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幕間:休憩時間の静寂と囁き

(スタジオ内、ライトは少し落とされ、休憩のアナウンスが流れる。

観客席の一部ではコーヒー片手に談笑する姿も。

司会のあすかは舞台袖へ、渋沢はスタッフに促され別室で軽食を取っている)


(舞台上には残された二人の男――ハイエクとケインズ。

隣接するテーブルに座るも、言葉はなく、互いに目を合わさぬまま。

空気にはまだ、先ほどの火照りの残り香が漂っている)


(ややして――ハイエクが、ふと口を開いた)



---


ハイエク(静かに、だが穏やかに)

「……実のところ、ケインズ。君との討論は、楽しいよ。」


(ケインズがわずかに眉を動かす。だが言葉は返さない。

ハイエクは続ける)


ハイエク

「誤解された君の思想が、一人歩きして、支出を増やせば何とかなるという“神話”に化けるのを、私はずっと見てきた。

だが、君自身は――ああいう粗野な理解に、苛立っていたのだろう?」


(ケインズが、ゆっくりと顔を上げる。目には静かな光)


ケインズ(ため息交じりに)

「君がそう思ってくれていたとはね……驚いたよ。」


ハイエク

「私は君と論争したが、君の言葉には“人間”がいた。

だが、後の多くの政策立案者には、“数字”しか見えていない。」


ケインズ

「……君も、同じように誤解されていたと思う。

“市場原理主義者”と呼ばれては、貧者の敵と罵られ……

だが君の著作を読めば、君は市場に“倫理”を求めていた。私は、それを見落としていたかもしれない。」


ハイエク(わずかに微笑み)

「君がそれを言ってくれるとは……世の皮肉なことよ。」


(少し沈黙。やがてケインズが、遠くを見つめながら)


ケインズ

「私はね、フリードリヒ。

僕たちの思想を“武器”にして争っている連中を見ると、なんとも言えぬ虚しさを覚える。

“ハイエク派”が“ケインズ派”を嘲り、“ケインズ派”が“ハイエク派”を悪魔のように扱う。

我々の思想は、そんな薄っぺらな“ラベル”だっただろうか?」


ハイエク(静かに)

「いや、違う。……我々は“世界をどう生きるか”を考えていた。

だが彼らは“勝つために引用する”。君の言葉も、私の言葉も。」


ケインズ(苦笑)

「ならば、皮肉なことに……この“歴史バトルロワイヤル”が、もっとも純粋な討論の場なのかもしれないね。」


ハイエク

「異論はない。」


(二人は、わずかに微笑む。

静かで、誰にも聞こえぬほどの、知性と敬意のこもった“握手なき和解”が、そこにあった)



---


幕間2:別室の会話――過去と未来が語り合うとき


(スタジオ横の控室。落ち着いた照明の中、小さなラウンジスペースには和の趣を感じる低めのテーブルと椅子。軽食として用意された煮ぼうとう、大学芋、緑茶。控えめな音で琴の音が流れている)


(渋沢栄一が湯呑みを手に、ゆっくりと大学芋を口にしている。背筋は自然に伸び、目を閉じる姿には時代を超えた風格が漂う)


(その静寂を破るように、ドアが静かに開く。背広姿の安倍晋三が入ってくる)



---


安倍晋三(微笑を浮かべて)

「渋沢さん、こちらにいらしたのですね。…失礼、少しお時間いただいても?」


渋沢(目を開けて微笑みながら)

「これはこれは、安倍さん。もちろん、おかけなさい。」


(安倍が隣に腰掛け、机の上の冷たい緑茶に目をやる)


安倍

「先ほどは、皆さんの白熱ぶりに圧倒されそうになりましたよ。とりわけケインズさんとハイエクさんの火花には……もう、“時限爆弾”でも抱えてるのかと。」


渋沢(笑いながら)

「ええ、まるで異なる熱を持つ星同士が、すれ違いながらも引力を感じているようでしたね。」


(しばしの沈黙のあと、渋沢が湯呑みを置き、静かに話し出す)



---


渋沢

「そういえば……私のこと、最近の日本で何か変化がありましたかな?」


安倍(表情が少し明るくなる)

「ああ、それなら……渋沢さん、令和の時代に――あなたは一万円札の顔に選ばれましたよ。」


(渋沢が一瞬目を丸くし、驚きを隠さず笑う)


渋沢

「ほう……それは……まさか、私のような者が、そんな大役を?」


安倍うなずきながら

「2024年に変更されました。理由はいろいろありますが、“経済と倫理の両立”を掲げた思想が、現代にこそ必要だと評価されたんです。」


渋沢(やや遠い目をして)

「そうですか……。私が命をかけた“道徳経済合一”が、百年を経て紙幣に……これは、夢でも見ているようですな。」



---


安倍(やや感慨深く)

「あなたの死後、日本は激動の時代を迎えました。

太平洋戦争で焦土と化したあと、奇跡のような“高度経済成長”を遂げたんです。」


渋沢(穏やかにうなずく)

「戦争……世界は2度も道を誤ったのですね。」


安倍

「ええ……国民の暮らしは一度、すべてを失いました。

でも、その廃墟からの立ち上がりが本当にすごかった。鉄鋼、自動車、家電……輸出で世界を席巻しました。

“ジャパン・アズ・ナンバーワン”とまで言われたんですよ。」


渋沢(目を細めて)

「それは……素晴らしいことです。

ですが、その後も道は平坦ではなかったのでしょう?」


安倍(苦笑しながら)

「はい。1980年代の終わりに、“バブル景気”が到来します。不動産も株も、まるで夢のように値上がりして――そして、あっという間に崩壊しました。」


渋沢

「“過ぎたるは及ばざるがごとし”……か。」



---


(しばらくの沈黙。二人は並んで座り、茶を啜る)


安倍(少し声を落として)

「私がアベノミクスを始めた時――人々の中には、“あの頃のように”という思いが、強くありました。

でも私は、単なる景気の復活ではなく、“持続可能な未来”を築こうと思ったのです。」


渋沢(真剣にうなずいて)

「経済は手段に過ぎません。“人がどう生きるか”――それが、常に根本なのです。」


安倍

「渋沢さん。あなたが現代に生きていたら……今の日本に、どんな言葉をかけますか?」


渋沢(少し微笑み、静かに)

「――“信なくば立たず”。

社会に信がなければ、どれほどの金が流れても、人は幸せにはなれません。」


(その言葉に、安倍はしばし動かず、深く、ゆっくりとうなずく)



---


(外のスタジオから、再開を告げるアナウンス)


スタッフの声

「まもなく後半開始です。対談者の皆さま、お席へお戻りください!」


(二人は立ち上がり、並んで歩き出す)


安倍(ふと微笑みながら)

「それにしても、一万円札の顔になった方と、こうして軽食を共にするとは……貴重な経験です。」


渋沢(笑って)

「そちらこそ。まさか一国の総理と、お茶を飲む日が来ようとは。」


(ふたりは肩を並べ、舞台へと戻っていく。

時代を越えて、“国家の未来”を背負った者たちの背中が、ゆっくりと照明に浮かび上がっていく)


---


(遠く、スタジオのスタッフの声が聞こえる)


スタッフの声

「まもなく再開です、皆さまお席へ!」


(ケインズとハイエクは軽く見つめ合い。互いに言葉を交わさず、そっと姿勢を正す)



---


(舞台のライトが再び強まり、あすかの声が響く)


あすか

「さあ、お待たせしました。次なるテーマは――“成長と格差”。

……経済の果実は、誰に渡ったのでしょうか?」


《Round 3:成長戦略と格差――経済は誰のために?》

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