突然の嬉しい申し出・後編
「さあ、どうぞ座ってください。今日はアールセン男爵家とブレデローデ子爵家に関する大切なお話ですからね」
ヴェッセルにそう促され、リーフェ達はゆっくりと上質なソファに座る。
柔らかで座り心地の良いソファだ。
思わずずっと座っていたいと思ってしまう程である。
アールセン男爵家とブレデローデ子爵家に関する大切な話と聞き、リーフェは商会関連だろうかと予測した。
しかし、ヴェッセルから出た言葉はリーフェにとって予想外のものであった。
「両家の結束を強くする為に……そちらのリーフェ嬢の婚約者に是非我が息子ディルクをと思いまして」
「……はい?」
リーフェはその言葉を聞き、頭が真っ白になる。
ヴェッセルの隣にいるディルクは少し頬を赤く染めながらリーフェを見つめているが、今のリーフェは彼を気にしている余裕がない。
(今子爵閣下は何と……!? ディルク様と私の婚約……!?)
突然のことで、リーフェの脳はショートした。
隣で両親が「それは光栄です」と喜んでいるみたいだが、リーフェの耳には全く何も入って来ない。
(これは予想外だわ……!)
ディルクへの想い、婚約など、リーフェにとって嬉しいことではあるが突然過ぎて心が追いつかないのであった。
「リーフェ嬢……その、俺との婚約はもしかして嫌だっただろうか?」
突然過ぎて何も言えなくなってしまったリーフェ。そんな彼女に対してディルクは少し不安になっていたようだ。
リーフェはディルクの声にハッとし、首を横に振る。
「その、嫌ではございません。ただ……本当に突然のことで驚いてしまって。両親からも何も聞かされていなかったものですから」
リーフェは肩をすくめた。
「リーフェ嬢、それならディルクと二人で話をしてみると良い」
「今は丁度庭園にダリアが咲いているから、二人で見たらどうかしら」
ディルクの両親、ヴェッセルとハブリエレにそう提案された。
「リーフェ、二人で話してみなさい」
「良い機会よ」
リーフェの両親、サンデルとヤコミナにもそう言われた。
リーフェはディルクと一緒にブレデローデ子爵邸の庭園へ行くのであった。
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ブレデローデ子爵邸の庭園には、赤、白、黄色、ピンクなど色とりどりのダリアが咲き誇っている。
「……綺麗」
リーフェは思わず表情を綻ばせた。
「ようやくいつものリーフェ嬢だな」
ディルクはそんなリーフェを見て、ホッとしたように微笑んでいた。
風が吹き、リーフェの赤茶色の髪と、ディルクのブロンドの髪がなびく。
「ディルク様……」
リーフェはほんのり頬を赤く染める。
「今日もその髪飾りとネックレス、身に着けてくれていて嬉しい」
ディルクはジェードの目をリーフェの髪飾りとネックレスに向けていた。
「お気に入りですから」
リーフェは柔らかな笑みでそっとジェードのネックレスに触れる。
菫とルビーの髪飾りもディルクからプレゼントされたものである。
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
秋の穏やかな風は二人を通り抜け、咲き誇るダリアをそっと揺らす。
「リーフェ嬢、俺との婚約のことだが……」
ディルクの言葉にリーフェはピクリと肩を揺らす。
「この婚約はアールセン男爵家とブレデローデ子爵家の事業の協力体制を強固にする為の政略的なものではあるが……それは俺の建前なんだ」
ディルクがフッと笑う。その声はやや掠れているように聞こえた。
「ディルク様の……建前ですか?」
リーフェの脳内にどういうことだろうと疑問が浮かぶ。
「ああ。この際だから、正直に言う」
ディルクは改めてリーフェの方を向く。
ジェードの目は真っ直ぐリーフェを見つめている。
「俺はリーフェ嬢が好きなんだ」
ディルクの実直な言葉である。
「初めて出会った時、迷わず白いリボンを包帯代わりにして怪我していた俺に巻いてくれたこと。ブレデローデ公爵城で行儀見習いを頑張る姿。その全てに惹かれたんだ。リーフェ嬢、俺と結婚して欲しい」
リーフェの前で片膝をつき、手を差し出すディルク。ジェードの目は真剣で力強い。
「ディルク様……」
リーフェの胸の中に、温かな喜びが広がる。
リーフェもずっとディルクを想っていたのだ。
「嬉しいです。私も、ディルク様のことをお慕いしておりました。私で良ければ、喜んでお受けいたします」
リーフェは嬉しそうに微笑みながらディルクの手を取った。
ヘーゼルの目は幸せそうだった。
こうして、リーフェとディルクの婚約が整うのであった。
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