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第103話 ドワーフの山脈とクロウリー家

 俺の次なる一手。

 それは、ドワーフ族との接触だ。


 彼らは、エルフの森『シルヴァン』の西に連なる峻険な山岳地帯――『アイゼン』に、その国を築いている。


 アイゼンの南には、クロウリー公爵家の広大な領地が広がり、さらに南西には、厄介な魔物の湧き点が存在していた。


 この魔物の湧き点の管理と、気難しいドワーフ族の管轄。

 その二つをクロウリー公爵家が一手に担っている――というのが、この国、アースガルドの公式見解だ。


 ドワーフ族は森の民エルフ族とは異なり、人間と明確に敵対しているわけではない。むしろ、クロウリー家の巧みな統治の下で共存関係を築いている。


 彼らは、比類なき品質の武具や、美しい装飾品を作り出す。

 クロウリー公爵家は、それらを独占的に、驚くほど安価で買い取り、転売によって莫大な利益を上げていた。


 さらにクロウリー家は、領地とアイゼンの中間地点にある魔物の討伐を担うことで、ドワーフ族に対する管理と搾取を、あたかも正当な義務と対価であるかのように装っていた。



 俺は、そのドワーフに自分専用の新たな武器の製作を依頼しようと考えていた。

 そのためには、まず彼らを管轄するクロウリー家に話を通しておく必要がある。その下準備として、俺はセシリアやリゼルから詳しい話を聞いたのだ。


 クロウリー家の嫡男にして、この王立魔法学園に通うバルトロメウス・クロウリー。彼は生徒会に所属しているらしい。


 その容姿は、金髪碧眼という王道の美青年を、そのままふくよかに太らせた感じだそうだ。俺の胡散臭いビジネスパートナーである奴隷商人バルタザールを、ものすごく小綺麗にしたような見た目らしい。


 公爵家という高位貴族の出身だが、その能力は可もなく不可もなく。俺が知るゲームのシナリオには、名前すら一切登場しないモブキャラクターだ。


 

 ***


 だが、ここで俺の記憶の、ある一点が繋がった。

 ゲームのとあるシナリオでは、あのエレノアが政略結婚で嫁ぐことになる。


 その嫁入り先が、このクロウリー家なのだ。


 反乱勢力である俺たちの妨害によって婚姻が破綻すると、クロウリー家は魔物の大規模な襲来に対処しきれず、領地を荒らされ、戦力を大幅に失うことになる。


 もしエレノアが無事にクロウリー家との婚約を成立させていれば――

 彼女は先頭に立って戦い、ラスボスであるゼノス(俺)の暗躍によって大量発生した魔物の群れを、最小限の被害で抑えることができた。


 その場合、エレノアはクロウリー家の軍を率いて、プレイヤーであるリアム王子の陣営に、強力な援軍として加わってくれるのだ。


 エレノアをクロウリー家に嫁に出すことで、プレイヤーはその豊富な戦力を手に入れることができる。

 だが、その重要なシナリオにおいてさえ、エレノアが結婚する相手の『名前』は一切登場しない。


 プレイヤーにとって重要なのは、エレノアが強力な軍を率いて味方として参戦してくれることだけ。

 だから、どうでもいい結婚相手の名前まで作り込まれていなかったのだろう。

 もしくは、表に出す必要はないと、シナリオライターが省いたのかもしれない。


 今回、ドワーフに専用武器をオーダーメイドしたいという俺の個人的な都合で、クロウリー家の関係者を探したことで――

 図らずも、エレノアの“幻の結婚相手候補”が見つかってしまった。


 どこから見ても人畜無害そうだという、小太りの生徒会役員。

 バルトロメウス・クロウリーこそが、おそらく彼女の未来の結婚相手なのだろう。

 


 ***


 まあ、その辺のことはどうでもいい。


 俺はバルトロメウスと直接コンタクトを取るため、生徒会室へ向かった。本来なら手紙で事前にアポイントを取るべきだが、面倒くさい手順は踏まない。同格の相手だし、『偶然』会えばいいだろう。


 生徒会室の重厚な扉を開けると、そこには案の定、エレノアと“糞メガネ”ことエリオットがいた。


 昼休みの中庭で会った時とは違い、エレノアは真剣な表情で、分厚い資料を読んでいた。窓から差し込む光が、彼女の金色の髪を淡く照らし、その端正な横顔を際立たせる。そしてエリオットは、チラチラとエレノアの背中を見つめていた。


 俺が部屋に入ると、糞メガネは面白いほどにビクンとなった。


「よう。お姫様はもう見つかったか? 捜索の進展を聞かせてくれ」


 見つかっているわけがない。

 それは分かっている。


 だが、ここに来た表向きの用件の口実として、とりあえずそう言っておく。

 エレノアは顔を上げず、資料から視線を外さずに答えた。


「……いや、まだだ。犯罪組織と何らかの繋がりのありそうな施設を片っ端から強制的に調べ上げているが、これといった決定的な手掛かりはない」


 その声には、わずかな疲労が滲んでいた。


「エレノア様。このような不届き者に、我々の捜査状況を教えてはいけません。この男は戦争継続派の筆頭。ひょっとすると、グリムロックの屋敷の地下にリリアーナ様が捕らわれている、ということも十分あり得るのです」


 エリオットは、場を和ませようと陽気に話しかけた俺に、敵意を剥き出しにして憤慨した声を上げる。


 ……無駄に勘がいいな、こいつは。


 俺は無言でエリオットの胸ぐらを掴み、素早く足払いをかけて床に転がしてやった。エレノアは資料から視線を外さず、「喧嘩はほどほどにしておけよ」とだけ注意する。


「ああ、わかった。それと――今日は、生徒会の別の役員にも用事があってな。少しの間、ここで待たせてもらうぞ」


 俺は床に無様に転がったエリオットを一瞥もせず、応接用のソファにどかりと腰を下ろした。革張りのソファが、わずかに軋む音を立てる。


 バルトロメウスが来るまで暇だったので、俺はエレノアから捜査の詳しい状況を聞いていた。


 捜索は王家の騎士団がいくつかの部隊に分かれ、人海戦術で行っているらしい。

 主な捜索先は、戦争継続派の貴族が裏で糸を引く施設が多い。

 俺が劇場の捜索許可をあっさり与えたことを引き合いに出し、かなり強引に事を進めているようだ。


「あのグリムロックでさえ、捜査に協力している。お前たちに捜査を拒む理由はないはずだ」


 そう言われると、相手方も困るらしい。

 オスカーが強制捜査をあっさり受け入れた俺に渋い顔をした理由が、これだ。

 あいつの懸念した通りになったな。


 ……まあ、別にいいけど。


 エレノアは淡々と説明を終えた。その言葉には、確かに俺の存在が捜査に利用されているという皮肉が含まれているようだった。


 お役に立てて、何よりだ。


 もちろん、捜査対象の中には反抗する相手もいた。

 だが、捜索隊は王家の精鋭騎士団。場合によっては、そこにリアム王子やエレノア王女が加わることもある。その戦力に、まともに太刀打ちできる貴族などいるはずもない。



 ***


 そうこうしているうちに、お目当ての人物がのんびりとした足取りで生徒会室に現れた。

 バルトロメウス・クロウリー。

 事前にセシリアたちから聞いていた通り、人畜無害そうな、人の良さそうな小太りの男だった。


 その肉付きの良い顔は、高貴な貴族の血筋にふさわしい端正な顔立ちをしている。そして、常に洗練された穏やかな笑みを浮かべていた。


 彼の登場で、部屋の張り詰めた空気がわずかに和らぐ。

 そんな不思議な雰囲気を持つ男だった。

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