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第102話 慎重な敵対者

 爽やかな朝の光がグリムロック家の広大な食堂に差し込む。


 朝食の時間。

 高窓から降り注ぐ光は、磨き上げられた銀食器に反射してキラキラと無数の星屑のように輝いていた。焼きたてのパンと淹れたての紅茶の香ばしい匂いが、冷え切った空気をじんわりと溶かし、食欲をそそる。


 そんな穏やかな朝食の席で、俺は我が下僕アシュラフからの不穏な報告を聞いていた。本来なら静かに、ゆっくりと食事を味わいたいところだ。

 しかし、この魔人には、昨日、俺に殺意を向けた家令オスカーの動向を探らせていたので、その報告とあっては、優先して聞かざるを得ない。


 この屋敷を出た後、オスカーは案の定、王都に潜む暗殺組織に接触したようだ。

 相手は、我がグリムロック家と古くから付き合いのある暗殺組織【囁きのウィスパー・シャドウ】の幹部クラスの構成員。


 オスカーは俺の暗殺を打診したが、意外なことに、その場で契約の妥結には至らなかったらしい。


 暗殺組織としても、俺の暗殺には慎重な意見だった。


 ブランシュフォール辺境伯や、闘技場の支配者ゾルタンが放った複数の暗殺者、そして腕利きの密偵を返り討ちにしているという、不気味な実績があるからだ。

 暗殺組織も、裏稼業のプロとして情報収集に余念がなく、ターゲットの危険度と報酬を天秤にかけ、依頼を断ることもある。


 オスカーの方もそれ以上、無理強いはしなかった。


 彼が暗殺組織と打ち合わせたのは、俺に関する詳細な情報や、裏社会での俺の本当の評価を探るためだったようだ。


 アシュラフからの報告を聞き、大体のことは把握できた。


 オスカーは、俺が神出鬼没の「転移の魔人」を支配していることを、父ガイウスから聞いて知っているはずだ。

 いくら俺自身が『魔力ゼロ』の雑魚だとしても、隠された戦力(転移の魔人)は侮れないと判断したようだ。


 むしろ、暗殺依頼そのものよりも、信頼できる筋から情報収集するために【囁きのウィスパー・シャドウ】と、コンタクトを取ったようにも思える。


 親父やオスカーも、『転移の魔人』の詳細な能力は知らないはずだ。


 書物で知っているだけの存在。

 戦力として、どの程度使えるか分かっていなかったのだろう。裏社会の組織から客観的な話を聞き、俺の保有する戦力の力量を探りたかったのだ。

 

 結局、転移の魔人の防衛能力が侮りがたいと分かり、ひとまずは暗殺を取りやめた。――慎重で、老獪な男だ。


「これからいかがいたしますか、ゼノス様。ご命令であれば、引き続きあの男を見張ることも可能ですが」


「いや、あいつの見張りはもういい。それより、お前はこの屋敷の警護に当たれ」


 オスカーを見張り、親父の出方を窺うのも手だが、アシュラフが屋敷を離れる間、警備が手薄になる。

 これまでの敵と違い、オスカーは俺の切り札『転移の魔人』の存在を知っている。その上で戦略を練ってくるなら、オスカー自身をおとりとして使い、アシュラフを引き離す策を取ってくる可能性がある。


 この屋敷の地下には、いつ爆発するか分からないリリアーナ姫という『爆弾』がいる。ここの警備こそ、今の俺にとって最重要事項だった。


 報告を終えたアシュラフを下がらせる。


 重く、不気味な魔力を纏っていた魔人がいなくなったことで、食堂の空気が再び清々しくなった気がした。これでようやく落ち着いて朝食の続きが食べられる。



 ***


 俺は食事を終えてから、学校に行く前に、地下室のリリアーナの様子を見に行く。


 豪華な監禁部屋の重厚なオーク材の扉を開けると、リリアーナはベッドの上でだらしなく寝そべって、くつろいでいた。銀糸を織り込んだ豪華なローブははだけているが気にするそぶりもない。


 いささか、お行儀が悪い。


 小説を読んでいたようだ。

 捕らわれの身でありながら、自由を満喫している。


 彼女はすでに、リーリアやミナ、クーコやルミアたちと打ち解けていた。

 口うるさい教育係のいない環境で、存分に羽目を外している。


 俺の姿を見るなり大きな瞳を吊り上げ、警戒度をマックスにするが、少なくともホームシックにかかっている様子は見られない。


「……! わたくしの部屋に、許可なく入ってこないでくださいませんこと!」


 高飛車な声が、閉じられた空間に響く。


「ここは俺の家なんだが」


「あなたは、お呼びではありませんわ! それよりも、遊び相手として、ミナをこちらに連れてきなさい!」

「はいはい。後で、ここに行くように言っといてやる」


(もともと、あの犯罪組織のアジトで、女王様として君臨し、ふんぞり返っていたからな)


 見た目の可憐さに反して、その性格はかなり図太いのだろう。

 俺はリリアーナの小生意気な鼻の頭を指で軽く「ぴん!」と弾いてから、彼女のぷっと膨らんだ頬を見ずに部屋を出て学校へ向かった。



 ***


 学校に着いた俺は、一人の生徒に関する情報を集めることにした。

 セシリアとリゼルに聞けば、この学園の生徒の情報はたいてい手に入る。二人とも高位貴族の令嬢として、情報収集には余念がない。


 俺がこれから、接触しようとしている相手。


 それは、クロウリー公爵家のご子息、バルトロメウス・クロウリー。

 クロウリー公爵家は、屈強な職人であるドワーフたちが暮らす広大な山脈『アイゼン』を、代々管轄している由緒正しき貴族だ。


 親父の動向も気になるが、こちらから打てる手はない。

 向こうの出方が分からない以上、いたずらに警戒していても疲弊するだけだ。


 そこで俺は、親父の動きをいったん無視し、かねてより考えていた戦力強化に乗り出すことにした。――ドワーフと接触し、自分専用の武器を作る。


 そのために、俺は動き出した。

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