公爵令嬢の取り巻き~寄ってくる悪い虫は全て私が払いま――あれ?~②
「はぁっ!?」
話があるのはクレアさんではなく、私?
……思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、一旦落ち着こう。
「すぅ~……、はぁ~……、なるほど、理解しました。中々に上手い言い回しですね?」
「……うん?」
とぼけても無駄だ。私にはわかっている。
要するにこれは、言い回しの問題なのだ。
マルスさんは改めて、話があるのは私にだと言い直した。
こうすることで、普通であれば「目的は私にある」と意識させることができる。
……しかし、実のところ目的自体は変わっていない。
マルスさんの真の目的・目標はあくまでもクレアさんだが、その前段階としてまず私を懐柔しようとしている。
だから今この瞬間に限って言えば、私と話すことが目的というのは間違っていないのだ。
嘘は言っていないが、本心は隠す――あとから言い訳も可能な巧みな話術である。
これは、いつもと同じと侮ると痛い目を見るかもしれません。
「……いえ、お気にせずに。私に話があるとのことですが、一体どのような内容でしょうか?」
「え~っと……、クレアさん、これは単刀直入に言った方が良さそうだね?」
「フフッ、だから最初からそう言ったじゃありませんか♪」
「……やれやれ、本当はお友達から徐々に――という段取りを踏みたかったんだが、仕方ないね」
「???」
え? え? え……?
ちょ、ちょっと待って欲しい。
これは……、どういうことだ……?
確かに先ほども少し違和感があったが、今のは違和感どころではない。
ほぼ間違いなく、クレアさんとマルスさんは既に面識があり、明らかに何らかの示し合わせが行われている。
しかし、一体いつどこで? 何の理由があって?
クレアさんは学校に馬車で登校しているため、通学途中ということはほぼあり得ない。
そして学校では常に私と一緒に行動しているので、学校にいるあいだに接触があったということもないだろう。
流石に休日の行動についてまでは把握していないが、ヴァーツラフ家とコーデリア家では家格も違うし、交流があるという話も聞いたことがなかった。
もちろん可能性が全く無いというワケではないが、わざわざ子ども同士を引き合わせるような機会が両家にあるとは到底思えない……
「そう警戒しないで欲しい――と言っても無理はないか。マーガレットさんには、私とクレアさんが何か謀をしているように見えただろうからね。……ただ、だからこそ安心して欲しい。確かに私とクレアさんはちょっとした協力関係にあるが、決して悪意はないよ。先程のように私達がやり取りを隠していないことこそが、何よりの証拠だろう?」
……確かに、悪意があって私を嵌めようとしているのであれば、二人が協力関係にあることを隠す方が効果的だ。
そしてそれ以前に、私はクレアさんに悪意があるなどとは一切思っていない。
私は彼女に絶対の信頼を置いているし、彼女もまた私のことを信頼してくれている――と思っている。
ただ、だからといってそれでマルスさんを信用できるかと問われれば、答えは否だ。
「……安心したいのはやまやまですが、残念ながらそれだけでは証拠にならないかと」
「それは意外だね。マーガレットさんはクレアさんのことなら絶対に信用すると思っていた」
「はい。私はクレアさんのことを誰よりも信頼していますし、クレアさんが私に対し悪意を向けるとは微塵も思っていません」
「っ! まあ♪」
隣でクレアさんが嬉しそうな声を上げるが、一旦それは無視しする。
「しかし、クレアさんに悪意がなくとも、マルスさんに悪意がないとは限りません」
「私とクレアさんは協力関係にあるのに、かい?」
「はい。優秀な詐欺師であれば、害意や悪意を悟らせずにつけ入ることなど造作もないことでしょうから」
ついでに言えば、ターゲットの身内や信頼する者を経由することで警戒心を緩めることもできる。
これも詐欺や宗教の常套手段だ。
「そんな! マーガレットさんは、私がマルスさんに騙されてると言いたいのですか!?」
「クレアさんは優秀ですが、純粋でもあるがゆえに騙される可能性はあると思っています。それに、現時点での私の印象としてはマルスさんもまた優秀な人材だと思っています。油断はできません」
「ほぅ、それはそれは、お褒めにあずかり光栄だよ」
「褒めてはいません」
クレアさんは頭脳明晰で会話能力も高いが、純粋培養されていたためか時折危うさを感じる瞬間がある。
だからこそ、私が実質的な世話係として立ち回っているのだ。
今回はどうやら難敵のようだが、彼女のことは私が守護ってみせる。
「ハハ! それでこそマーガレットさんだ! ……その揺るぎない美しい瞳に、私は惚れたのだよ」
「っ!?」
惚れた……?
まさか、恋愛で私を口説き落とすつもりなのか?
私を籠絡するためのシナリオはいくつか予測していたが、恋愛は一番可能性が低いと真っ先に除外したシナリオだ。
しかも、私を「惚れさせる」のではなく私に「惚れた」という最悪のパターン……
これはもしや……、マルスさんを買いかぶり過ぎたか?
「……私を動揺させる目的かもしれませんが、無駄ですよ」
「そんな目的はないけど、理由を聞いてもいいかい?」
「単純に、説得力がないからです。」
「説得力とは、私がマーガレットさんに惚れた――ということに対してかな?」
「その通りです。クレアさんではなく私に惚れるというのが、現実的ではありません」
学校にいるあいだ、私は常にクレアさんと行動している。
ブスと美人が並んでいて、わざわざブスに惚れる者などいるハズがない。
「い、いやいや待ってくれ。確かにクレアさんが綺麗なのは認めるが、それでマーガレットさんの見た目が悪くなるワケじゃないだろう? 人には好みがあるのだから、君の方が理想的だと思う者は私以外にもいるハズだ」
「それは前提として、私に一定の器量があればという話になります。良品と不良品が並んでいれば誰もが良品を選ぶでしょう? そこに個人の好みは考慮されないハズです」
「不良品って……、それは流石に自分を卑下し過ぎでは……」
多少の誇張はあるが、これは嘘偽りない私の本心である。
クレアさんにはそれだけの価値があると、私は確信している。
「事実です。それに、惚れた理由についても疑わしいです。私の瞳が美しい? ……あり得ない」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それは私の美意識を疑っているということかい!?」
「いえ、あり得ないからこそ、嘘偽りだと疑っているのです」
クロムウェル家は元々、目に何らかの欠陥を抱えやすい家系だ。
欠陥の内容に個人差はあるが、大抵の場合は弱視で、モノクルや眼鏡などで矯正が必要となっている。
特に私は両目の視力が著しく低いため、眼鏡なしでは何も見えないという有様だ。
……そういう意味でも、私はクロムウェル家で一番劣った存在と言えるだろう。
さらに言えば、私の瞳はこの国では珍しい黒瞳だ。
この黒く濁った瞳を不気味に思う者は多く、この学校でも私を避ける者は一定数いる。
そんな私の瞳が、美しい……?
嘘をつくにしても、もう少しマシな嘘をついて欲しい。
「……やれやれ、まさかここまで拗らせているとはね。恐らくはマーガレットさんを取り巻く環境全てが悪い方向に作用してしまったのだろうけど、これは確かにクレアさんにも責任の一端がありそうだ」
「それについては、本当に申し訳ございません……」
「っ!? 待ってください! 何故そこでクレアさんの名前が出るのですか!」
今の話の流れで、何故クレアさんの名前が出る?
しかも、責任?
そんなもの、あるハズがない!
「今のマーガレットさんの反応こそが、その証拠だよ。……いいかい? さっきマーガレットさんは、自分の瞳が美しいなどあり得ないと言ったが、私以外にも君の瞳を美しいと言った人がいたハズだ」
「そんな人は存在しま――」
少し興奮気味に否定しようとした瞬間、眼鏡がズレかけて慌てて手で押さえる。
この眼鏡はクレアさんがくれた大切なものなので、落とすワケには――――っ!?
「あっ……」
思い……、出した……
クレアさんがこの眼鏡を私にくれたとき、何と言っていたかを……




