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第101話 家令の訪問

 グリムロック家の家令、オスカー・ブラックウェル。

 父である辺境伯ガイウスの、最も信頼厚き腹心だ。


 年齢は四十代後半。

 痩せ型で、やけに背が高い。常に背筋を鉄の棒のようにピンと伸ばしているため、見た目は実際よりも威圧的に見える。


 丁寧に手入れされた灰色の髪は一筋の乱れもなく、完璧に整えられ、高い鼻の上には銀縁の眼鏡が冷たくかけられている。表情はほとんど変わらない。精巧な機械人形のような、感情の読めない無機質な顔つき。


 しかし、眼鏡の奥で光る鋭い藍色の瞳だけは、常に獲物を定めるかのように、冷徹な計算をしながら相手を観察していた。


 仕立ての良い漆黒の燕尾服を身に包み、その完璧すぎる身なりは、グリムロック家の揺るぎない規律と権威を象徴しているかのようだった。



 彼は、俺が知るゲームには登場しなかったキャラクターだ。

 だが、間違いなく重要人物だろう。


 グリムロック家の実質的な参謀であり、広大な辺境伯領の運営を、その影から一人で支えている屋台骨だ。財政管理、反乱のための資金調達、敵対勢力に対する情報収集と裏工作。その全てを、この男が取り仕切っている。


 となると、この多忙を極める男が、わざわざ辺境の地から王都まで来た理由。

 それは、おそらく俺の監視と監督のため、か。


 

 ***


 書斎で待ち受ける俺の元に、オスカーがやってきた。

 日が沈みかけている。窓から差し込む血のような赤い夕焼けが、部屋に不吉な影を長く落とした。


「お久しぶりでございます、ゼノス様」

「ああ。お前も息災そうで何よりだ。そっちは、戦争だろ。――大変だな!」


 無難な挨拶を交わす。

 部屋の温度が数度下がったような気がした。


「本日は、若様の現状について、いくつか確認したいことがありまして、参上いたしました」

「ほう。で、用件は――」


 オスカーは、早速本題に入った。

 やはり、俺の監督が主たる目的らしい。


 さて、ここからの会話には、細心の注意が必要だ。

 コイツに話した内容は、そっくりそのまま親父に伝わることになる。親父は魔力ゼロの俺が気に入らないらしく、何かにつけて俺を殺そうとしてくるからな。


 手の内は、なるべく隠しておきたい。


「まず、お預けした軍資金、八十万金貨をすでに使い切った、とか?」

「ああ。闇オークションで、どうしても欲しいものがあったのでな。俺が自由に使ってもいい金なんだから、別に構わないよな?」


 オスカーの完璧な眉が、ほんのわずかに痙攣した。


「非合法の闘技場にチーム・オーナーとして参入し、その支配者であるゾルタン・レックスと公然と敵対した、とか?」

「向こうから喧嘩を売ってきたからな。買ってやったんだ。……貴族としてはさ、引き下がるわけにはいかんだろ?」


 オスカーが、ほんの一瞬だけ俺を睨む。


「反乱の際に、味方に引き入れたかったゾルタンと敵対したばかりか、貴重な戦力となるはずの魔獣ケルベロスを、『撃破』してしまった。というのも本当ですか?」

「ん? ああ、派手にぶっ殺してやったぜ。うちのチームの腕利きがな――まあ、そいつは大会の後、どこかに旅に出て、今は所在不明なんだが」


 オスカーの眼鏡の奥の藍色の瞳が、氷のような冷たい光を宿した。


「敵国であるアドラステア帝国の姫と頻繁に密会し、和平について前向きに話し合っている、とか?」

「いい女だったからな。話すきっかけが欲しくて――実際、いい女だったぜ」


 オスカーは隠そうともせず、俺を心底、蔑むような目で見つめていた。


「王家が主導する強制捜査を、無抵抗で受け入れた、とか?」

「緊急事態だったからな。断ると疑われるだろ? とっさに、そう判断した」


 俺の前で、直立不動で立つ――

 白手袋に包まれたオスカーの拳が、ぎり、と音を立てて握りしめられ、ぷるぷると微かに震えている。


「……では、肝心の反乱の準備は? この王都で、グリムロック家が兵をあげる手筈は、どの程度進んでいるのですかな?」

「そういや、その準備は何もしていないな。軍資金もすっかり底を尽きてるしさ」


 部屋に明確な怒気が膨れ上がる。


「……では! 共に反乱を起こす同志は! この王都、そして地方で、どの程度の軍が兵をあげる手筈になっておりますかな!?」

「あー、いや、そこまで具体的な話はまだできてないな。何かと忙しかったんだよ、こっちも……、まあ、その辺はさ、焦らずにボチボチやっていこうぜ」


 実際は、何人かの反乱に協力してくれそうな貴族や、組織の長と顔をつないだだけで、それ以降は何もしていない。それどころか、辺境伯アルビオン・ブランシュフォールのところには、魔物の群れを送り込んで、その戦力を削いでしまっている。


(あー、なんだかなぁ)


 こうして問い詰められていくと、自分が何もしていないのが浮き彫りになっていく。自分では結構、頑張っていたと思うんだが、何もしていない。


 ――あれ、おかしいな?


 それに、怠けていたことを指摘されても、これから挽回しよう! とか、まじめに頑張ろう! とかいう気持ちが、一ミリも湧いてこなかった。


 ……のび○君か、俺は?


 オスカーの全身から、もはや隠しようのない研ぎ澄まされた殺気が、じわりと滲み出てきた。


 ……おいおい。

 物騒だな。


 そういうのは、ちゃんと隠せよ。


「……軍資金で素性の知れぬ女を買い、敵国の姫と馴れ合いの和平を語り合い、グリムロックの名を冠する所有地に王家の不当な介入をやすやすと許し、反乱の準備は何一つせず、共闘できるはずの他の組織や地方領主とも、無用なもめ事を起こしている。……というのは、すべて真実のようですね」


「うん。まあ、そうなるな」


 きっちり調べてから来たようだ。

 言い訳の、しようもない。


 オスカーの怒りは、限界を超えたのだろう。


 ふっと、その顔からすべての感情が抜け落ちた。

 能面のような無表情となる。


 嵐の前の静けさだ。


 いつの間にか、部屋に差し込んでいた夕焼けの光は完全に消え、深い暗闇が部屋を支配していた。明かりを入れたかったが、オスカーの機嫌を考えると、そんなことを言い出せる雰囲気ではない。


 かろうじて俺の机上にある小さな魔導ランプだけが、頼りない光をもたらしている。それがなければ完全な暗闇だ。


 俺はなるべく明るい声で、オスカーに声をかける。


「はるばる辺境から、ここまでの長旅で疲れただろう。食事も用意させている。今夜はゆっくりしていってくれ」


「申し訳ありませんが。今、やるべきことができましたので」


 オスカーは静かにそう言うと、俺に深々と一礼し、乗ってきた馬車に再び乗り込み、夜の闇へと消えていった。



 ***


「……俺もちょっとは悪かったかな、とは思うんだけどさ。それにしても、あの態度はないよな?」


 俺は、背後に立つ、我が下僕アシュラフに語りかけた。

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