ATM
「あのね夏希、○○町にある✕✕銀行のATM知ってる?」
久しぶりに会った友人・凛子が言った。
「・・・総合病院前のバス停の側にあるやつ?」
「そう、それ!」
あ、嫌な話だなと私は思った。
彼女はオカルトとかホラーが大好きなのだ。
今日、誘われた映画は珍しくSFものだったので油断していた私は、お気に入りのレトロな喫茶店で運ばれてきたばかりのアイスティーに思わずガムシロップを投入していた。
「実はね、この間ゲンナマが必要であのATMに飛び込んだの。」
「あのね、今時ゲンナマはないと思うんだけど。」
「意味がわかるならいいじゃん。」
「・・・。」
「それでね、中に入ったらお婆さんがいたの!」
「そりゃあ、いるんじゃない?」
「だって、ガラス越しに見た時は、誰も居なかったんだよ!?」
「ふーん。」
「それでね、そのお婆さん私に『幾つ要りますか?』って、聞いてきたんだよ!怖くない?」
「煙草屋さんの看板娘が聞いてくるには妥当な声かけだと思うけど。」
「煙草屋?・・・なにそれ?意味わかんないよ!」
私は大きく溜め息を一つ吐いた。
「あの場所はATMになる前はね、元々煙草屋だったのよ。」
「え?前は金物屋だったよ?」
「だから、その前。」
「・・・煙草屋?」
「かなり昔の話だから、凛子は知らないのかもしれないけれどね。私のおばあちゃん、あの町に住んでいたの話したことあったよね?」
「うん。」
「おばあちゃんの家、あのバス停から10メートルくらいの所だったの。」
「・・・ホント?」
「ホント。」
「でね、あのATMの場所には煙草屋さんがあってね、おばあちゃんより年上のお婆さんが住んでいたの。」
「・・・夏希のおばあちゃんて、学生時代に亡くなったよね?」
「うん。」
「夏希のおばあちゃんより年上?」
「そう。」
「因みに、そのお婆さんて・・・。」
「死んでるね。私が子供の頃には確実にね。」
「でも、話し掛けてきたんだよ!?」
「だから、私が子供の頃には幽霊話の主人公になっていたよ?」
「でも透けてなかったし・・・?」
「縞模様の粋な着物を着ていたんじゃない?」
「足、あった・・・。」
「そうみたいだね。」
私は凛子の蒼白になった顔を見て、再び溜め息を吐く。
「お洒落なお婆さんだったんだって。」
「・・・でも本当に?」
「煙草屋のお店、古かったからね。息子さんが店を売ってしまった後に、新しい人が建て直して金物屋さんになったのだけど、お店にお婆さんがいるって噂が立ってね。お店の人もお客さんも目撃したらしい。」
「・・・。」
「それで何年か頑張ったんだけどね、金物屋さんも店を売って出ていっちゃったわけ。噂は消えないし。で、とうとうATMになったの。」
「・・・何か思い残すことがあったのかな?」
「さあ?ただね、おばあちゃんも言ってたよ。まだ店番しているのよって。おばあちゃんの友達の霊感おばさんは『自分が死んだことに気が付いていないみたいね。』って言ってたね。」
私がアイスティーを飲み干すと、凛子は徐に言った。
「夏希、ある意味凄いよね?20年以上死んだことに気が付いてないって事だよね?」
「そうだね。」
「なんて働き者なお婆さん!!」
蒼白になったのは一瞬だったようで、相変わらず斜め上を行くような感想を述べる凛子に、私は三度溜め息を吐いた。