魔王襲来
「「・・・・・・ぜえぜえ・・・・・・はあはあ・・・・・・」」
酒場より歩くこと十分。
俺とリリアは息を切らしながらそこへ到着した。
「よい、しょっと、あー疲れたー」
リリアは背負っていたユーリをベッドへ下ろすと同時に、自らも倒れ込む。
「エルンちゃんもこのベッドに置いていいよー」
家主の指示に従い、エレンをベッドへと放り投げる。
本来一人用のベッドに三人も乗せて大丈夫か少し心配ではあるが、皆少し痩せすぎな位だ、おそらくなんとかなるだろう。
「いやー疲れたねラボ君。ユーリがお酒に弱いのは知ってたけど、まさかエルンちゃんもとは・・・・・・」
ベッドに寝転がったまま、リリアは話掛けてくる。
「酒に弱いの知ってたら止めろよ」
止めるどころか、日頃の恨みを晴らすべくユーリに、積極的にというより無理矢理強い酒を飲ませていたリリアを思い出す。
「ラボ君に持ってもらえばいいかなーって」
「本当に言動が勇者にふさわしくないなお前は。まあ、俺もエルンが酒に弱い事は知ってたがな。お前に持ってって貰おうかと思ってた」
「女の子に持たせようとしてたの!?」
リリアの叫び声を聞きつつ、俺は部屋の中を見回す。
街の中心部から少し離れた集合住宅の一室。広すぎず狭すぎず、一人暮らしにはちょうどいい大きさの部屋だ。小さなタンスやローテーブル等必要最低限の家具に、たった一つだけあるクマのぬいぐるみが少しだけ女の子らしさを出していた。
「あんまりじろじろ見ないでよ」
そんな俺の視線に気づいたのか、家主のリリアから叱責が飛んできた。
「一人暮らしをしていたとは驚きだな。親に甘やかされたアホだと思ってた」
今日は一発文句でも言ってやろうと、意気込んで来たのだが、期待が外れて残念だ。
「非道くない!? パパとママは小さい頃に死んじゃったから甘やかされてないよ!」
「おいやめろ。そんな悲しい過去を出すな。なんかこれから優しくしちゃいそうだから聞きたくない」
「そんなひどい理由で断られたのは初めてだよ! 優しくしてよ!」
そんな情けない事を言う勇者様を尻目に、俺は帰宅のため、玄関へと向かう。
「ん? 帰るの? 泊まってけば? まだちょっと飲み足りないし、適当に話しながら飲もうよ」
「お前酒場であれだけ飲んでおいてまだ飲むつもりか。ちょっと今日はやることがあるから帰るわ。じゃあな酒の勇者。エルンは明日取りにくるから頼んだぞー」
「その呼び方についてはもの申したいけど、じゃあまた明日ね」
渋々と別れの挨拶を告げるリリアに、ひらひらと手を振りながら扉を開け、そのまま共用部を抜けて外に出る。すでに夜も更け、辺りに人の気配はない。一応魔法を使って詳しく調べたが、外を歩く人間はいないようだ。
「はい、“転移”・・・・・・と」
突如として妙な浮遊感に身を包まれ視界が歪む。酒を飲んでいたため、少し不安はあったが、問題なく転移魔法は成功したようだ。
ぼやけた視界がだんだんとはっきりしてきて、俺の視界に映ったのは、雪の大地に囲まれた灰色の城。極寒の土地で二人で住むには無駄にでかい城は、外ほどではないにしても、異常なほど寒く、おまけに内部は転移禁止の結界が張られているという、設計者の意地の悪さが垣間見える仕様だ。
俺は城の扉を開け、暖をとるべく早足で自室に向かう。
あー寒い寒い。早く部屋に行って暖炉に火を付けよう。
普段ならば、火を点しても部屋が暖まるのは少し時間がかかるのだが今日はそんなこともないようだ。ガチャリとノブを捻って、ドアを開けた先には。
「本ばかりで無機質な部屋、実際の温度よりも寒く感じさせていました。白く統一された家具達、外の雪を彷彿とさせ、とても寒そうでした。すごく寒かった。・・・・・・そんな部屋も匠の手にかかれば――」
どうやら先客がいたらしく、すでに暖炉に火はくべられ、部屋の中は。
「――なんということでしょう。本は轟々と燃えさかり、真っ赤に統一された室内はまるで灼熱地獄。新しく生まれ変わった部屋で、ラビは一体どんな暮ら」
「暮らせるかこのバカ!」
「痛い!」
俺は暖炉どころか部屋中に燃え広がった火を見ながら半泣きになっているアホの頭を引っぱたきながら、魔法を唱える。
「“水よ”」
俺の手から放たれた大量の水は炎の勢いを弱めていき、ついに消火に成功する。
「・・・・・・・・・・・・」
残されたのはすっかり灰になってしまった本と、真っ黒に統一された家具達。
そして、こそこそと部屋の扉に手を掛けて脱出を図るバカ。
「おい・・・・・・」
「な、何だよ。何か文句あるのか? アタシはただお前の部屋をおしゃれに改造してやろうと・・・・・・寒かったんだよ文句あるか! だからそんな可哀想な奴を見る目で見るな! 大体なんだこの家は! 外は寒いし中には転移魔法で入れないし暖炉の火は付けにくいし!!!!!!」
「作ったのはお前だろうがくそ魔王!!!!!!!!!」
「誰がくそだ誰が!!!!!!!!!」
かくして俺と魔王の、もう何千回にも渡る戦いの火蓋が切って落とされた。
「びばーびょうもびべびべぶべばぼうばば」
痛い、顔面が痛い。
「あ? 何だよ、言いたいことがあるならはっきり話せや」
「ぼばべばびゃばっばばぼ!?」
「ああん? ったくしょうがない。“癒やせ”」
舌打ちをしながら回復魔法を唱える魔王。
人の部屋を燃やした挙げ句に逆ギレ。ボコボコにした相手に舌打ちをしながら回復魔法を掛ける姿はどこからどう見ても魔王そのものだ。どこかのポンコツ勇者に見せてやりたい。
そして、実力についても折り紙付き、俺の顔はみるみるうちに正しく形成され、痛みもみるみるうちに引いていく。
「・・・・・・? “癒やせ”・・・・・・・・・・・・??“癒やせ”・・・・・・・・・・・・・・・・・・???“癒」
「いや、もう元通りだから。もうこれ以上俺の顔は良くならないから」
「・・・・・・すまん」
謝るなよ。
「お前まじでいつかぶっ飛ばして、俺が魔王になってやるからな。そん時は絶対に僕としてこき使ってやる」
「まだそんなこと言ってるのか? 魔王になるなんて夢、もういい加減諦めたらどうだ? 十年前、村の皆に爆笑されてただろ」
いつもの俺の戦線布告に、いつものようににやにやと笑みを浮かべながら答える魔王。もう何千回と繰り返されたやり取りだ。言葉面だけ見ればただ喧嘩を売ってバカにされているだけなのだが、そんな会話も俺は心のどこかに楽しさがあり、ずっとこんな日が続けばいいとすら思っていた。
「で、お前何しに来た?」
「ん? 暇つぶし」
「暇つぶしで人の家燃やした挙げ句に家主をボコボコにしたのかお前は」
なんて恐ろしい奴だ。もはや邪神と言っても差し支えないだろう。
「ち、ちがっ! まさか燃えるとは思わなかったんだよ! さすがに暇つぶしで人の家を燃やすか!」
長い紫の髪を振り乱し、必死に否定する魔王。暇つぶしでボコボコにするのは否定しないところは流石の一言に尽きる。
「そ、それよりさっきからなんなんだラビ。人の事をバカだのお前だのくそ魔王だの。幼馴染みなんだから名前で呼べ名前で」
「魔王様の名前を呼ぶなんて無礼なこと出来ませんよ」
「バカやくそよりは私の名前は無礼ではないつもりなんだがな」
すこしいじけたように言う魔王。
まあそんなことより……。
よりにもよってなんで今日来るんだコイツは。魔王への反逆への第一歩、勇者パーティへの仲間入りを果たした日に魔王に出会ってしまうなど不運極まりない。
「おいラビ、お前今日何してた?」
な、なんてタイムリーな質問を・・・・・・・・・・・・よし、ここは逆ギレで乗り切ろう。こいつバカだから押し切れるだろ。
「・・・・・・いつものようにエレンとキャッチボールをしてたけど? 何か文句でも?」
「いつもキャッチボールしてんのかお前。仕事はどうした仕事は」
しまった! 誘導尋問か!
卑劣な罠に、必死に言い訳を考えていると。
「まあそれはいい。元から期待してなかったからな。で? 何だその髪は?」
魔王はそんなことを聞いてくる。
髪? ・・・・・・あ。
「確か私の記憶ではお前の髪は赤かった記憶があるのだが?」
し、しまった。変装の為に染めてたの忘れてた。
「き、今日の俺はブルーな気分だからな。だから紫になった」
「髪にそんな絵の具のような特性はない」
俺の渾身の言い訳はバッサリと切り捨てられる。
やばい。コイツの感の良さ、というより、俺の嘘を見破る能力は異常だ。このままでは、俺の計画がばれてしまう・・・・・・。
とっさに俺の脳はフル回転を始める。
ど、どうする? 裏切ったなんて知られたらぶっ殺される。だがこのままだとバレるのは時間の問題・・・・・・。ならば!
「どうしてだと思う?」
魔王に考えて貰おう。
必殺上目使い。俺は腰をかがめながらくねくねし、見上げながら魔王に尋ねる
よくエレンが使う技だが、これがなかなか効くのだ。なぜかは分からないが、しょうがないなーという気分になってしまう。正直魔王を倒す奥の手として取っておきたかったのだが、状況が状況だから仕方ない。
さあ魔王よ俺に良い感じの答えを――。
「殺すぞ」
――死が救いだとでも言うのか。
「ちっ! まあいい。大体の事は分かってるからな。……どうせ巷で流行ってるペアルックというものをし、したかったんだろ?」
頬を少し赤く染め、パープルな髪をふりふりしながら言う魔王。
「は? ペアルック? 誰と? 紫の髪といえば・・・・・・マリーちゃん?」
「はあ!? お前は目がおかしいのか!? というより誰だマリーちゃん! 説明次第では・・・・・・」
菖蒲色の長い髪を大袈裟に振り乱しながら怒鳴る魔王。
「すみません冗談です! え、えーと、紫の髪、紫色の髪・・・・・・レイちゃん?」
「誰だレイちゃん。本当に死ぬか?」
だ、誰だ? この最悪な問題の答えは・・・・・・そうか!
眼前に揺れる髪を見ながら答えを悟る。簡単なことだ。答えは最初から示されていたのだ。
どうして魔王が怒っているのか。答えは身近な人だから。大切な人だから。俺がその人を忘れているから。だったら答えはただ一つ……!
俺は目の前の答えを、菫色の髪色を誇る魔王の瞳を見据えながらその名前を叫ぶ。
「マリアちゃん!」
「それはアタシの母親!!!!!!」
「ぶはあっ!!!!!!!!!!」
魔王渾身の右ストレートを顔面にもろに食らってしまい、視界がチカチカする。
「お前は頭がおかしいのか! なんでアタシの母親なんだ!?」
「い、いやお前の髪見てたら、そういえばマリアさんも髪が紫色だったなーって・・・・・・」
「どうしてその思考回路でお母さんが出てくるんだ! 人妻とペアルックするつもりか!」
人妻でもマリアさんなら危険を冒してでも・・・・・・などとは娘の前ではさすがに言えない。
「アタシの髪も紫だろうが!!!!!!!!!!!」
とんでもない声量で怒鳴る魔王。・・・・・・ガチギレじゃないですか。
「い、いやだってお前この前俺がペアルックだなって言ったら怒ったじゃん! 胸がペアルックって言ったら怒ったじゃん!」
「誰でも怒るわ!」
ま、まあ確かに。
「大体お前はいつもいつも――」
魔王らしからぬ正論を小一時間聞き続けさせられた後、やっと怒りは収まったのか、俺は正座から解放される。
時刻は深夜。俺が帰ってきたのが遅い時間だったのも一因だが、魔王のせいで大分時間をロスしてしまった。
「おいラビ。お前何してるんだ?」
「仕事だよ仕事」
地獄のような説教から解放された俺は本日家に帰ってきた理由を解消すべく着々と仕事に取りかかっていた。
「は? 仕事? お前にそんなものないだろ。嘘つくな」
「お前が押しつけたんだろ!?」
俺は目の前の膨大な書類を魔王に示す。
「絵日記、自由研究、読書感想文・・・・・・お前ふざけてんのか?」
「だからやれって言ったのお前だろ! 大体なんなんだよこれは! 一応魔王軍四天王なのにこんなとこ領地にされるわ、家は燃やされるわ、宿題はだされるわ! もっと四天王にふさわしい場所と扱いと仕事を――」
「何だお前、マジで毎日キャッチボールしてんのか」
俺の描いた絵日記を手に取りながら呆れたように言う魔王。
「話を聞けよ!!!!!!!!!」
「落ち着けラビ。これでもアタシはお前の事を思って色々配慮してるんだぞ? ほらここ見てみろ。フォークボールが投げられるようになったじゃないか」
「いらんわそんな技能!」
俺の叫び声に、魔王はついに絵日記をパラパラと捲る手を止める。
「はあ、さっきから何だお前は。ここは勇者がいる国に一番近い魔王軍の領地だぞ? 守りの要だぞ? そこに配置された事を誇りこそすれ、不満を言うとは」
「寒すぎて人間族は来ないけどな」
「魔王軍が攻める足がかりに」
「お前らも寒いとか文句言って誰も来ないけどな」
「・・・・・・ま、まあそんなことよりキャッチボールでも・・・・・・好きなんだろ?」
いつものように露骨に話題をそらす魔王。
普段ならこのままなんとなくはぐらかされてしまうのだが、今日の俺はひと味違う。勇者の仲間入りという、とんでもない裏切りを果たした今、怖いものなど何もない。
俺は魔王を逃がさないように両肩をがっちりと手で掴み、少し低い位置にある瞳をのぞき込みながら言う。
「ふざけるな。いい加減俺にもまともな仕事をよこせ」
「え、え、お、おま、お前ちょっと、は、離せ。ち、近い! 顔が近い!」
未だかつてない俺の攻勢にどうやら魔王も戸惑っている様だ。頬を赤く染め、震える声でそう言う。
「断る。今日こそはまともな仕事を寄越すまで離さん」
「で、でもお前弱いし、戦闘に出したらすぐ死んじゃいそうだし……」
「そんな簡単に死ぬか! そもそも魔王軍に俺より強い奴なんて……十人くらいしかいないだろ! そんな貴重な戦力を温存するとはお前――」
・・・・・・いや、待て。今まともな仕事をもらったらダメじゃないか? リリア達と旅に出るんだぞ? こんな時にちゃんとした仕事を持ってこられたら・・・・・・。
「四天王より強い奴がそんなにいたらダメだろ……。だ、だがそんなにまともな仕事が欲しいならお前、アタシの護衛になれ。た、多分あらぬ噂が立つだろうが、お前勝手に女の部下と一緒に暮らしだすし、この際四の五の言ってられん」
どこか神妙な顔をして、意を決したように言う魔王に対して。
「やっぱいいです」
「よしお前表に出ろ」
キレる魔王。
「お? キャッチボールか? ならばグローブを持ってこよう! うん! ちょっと待ってろ! すぐに戻る!」
俺は魔王の肩からぱっと手を離し、エレンの部屋へグローブを取りに駆け出すも、今度は逆に腕をがっちりと捕まれてしまう。
「勢いで逃げようとするな。キャッチボールはあとであのクソガキと・・・・・・おい、あのクソガキはどこ行った? 今日は姿が見えないようだが」
クソガキとはエレンのことだ。魔王はエレンのことが嫌いらしく、クソガキやアホガキなどと揶揄する。言われている本人は気にしてはいないようだが。
「い、いや、えーと……」
まさかこいつがエレンのことを話題に出すとは、全く予想していなかったので言葉につまってしまう。
「いつもなら『ラビ様をいじめないでください!』って出てくる頃だと思うんだが……」
魔王は訝しむような視線を送ってくる。
「き、今日は友達の家に泊まってくるって言ってたような……」
「あいつに友達なんてできないだろ」
なんてひどい言い草だ。
「……もしかして、あいつ今ここにいないのか?」
「ま、まあそうだが」
どうしよう。どうやって言い訳しよう。病気で入院は……あいつ元気すぎるから却下。旅行は……一人旅なんてするタイプじゃないし。
よし、死んだことにしよ。
だが、そんな俺の必死の思考も徒労に終わる。
「あ、あいつはし」
「帰る」
なぜか魔王は何もプイっと顔を逸らし、エレン不在の理由も聞かずにそそくさと帰ろうとする。俺に取っては都合が良いことなので、そうかとだけ呟き、見送りのため、追従して玄関まで向かうが、どうも腑に落ちない。
大体いつもは勝手に俺のベッドを使って朝まで寝ているのだが……まさか今更二人きりが恥ずかしいなんてあるはずないしなあ。
訳もわからず歩くうちに、玄関まで到着し、ここまでで大丈夫と手で静止をかける魔王。相変わらずこちらに顔を向ける様子はなく、そのまま玄関の扉の取っ手に手を掛ける。
しかし、その手は捻られる事はなく、ただその場に立ち尽くす魔王。
なんだコイツ。さっさと帰れ。
そんな俺の思いも知らず、魔王はじっと動かない。無言のまま数十秒経ち、いくら我慢強い俺でもしびれを切らし言葉をかける。
「おいまお」
う、と言い切る前に、魔王は口を開き。
「ラビ。お前の夢は魔王になることなんだよな?」
と、そんな分かり切った事を聞いてくる。
「当たり前だろ」
「・・・・・・そうか、なら良い。じゃあな」
ガチャリと扉を閉める音を残しながら魔王は極寒の外へと踏み出して行った。
「どうしたんだあいつ?」
いつもならバカにしてくるのに今日は、なら良い、だと?
予想外の返答に少し戸惑ってしまう。はたして、俺が魔王になるとはどういうことか分かっているのだろうか、いや、分かっているのは当然だ。今まで数え切れないほど、同じやり取りをしてきたのは魔王も一緒だ。
俺が魔王になるためには、あいつを倒さなければいけない。そんなことはあいつも分かっている。
つまり導き出される結論は――。
「あいつMだったのか」
氷点下の風に晒されてアタシは、顔の火照りと心のさざめきが収まっていくのを感じる。
迂闊だった。アホガキが居ないことはもっと早く気づくべきだった。おかげで愛想悪くしちゃったし、いきなり変なこと聞いちゃったし。
冷静になったアタシは、氷の大地を歩きながら、そんな後悔の念に苛まれる。
ラビはいきなり帰って変に思っただろうか。でも、家に二人きりでいることが恥ずかしいなんて今更言えない。そもそもどうしてあいつは平気なのか。魔王である以前にアタシだって一人の女の子だ。もう少し意識してくれてもいいじゃない。
次第に後悔は怒りへと移行していく。
「うんそうだ! あいつが悪い。何でアタシだけ赤くなった顔を隠さないといけないんだ。あいつも赤面するべきだろ!? 今度同じ事になったら流血させてでも顔を赤くしてやろ」
ふふふっと、顔に自然と笑みが浮かんでくる。
今の言葉を聞いたらラビはどんな事を言ってくるかな。『それでいいのかお前』などと困った顔で言いそうだ。『ふざけんな!』なんて言って飛びかかってくるかもしれない。小さい頃から一緒だったんだ、何度も二人で話したんだ、それくらいは簡単に想像出来る。
幼馴染みなんだ、ラビの夢なんて知っていたはずだ。
「・・・・・・・・・・・・なんであんなこと言ったんだろ」
塵一つない満天の夜空を見ながらつぶやきながら、アタシは後悔が怒りに変わり、喜びに変わり、そして後悔に戻ってくるの感じる。
「なら良い・・・・・・か」
どうしていつものように笑い飛ばせなかったのだろうか。いくら恥ずかしかったとしても、いつものように振る舞えたはずだろう。答えの分かっている問いに、答えを出したくない問いに対して思う。
「どうかアタシの答えが間違っていますように」
アタシは祈る。
――ラビから感じた忌々しい匂いがアタシの勘違いでありますように。
ラビからあいつらの匂いがするはずない。だってそのためにここを領地にしたんだし。
――ラビの夢が魔王になることでありますように。
ラビの夢は魔王のはずだ。その後は何もないはずだ。
どうか――。
「アタシがラビを殺す事がありませんように」
ラビが人間と手を組むなんてあるはずがない。