第100話 お姫様の保護と情報戦
犯罪組織から、俺が半ば強引に「救出」したリリアーナ姫は、現在、グリムロック家の地下室で丁重に保護されている。
暫定的な措置ではあるが、今の俺を取り巻くあまりにも複雑な状況を考えれば、それが最善の判断だと、俺は結論づけていた。
幸いなことに、彼女の忠実な護衛騎士――
セレナ・クリスタルライトとは、着実に良好な関係を築きつつある。
いずれ、彼女にリリアーナ姫を“偶然発見”させる形で王宮へ帰還させられれば、この面倒な事件も、美しい形で幕を閉じることができるだろう。
そのあたりの具体的な計画も、いずれ詰めていく必要がある。
だが、当のリリアーナ姫本人は、俺の専用奴隷のミナや、獣人のクーコ、そして同じく獣人姫であるルミアと、意外にもすぐに打ち解けていた。
俺の専属メイド・リーリアもまた、まるで本当の姉のように、甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いている。
そのおかげで、リリアーナ姫も過度なストレスを抱えることなく、この「監禁生活」――いや、「保護生活」を、それなりに楽しんでいるようだった。
だからこそ、彼女を王宮に戻すことは、今すぐ急ぐ必要はない。
個人的には、新入りのリリアーナに対して、一生懸命お姉さんぶって世話を焼いているミナの可愛い姿を、もう少しだけ、この目に焼き付けておきたい――
そんな気持ちもある。
***
彼女を「救出」した翌日。
俺は、何食わぬ顔で学校へ向かった。
リアム王子たちやエレノアも、今日は登校してきている。
昼休み。
中庭で物憂げに佇んでいたエレノアに接触し、それとなく、現在の状況を聞き出すことにした。
「よう。例のお姫様は、もう見つかったのか?」
「……貴様か。悪いが、今はお前の相手をしてやる気分じゃない。失せろ」
珍しく、本気で機嫌が悪いようだ。
いつもなら、ここで何らかの「愛あるお仕置き」をするところだが、今日はやめておいた。
俺とて、そのくらいの気遣いはできる。
可愛い妹の身を案じ、心から憔悴している姉に――
その心労を無視して、不埒な真似をするような鬼畜ではない。
「まあ、そう言うな。俺も、あの夜はお前たちの捜索に協力してやっただろ? これからも手を貸してやるから、今の詳しい状況を教えろ」
「……貴様でも、いないよりはマシか」
エレノアの話によれば、リリアーナ姫の捜索は今も続いている。
だが、有力な手がかりは何一つなく、完全にお手上げ状態らしい。
まあ、当然だろう。
初動捜査では、リリアーナが連れ去られた本来の方向とはまったく違う、俺の劇場の方に貴重な人員と時間を割いてしまっていたのだから。犯行グループを追うのは、もはや極めて困難なはずだ。
今後は地道な聞き込みで、犯人の足跡を一つずつ追っていくしかない。
だが、犯行時刻が夜だったこともあり、決定的な目撃者もほとんどおらず、その追跡は困難を極めている。
リアム王子たちにとって、リリアーナの足取りを追い、居所を見つけ出すのは、もはや雲を掴むような話なのだそうだ。
今後の捜査方針としては、王都内の怪しい施設や貴族の屋敷を、手当たり次第に捜索していくことになったらしい。
(まあ、実際、それしか手はないだろうな)
リリアーナは今、この俺の屋敷にいる。
だから、そのローラー作戦が続けば、いずれは必ず見つかるだろう。
だが、リアム王子たちは、すでに俺の所有する劇場を徹底的に捜索済みであり、俺自身も、その捜索に極めて協力的な姿勢を見せていた。
そのため、俺に対する容疑はすでに外れている。
つまり、王都にあるグリムロックの屋敷が強制捜査の対象となる優先順位は、かなり低い。
(親父のことは、疑っているだろうが……)
しばらくは時間的猶予がある。
その間に、リリアーナをどうするか決めるとしよう。
***
中庭でエレノアと話していると、案の定、あの男が現れた。
俺がエレノアに馴れ馴れしく接近しているのを、鷹のような目で目ざとく見つけたらしい。
「グリムロック! そこで一体、何をしている! エレオノア様から今すぐ離れろ! 貴様のような、得体の知れない悪臭を漂わせた不審者が、高貴なる姫君に気安く近寄るんじゃない!」
相変わらず、キレ味鋭い毒舌だ。
だが今日は、いつも以上に辛辣さが増している。
リリアーナ姫の捜索が完全に手詰まりで、苛立っているのだろう。
だからといって、コイツの今の暴言を許す気はない。
エリオットに対する報復として有効なのは、エレノアに何らかの「倒錯的なお仕置き」を施し、この男の嫉妬心をさらに煽ってやることだ。
だが今日は、エレノアに手出ししないと決めてある。
ならば、別の手段でやり返すとしよう。
俺は無造作にエリオットへと歩み寄り、その細い首に背後から腕を回し――
ぐいっ、と力強く締め上げた。
エレノアを仕置きするより、もっと直接的で、分かりやすい仕返しだ。
「うっ……! ぐおっ……!」
魔力で強化された俺の怪力。
その腕の中で、エリオットが苦しげなうめき声を漏らす。
「まあ、そういきり立つなよ、糞メガネ。行方知れずの可愛いお姫様は、この俺が必ず探し出してやるから。――お前は大人しく、自分の家に帰って、ママのおっぱいでも吸ってろ」
エリオットは顔を真っ赤にして激昂するが、俺はびくともしない。
「はぁ……いい加減にしないか、お前たちは」
エレノアの冷たく、そしてどこか呆れたような仲裁の声で、俺はようやくエリオットを解放してやった。
「くっ……! き、さま……っ! ごほっ、ごほっ……! 許さんぞ、グリムロック……!」
地面に四つん這いになって激しく咳き込む哀れな男に、俺は一瞥もくれることなく、悠々と自分の教室へと移動する。
見つけ出すも何も――
俺はすでに、リリアーナ姫の身柄を確保している。
あとは、どうやって彼女を、最も効果的な形で王家へ『返却』するか。
ただそれだけの話なのだが、その「いい方法」が、まだ思い浮かばない。
「さて、どうするかなぁ」
そんなことを頭の片隅で考えながら、俺はその日も真面目に、退屈な授業を受けていた。
***
家に戻り、静かな書斎で魔人に関する魔導書を読みふけっていた。
ページをめくる音だけが響く中――
唐突に、来客が訪れる。
グリムロック家の家令――オスカー・ブラックウェル。
広大なグリムロック家の領地、その屋敷のすべての使用人を束ねる、我が父・ガイウスに次ぐ権力者だ。
(……辺境の地から、わざわざここまでやってくるとは。一体、何の用だ?)
単に、俺の様子を見に来ただけなのか。
それとも、帝国との国境――
辺境の前線で、何かよからぬことでも起きたのか。
リリアーナの捕獲……は、関係ないよな?
知るはずがないし。
いずれにせよ、直接会ってみなければ、何も分からない。
俺は報告に来た執事に、父の腹心であるオスカー・ブラックウェルを書斎へ通すよう伝えた。
日が傾き始めた、静かな夕暮れ時。
何かが、動き出そうとしていた。




