。
ここで不当な扱いだと騒ぎ立て、強引に交渉して一本だけでも剣を作ってもらうことは、おそらく可能だろう。だが、その場合、意趣返しに質の悪い品を掴まされるかもしれない。
無理を通しても、良いことは何もなさそうだ。
「ああ、それと誤解のないように言っておきますが。今回、私が依頼したかったのは――『本当に』自分専用の、たった一本の剣。それだけですよ。自らの魔力を込めることで、様々な特別な効果を引き出せる。そんな魔法剣が、ただ一振り欲しかっただけなんです」
「ふんっ! 見え透いた嘘を言いおって! 魔力ゼロの貴様がそんな業物を持ったところで、豚に真珠、猫に小判だろうがッ!! 貴様の真の狙いは武器の大量購入! その国を揺るがす邪な企みは、この私の見事な提言によって、事前に完全に阻止されたのだ!」
エリオットは最後まで勝ち誇ったようにそう言った。
俺は、勘違いと思い込みで勝ち誇る糞メガネを完全に無視し、エレノアとバルトロメウスに挨拶をして椅子から立ち上がろうとする。
「――お待ちください、グリムロック様」
バルトロメウスに引き止められた。
その声は、これまでの穏やかな調子とは少し違い、どこか真剣な響きを帯びていた。
「なんでしょうか?」
「もし本当に、あなた様専用の剣が欲しいのであれば――我が領地のドワーフの鍛冶師だけにこだわる必要はないかと思います。彼ら以外にも、ドワーフたちは少数ながら各地に暮らしております。腕利きの者も多く、良質な特別な魔法素材さえこちらで用意できれば、きっとかなりの逸品を作ることができるでしょう」
なるほど。
その手があったか。
ドワーフは、クロウリー公爵の自治領だけに住んでいるわけではない。
そして、バルトロメウスによると、魔法武具の性能は鍛冶師の腕に加え、用いられる魔法素材の質によっても大きく左右されるものらしい。
ドワーフには腕のいい職人が多い。
本場に赴かなくても、そこそこの職人はこの王都にもいるだろう。
むしろ肝心なのは、特別な効力を付与するために用いる魔法素材の方だ。
これは良いことを聞いた。
俺は頭の中で、次の計画を立てる。
今度こそ、俺はバルトロメウスに心からの礼を言ってから、生徒会室を後にした。




