公爵令嬢の取り巻き~寄ってくる悪い虫は全て私が払いま――あれ?~①
この作品は下記作品と少し関りがあります。
単品でも問題なくお読みいただけますが、固有名詞など共通の内容が含まれています。
・『婚約破棄されるかもしれない婚約者から貰った『魔法の鏡』が、どうも私のことを好きな気がする~魔法の鏡「婚約破棄!?そ、そんなことさせないぞ!」~』
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私――マーガレット・クロムウェルは、男爵家に生まれた平凡な貴族の娘である。
貴族なのだからその時点で平凡とは言えないかもしれないが、私自身は何の取柄もないし、上には兄も姉もいるので跡継ぎを産む役割もほぼ回ってこない。
私に任されているのは家の細々とした手伝いと弟や妹の面倒だけなので、生活水準以外は平民とさほど変わらないだろう。
もちろん貴族の娘なのだから、嫁いで良縁を結ぶなどの役割はある思っている。
ただ、私の両親はどちらも変わり者で、そういった貴族の常識的なことに無頓着なのだ。
それもあって私には未だにそういった話は来ないし、社交界などにも参加していない。
正直、私の方が「この家大丈夫か?」と心配になってしまうくらいだ。
……しかしまあ、変わっているのは残念ながら両親だけではない。
クロムウェル家はそもそも変わり者の家系として有名であり、兄も姉も両親に引けを取らないくらいの変わり者だ。
そういう意味では、平凡な私こそクロムウェル家の者としては変わり者と言えるかもしれない。
クロムウェル家は優秀な生産・製造技術を有した一族だが、その技術を兵器や設備などの開発に活かさず怪しい発明ばかりしているため、技術力は評価されても社会的には全く評価されていない。
未だに爵位が男爵止まりなのもそれが主な原因で、世間では技術力と評価が一致しない残念な一族と言われているのだそうだ。
それを教えてくれた友人は、「もしその技術力を他に活かしていたら数代前に陞爵していたでしょうね」とも言っていた。
私は以前から兄や姉を見て同じ感想を持っていたため、それを聞いて納得感と同時に軽い興奮を覚えた。
身内が高く評価されるのは嬉しいし、私の感覚はやっぱり間違ってなかったと確信が得られたからだ。
……そして確信を得たがゆえに、世間の評価を覆してやりたいという気持ちが強くなった。
両親も、兄も姉も、成り上がろうという野心は全くないし、世間の評価にも無頓着だ。
その無欲さや職人気質はときに聖人のように評されることもあるが、実際は時代の流れとともに衰退し、失われることの方が多い。
あるいは、利用されるだけ利用され搾取される未来だってあるかもしれない。
……私は、そんな未来は絶対に嫌だ。
だから私は、今のクロムウェル家に足りないものを自分が補おうと決意した。
◇
「ごきげんよう、マーガレットさん♪」
「ごきげんよう、クレアさん」
眩しいと感じるほどの笑顔で挨拶をしてきたのは、クレア・ヴァーツラフ公爵令嬢だ。
ヴァーツラフ家はこの国――グリールの三大貴族に数えられる、クロムウェル家から見れば遥かに格上の存在である。
つまり、本来であれば私のような木っ端が話しかけられることなどまずあり得ないのだが、実際に今、彼女は自分から私に挨拶をしてきた。
その理由は、私が彼女の学友であり、同時に世話係のようなこともしているからである。
少し言い方を悪くすれば、私は彼女の取り巻きというやつだ。
クロムウェル家に足りないものを補うために動くと決意したものの、子どもの私にできることは限られている。
しかも私には兄や姉のような秀でた才能もなく、容姿も特段優れているワケではないため、自分を売り込むのは難しい。
そこで私は、まず他家との横のつながり――コネクションを作ることにした。
俗に言う、コネである。
子どもの私には他の貴族と契約を結んで取引先を増やすような権限はないが、子ども同士で交友を深めることはできる。
そして、こういった子ども時代、学生時代に培った交流は、大人になったときに活きてくるのだ。
コネと言うと多少聞こえは悪いし、書類を交えた契約よりも安心感はないが、実際は軽視できないレベルの効果を発揮する。
大抵の人間は、古くからの交流や友人を無視できないからだ。
一見冷酷そうな人物であっても、身内や友人には甘いということも多々ある。
場合によってはコネが無ければ取引の入り口にすら立てないこともあるため、何よりも交流を重視する者も少なくない。
そもそも政略結婚だって、やっていることはコネ作りのようなものだ。
昨今は時代遅れだという考え方もあるようだが、有効だからこそ今も残り続けている文化と言える。
そんな打算を背景に、私のターゲットとして選ばれたのが彼女――クレアさんだ。
厳密にはクレアさん以外にも複数名候補はいたのだが、色々とあった結果、現在は彼女一人に絞り込まれている。
「マーガレットさん、実はその、今日もこんな手紙が入っていまして……」
「内容を確認してもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
クレアさんの許可を取ってから手紙の封を解く。
内容は予想通り、放課後にクレアさんを呼び出すというもの。
それ以外のことは書かれていないが、十中八九はクレアさんに交際を申し込むつもりだと思われる。
まあ要するに、この手紙は恋文に相当するものということだ。
本来であれば他人の恋文を読むなどマナー違反ではあるが、私が目を通すことは既に学校全体に周知されているため、恋文を出す側もそれを覚悟のうえで出していると思われる。
(まったく……、懲りないものですね……)
私が調べた限りでは、この学校にクレアさんより身分が上の男子は存在しない。
つまり彼らは、身の程知らずにも格上の存在に対して交際を申し込もうとしている――ということである。
もちろん同じ学校に通っている以上同じ学生ではあるのだが、だからと言って交際をできるなどと思うのはあまりに非常識だ。
普通に考えれば、公爵家の令嬢に婚約者がいないワケがないとわかるだろうに。
……しかしまあ、クレアさんに惚れてしまうという気持ちだけは理解ができる。
彼女は美しいうえに性格も良く、そして何より――とても可愛らしいからだ。
正直、惚れるなと言う方が難しいとさえ思っている。
……何故ならば、私も彼らと同じくクレアさんに惚れた立場だからだ。
「マ、マーガレットさん!? ど、どうしたんですか!? まさか、また何か酷いことでも書かれて――」
「いえ、内容はいつもと変わりありません。ただ、今週はこれで5件目なので流石に鬱陶しいな、と」
「っ! そ、そうよね……。ごめんなさい、いつもマーガレットさんに任せてしまって……」
「いえ、これは私が望んでやっていることですので」
クレアさん宛ての手紙は、可能な限り私が先に目を通すようにしている。
理由は、以前あまりにも醜悪な手紙の内容にクレアさんが卒倒してしまうという事件があったからだ。
それ以来、クレアさんへの手紙や告白は全て、窓口を任された私を通すことになっている。
(クレアさんの虫除けは私の仕事……、今日も容赦なく切り捨ててあげましょう)
◇
「初めまして、クレア・ヴァーツラフお嬢様。私の名はマルス・コーデリアと申します。以後、お見知りおきを」
マルス・コーデリアと名乗った青年は、近付いてきた私達に対し恭しく頭を下げる。
いや、名前を呼んだのはクレアさんだけだし、私など最初から眼中にないのかもしれない。
……だとしても、私のやることは変わらない。
「失礼します。クレアさんとお話しする際は私を通していただけますでしょうか」
「もちろん知っているとも。だからこそ、私はクレアさんに声をかけているんだ」
「……?」
この男――マルスさん、は一体何を言っているのだろう?
クレアさんと話すにはまず私を通せと言っているのに、だからこそクレアさんに声をかける……?
ワケが、わからない……
「ということで、許可をいただいてもよろしいですか?」
「ええ、よろしくてよ」
クレアさんが笑顔でそう返すと、マルスさんも満面の笑みを浮かべながらこちらに向き直る。
「では、改めて挨拶させていただきます。初めまして、マーガレット・クロムウェルお嬢様。私の名はマルス・コーデリアと申します。以後、お見知りおきを」
「……え? あ、はい、マーガレット・クロムウェル、です。よろしく、お願いします?」
マルスさんは先ほどクレアさんにしたように、今度は私だけを見て恭しく頭を下げてくる。
もしかして、マルスさんの目的は私? と一瞬疑問が過るも、すぐにその可能性を否定して頭を振る。
コーデリア伯爵家は、爵位の通りヴァーツラフ家に比べれば格下ではあるが、クロムウェル家から見れば格上である。
それが、何故私のような木っ端を――――っ!? そうか!
「……なるほど、つまりは、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ――ということですね?」
「ん……?」
古いことわざなので通じなかったようだが、恐らくは間違っていないだろう。
それ以外、私に話しかける理由があるとは思えない。
「目的はわかりました。しかし、残念ながら無意味です。皆様大きな勘違いをしていますが、前提から間違えているんですよ」
「……えっと、どういう意味だい?」
やはり、この方もわかっていないようですね……
「そのままの意味ですよ。たとえ私を篭絡したとしても、無意味なのです。……失礼を承知で言わせていただきますが、マルスさんとクレアさんでは身分に大きな差があります。これはどう足搔いても覆らない事実――、違いますか?」
一応この学校には「学内にいるあいだは身分に関わらず平等」という校則があるが、身分自体が消えるワケではない。
だというのに、自分に都合よく解釈する者が後を絶たないのは一体何故なのか……
「違わないが……、ん? って、ああ! そういうことか!」
マルスさんは私が言った意味がやっと理解できたのか、納得したように掌を拳骨で打つ。
「マーガレットさん、君は大きな勘違いをしている。私は本当に、君に話があるんだ」
……はい?




