公爵令嬢の取り巻き~寄ってくる悪い虫は全て私が払いま――あれ?~③
この学校に入学した当時、私はコネを作るため複数名の候補者に取り入ろうと試みたが、結果的にはほとんどが失敗に終わった。
理由は複合的なものだが、大元となる理由は私が彼ら彼女らに気に入られなかったためである。
私は自分のことをブスだと思っているが、それはあくまでもクレアさんと比較した場合であり、学校全体で見れば平凡な領域には留まっている――と自己評価している。
ただ、それに加え黒髪に濁った黒い瞳と陰鬱で不吉なイメージを持たれやすく、さらに弱視の影響で目つきも悪いため初対面から交流に失敗することが多かった。
そして何とか交流に成功したとしても、男女ともに地位を盾に私をオモチャにしようとする者が多く、とてもではないがまともな関係性を築くことは不可能だったのである。
……まあ、正直これには半分くらい言い訳も含まれている。
もし私のコミュニケーション能力が高ければ、そういった要素はある程度除外できたハズだからだ。
これは、実際に上手く取り入ることに成功した者がいることから、ほぼ間違いないと思っている。
当然と言えば当然のことかもしれないが、有力な貴族の生徒に取り入ろうとする者は私以外にも大勢いた。
その中には私と同じように平凡――、あるいはそれ以下の容姿や家格の者もいたが、意外にもそのうちの何人かは良好な関係を築くことに成功している。
しかも、見える範囲では奴隷やオモチャのように扱われている様子もない。
一体何故? と、以前の私にはその理由が全くわからなかった。
……しかし、今ならばそれも理解できている。
「クレアさんの言葉は……、本心だったと?」
「知っているでしょう? 私は嘘をつきません」
「嘘と世辞は違います」
世辞とは相手に取り入る際や、好印象を与えるために使う誉め言葉だ。
優しい嘘と言い換えられなくもないが、偽るというよりかは必要以上評価したり心にもない言葉だったりするため、厳密に言うと嘘とは意味合いが少し異なってくる。
「では、これも追加で覚えておいてください。私はお世辞も言いません♪」
「……」
正直なところ、私はクレアさんのことを「とてもお世辞が上手い人」だと思っていた。
これは皮肉や悪口の類ではなく、むしろ尊敬する点としてそう思っていた。
何故ならば、私にとって「お世辞」は、この世で最も苦手とすることだったからである。
天才や奇才に囲まれて育った私は、常日頃から比較されて育った。
兄や姉にできることが私にだけできないのだから、これについては当然の結果と割り切れている。
問題だったのは、世間と家族の私に対する評価が乖離していたことだ。
私は世間的に見ればクロムウェル家の出来損ないだとか、落ちこぼれのような評価をれている。
以前は悔しくて涙したこともあるが、これについては残念ながら認めざるを得ない正当な評価である。
だから、それについてはもう割り切れているし、今更気にもしていない。
……ただ、そんな私を、家族だけは過剰に褒め称えてくるのだ。
恐らく家族に悪気はない。
それどころか、私を思いやり、気分を良くするために褒めてる――つまり、お世辞だ。
私はそれが……、たまらなく苦手であった。
……より厳密に言うのであれば、お世辞だとわかっていても喜んでしまう自分が情けなくて、いたたまれない気持ちになるのである。
私は凡人であるからこそ人並みに褒められたいし、チヤホヤもされたい。
普段外では褒められないからこそ、その気持ちは強くなり、あからさまなお世辞に喜んでしまう。
そして、そんな自分の単純さと情けなさに自己嫌悪するという悪循環……
結果として私は、褒め言葉自体を一切信じなくなった。
最初から信じなければぬか喜びをすることもない――という、一種の心の防衛機制である。
心の防衛機制とは、言い方を変えれば心の防衛反応のことだ。
どうやら人の心は、強い不安やストレスから自分を守るため、無意識に心理的な免疫が働くらしい。
私がそれに気付いたのは学校で心理の勉強をしてからだが、改めて心の神秘に感心させられたものである。
しかし、気付けたからといって意識して矯正できるようなものではないらしく、依然として私は褒め言葉の類を冗談のようにしか認識できていない。
だから、クレアさんのお世辞もただの社交辞令としてしか処理されておらず、記憶にもほとんど残っていないような状態だった。
「お世辞だと思われていたのは心外なので、改めて言わせていただきます。マーガレットさん、貴女の瞳はとても美しいわ。いつまでも眺めていたいほどに……。だから私は、貴女の瞳がよく見えるようその眼鏡をプレゼントしたの」
……確かに、クレアさんが私にこの眼鏡をくれた日、そんなようなことを口にしていた気がする。
記憶が朧気なのは、私がお世辞を聞き流していたというのもあるが、それ以上にプレゼントを貰えたことの衝撃が強過ぎてクレアさんが喋っていた言葉自体あまり頭に入ってこなかったためだ。
正直、思い出せたこと自体ほとんど奇跡のように思える。
ただ、それでも私は――
「……ダメ、ですか」
「はい……、申し訳、ありません……」
どんな相手であってもお世辞の言えるクレアさんは凄いと思っていたし、憧れもしていた。
何故ならば、私にはどうしてもクレアさんのようにお世辞を口にすることができなかったからだ……
心の防衛機制により褒め言葉の類を一切信じられなくなった私は、その影響でお世辞を言うこともできなくなった。
他人のお世辞は受け入れず、自分はお世辞を使いこなす――などという器用な真似は私には不可能だったのだ。
お世辞を言えないというのは、他者に取り入るうえでは非常に不利となる。
もちろんコミュニケーションはお世辞だけで成り立つワケではないが、褒め言葉は相手に好印象を与える簡単かつ手っ取り早いアプローチであるため、お世辞を言えるのと言えないのでは大きな差が生まれやすいのだ。
特に私のように家格も低く、容姿も地味で、秀でた才能もない人間は、お世辞くらい言えなければ相手の気をひくことさえできない。
それもまた才能の一つと言えるのかもしれないが、ただ無難に褒めることすらできない自分には本当に絶望させられたものだ。
……そして、そんな絶望の中で出会ったのがクレアさんだった。
クレアさんとだけは、私は自然と会話することができ、褒めることもできる。
その理由はシンプルで、考えるまでもなく、あるがまま私の思ったことを口に出しているだけだからだ。
それだけで、お世辞など言うまでもなく褒め言葉になってしまうのである。
「なるほど。心酔されているクレアさんの言葉すら届かないのであれば、確かに重症だ。そして……、だからこそ私の力が活きる、というワケだね」
そう言ってマルスさんは片目を手で覆い、私に向かって一歩近づく。
「……マーガレットさん、魔眼――というものを知っているかな?」




