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木から落ちる令息

 かつて穏やかで平和だったドレンダレン王国は、ベンティンク伯爵家のクーデターにより弾圧と恐怖の国に変わってしまう。しかし十八年前、ドレンダレン王国の正当な王家――ナッサウ王家最後の生き残りヴィルヘルミナが革命を起こし、王座に居座っていたベンティンク家は倒された。その後ヴィルヘルミナが女王として即位し、ドレンダレン王国はかつての穏やかで平和な国に戻り始めるのであった。


 そして現在。ヴィルヘルミナ達の努力が実り、ドレンダレン王国は他国との同盟関係も結ぶことが出来、貴族も民も安心して暮らせるようになっていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 王都マドレスタム近くにあるブレデローデ公爵領。公爵領の中で最も栄えている場所に、ブレデローデ公爵城がある。

「リーフェ、手紙を書きたいの。便箋と封筒を持って来てもらえるかしら?」

「かしこまりました、奥様」

 リーフェと呼ばれた少女は、すぐにブレデローデ公爵夫人イェニフィルが所望するものを持って来る。


 リーフェはアールセン男爵家の娘だが、現在ブレデローデ公爵城に住み込みで行儀見習いに来ている。

 リーフェは赤茶色の髪にヘーゼルの目で、柔らかな顔立ちの男爵令嬢だ。


 ドレンダレン王国の下級貴族の子女は、成人(デビュタント)前に上級貴族の家で行儀見習いとして働きながら紳士、淑女教育を受けることがあるのだ。

 リーフェは主に公爵夫人であるイェニフィルの侍女としての仕事をしている。


 ブレデローデ公爵家には三人の息子がいる。現在十四歳のリーフェとそこそこ歳が近いので、間違いが起こらないようリーフェとブレデローデ公爵令息達の接触は最低限しかない。

 ドレンダレン王国では上級貴族と下級貴族の結婚は許されていないので、リーフェもそれを理解していた。


「ありがとう、リーフェ。助かるわ」

 イェニフィルは柔らかな口調でリーフェから便箋と封筒を受け取った。

「あら、もう休憩の時間ね。リーフェ、一旦休んでちょうだい」

「承知いたしました。ありがとうございます」

 イェニフィルから休憩時間をもらったリーフェ。彼女は少しウキウキした様子でブレデローデ公爵城にある休憩室に向かい始める。


 ブレデローデ公爵家は使用人達の為にくつろげる休憩室を用意しているのだ。そこには上質な紅茶やお菓子があり、使用人は自由に飲食出来る。リーフェにとって、休憩室で紅茶を飲んだりお菓子を食べることが日々の楽しみになっていた。


(今日は何を食べようかしら? ブレデローデ公爵家の方々は使用人や行儀見習いのことも考えてくださっていて、とても働きやすいのよね)

 リーフェはそう思いながら、丁度広い庭園が見える廊下を歩いていた。

 その時、予想外の光景が目に入る。

 

 リーフェの視線の先には木があった。

 何の変哲もない、秋らしく色付いた木である。

 それだけならリーフェは特に目を留めることはなかった。

 

 しかし、木に少年が登っていたのだ

 ブロンドの髪にジェードのような緑の目で、リーフェより少し年上に見える長身の少年である。

 

(あのお方はどうして木に登っているのかしら?)

 リーフェは気になり、窓に近付く。


 少年の目の先には、震えている子猫がいた。

(なるほど、あのお方は木から降りられなくなった子猫を助けようとしているのね)

 リーフェは状況をそう予想した。

(それにしても、あのお方は誰かしら? 身なりからして明らかに貴族令息ではあるけれど、ブレデローデ公爵家の令息達ではないわ)

 リーフェはブレデローデ公爵家長男と次男の顔をきちんと覚えていた。

(そういえば、今日はブレデローデ公爵家の分家である、ブレデローデ子爵家の方が来られる予定だったわ。きっとあのお方はブレデローデ子爵家の関係者かしら?)

 リーフェは少年を見ながら考え込む。


 木に登っていた少年は上手く子猫を抱き、木から降りようとしていた。

 その時、少年は足を滑らせて木から落ちてしまう。

 ドサッという音がリーフェのいる場所まで聞こえた。


「まあ、大変!」

 その様子を見ていたリーフェは急いで庭園まで駆け出した。


「大丈夫ですか!?」

 リーフェは木から落ちた少年の元へ駆け寄った。

 少年は左足首をさすりながら表情を引きつらせている。おまけに右腕はシャツが破れており、擦り傷が酷かった。

 ちなみに少年が助けた子猫は無事であり、少年の隣でみゃあと鳴いている。

「……左足首を捻挫したようだ」

 少年は痛そうに表情を歪めていた。

「左様でございますか。まずは右腕の傷を止血します。その後、お医者様を呼んでもらいますわ」

 リーフェはそう言い、自身の赤茶色の髪を結っていた白いリボンを解き、迷わず少年の右腕に包帯のように巻き付ける。

 今リーフェが持っているもので包帯代わりになるものがリボンしかなかったのだ。

 リーフェは手際良く止血した。

 その後、近くを通りかかったブレデローデ公爵家の使用人に医者を呼んでもらい、少年は適切な処置を受けた。

 リーフェの休憩時間はディルクの手当てなどで終わってしまいそうだが、それで構わないと彼女は思った。

 上質な紅茶やお菓子を楽しみにしていたが、それよりも目の前にいる怪我をした少年を放っておくのはリーフェ自身許せなかったのだ。


「ありがとう。とても助かった」

「そんな、お礼には及びませんわ。私は簡単なことしかしておりませんので」

 少年からお礼を言われ、少し恐縮するリーフェ。

「俺はよくブレデローデ公爵城に来るのだけど、君は……見かけたことがない。新人の使用人か?」

 少年は不思議そうに首を傾げている。

 メイド服を着ているリーフェを見て、ブレデローデ公爵家の使用人だと思ったようだ。

「申し遅れました。私はアールセン男爵家次女、リーフェ・ヤコミナ・ファン・アールセンでございます。ブレデローデ公爵家に行儀見習いに来ております」

「行儀見習いに来ていたご令嬢だったか。手間をかけさせて申し訳ない。俺は、ディルク・ヴェッセル・ファン・ブレデローデ。ブレデローデ公爵家の分家、ブレデローデ子爵家長男だ。ブレデローデ公爵閣下は俺の父上の兄なんだ。時々こうして、父上に連れられてブレデローデ公爵城に来ることがある」

 少年――ディルクはニッと笑った。

「左様でございましたか」

 リーフェは分家の長男であるディルクがこの場にいることに納得した。


 ブレデローデ公爵とディルクの父ブレデローデ子爵は仲が良いらしい。そしてディルクも歳が近いブレデローデ公爵家の令息達と仲が良いようだ。


「アールセン嬢、君のリボンを駄目にしてしまって申し訳ない」

 ディルクは自身の右腕に巻かれた、血に染まったリーフェの白いリボンを見て肩をすくめる。

「ブレデローデ卿、お気になさらないでください。止血する方が大切ですから」

 リーフェはニコリと微笑む。全く気にした様子はない。

「次にブレデローデ公爵城に行く時、何か代わりになるものを用意しよう」

「そんな、それはかえって申し訳ないです」

「いや、俺がそうしないと気が済まないんだ。そうさせてくれないか?」

 ディルクは真剣な表情だ。ジェードの目は真っ直ぐリーフェを見ている。

「……承知いたしました」

 リーフェは根負けしてディルクからの申し出を受け入れるのであった。


 こうして、リーフェとディルクの交流が始まった。

読んでくださりありがとうございます!

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柳アトムと申します。 拝読&コメント失礼致します。 貴族社会の描写が素敵で背筋が伸びる思いです♪ きらびやかですね〜♪ 猫を助けようと頑張るディルクさん。 見事救出したけど落ちて怪我をするディルク…
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