お詫びとお礼の髪飾りとお菓子
一週間後。
再びディルクがブレデローデ公爵城にやって来た。
「アールセン嬢」
「まあ、ブレデローデ卿。ごきげんよう」
休憩時間、リーフェはディルクから声をかけられたので、失礼のないようにこやかに挨拶をした。
「お怪我の具合はいかがです?」
「ああ。軽傷だったからもうほとんど問題ない。ありがとう」
ディルクはニッと笑う。
「それで、あの時のお礼とリボンを駄目にしてしまったお詫びとして受け取って欲しいものがあるんだ」
ディルクは小さな四角い小箱をリーフェに渡す。
「わざわざありがとございます。開けてみても良いでしょうか?」
リーフェが控えめに聞くと、ディルクは快く頷いた。
そっと箱を開けると、菫の髪飾りが入っていた。おまけに周囲にはルビーが埋め込まれている。
「まあ、素敵……」
リーフェはヘーゼルの目を輝かせた。
「ですが、こんなに高そうなもの、いただいてよろしいのですか?」
アールセン男爵家ではあまりお目にかかれないような代物で、リーフェは少し気後れしてしまう。
アールセン男爵家は現在特に困窮しているわけではない。商会を営むアールセン男爵家の経済基盤は全く問題ないのだ。しかし、アールセン男爵家は歴史が浅い。リーフェの祖父の代、ベンティンク家のクーデターが起こる前、現女王ヴィルヘルミナの父であるヘルブランドにより男爵位が与えられたのだ。
歴史の浅さ故、他の歴史ある貴族よりも資産額は少なめなのである。
「アールセン嬢にもらってもらわないと俺が困るな」
ディルクはフッと笑い、肩をすくめた。ジェードの目は優しげだった。
「では、ありがたく頂戴いたします」
リーフェは大切そうに髪飾りに触れた。
「それから、これも君に。今開けてくれても構わない」
ディルクは次に円筒状の小箱を取り出した。
リーフェは言われるがまま円筒状の小箱を開けると、バターの香りがふわりと広がる。
「まあ……!」
そこにはクッキーが入っていた。
「ブレデローデ公爵領で一番人気のあるパティスリーのクッキーだ。アールセン嬢の口に合うと良いが」
「ブレデローデ卿、髪飾りだけでなく、クッキーまで本当にありがとうございます。次の休憩時間にいただきますわ」
リーフェは満面の笑みになる。
その笑みに、ディルクは少しだけ頬を赤く染めた。
「それではブレデローデ卿、私は仕事に戻りますね」
休憩時間も終わりに近付いていたので、リーフェは公爵夫人であるイェニフィルの元へ向かうのだった。
(ブレデローデ卿はお優しくてとても律儀な方ね)
ディルクからもらった髪飾りとクッキーを見て、リーフェは穏やかに微笑む。
窓から入る木漏れ日は、穏やかで暖かかった。
一方、ディルクは仕事に戻るリーフェの後ろ姿を見て、ジェードの目を嬉しそうに細めていた。
ピンと伸ばされた背筋、歩くたびに揺れるリーフェの赤茶色の髪は暖かな木漏れ日の光を受け、より艶やかに見える。
ディルクはリーフェの後ろ姿が見えなくなるまで彼女を見つめていた。
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翌日。
リーフェはディルクからもらった髪飾りで赤茶色の髪を束ねて行儀見習いの仕事をしていた。
「あら、リーフェ。素敵な髪飾りね」
イェニフィルはリーフェの髪飾りを見て微笑む。
「ありがとうございます。実は、ブレデローデ卿……ブレデローデ子爵家の長男の方がくださったのです。この前私が手当てをした方でして」
リーフェは少し照れたように微笑む。
「あら、ディルクから。確かにディルクは貴女に感謝していたわ」
イェニフィルは思い出したようにクスッと笑う。
ディルクが木から落ち、擦りむいた右腕をリーフェが手当てしたことはイェニフィルの耳にも入っていた。
「それにしても、センスが良いわね。ディルクが女性に何かをプレゼントしたのはこれが初めてのはずよ」
悪戯っぽい表情になるイェニフィル。
その言葉に、リーフェは少しだけ胸が高鳴ってしまう。
「ブレデローデ卿は、私のリボンを駄目にしてしまったお詫びだと仰っておりましたわ」
「そう」
イェニフィルは意味深に微笑んでいる。
(奥様はあんな風に仰っているけれど、特に深い意味はないわよね。単に私のリボンが使えなくなってしまって、そのお詫びのはずだもの)
リーフェは高鳴る心臓を落ち着かせた。
しかし、脳裏にはディルクの笑顔が浮かぶ。
(ブレデローデ卿、確かに素敵な方よ。だけど、子爵令息とはいえブレデローデ公爵家に連なるお方。歴史の浅い男爵家の人間とは釣り合わないわ)
リーフェはそう言い聞かせるのであった。
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