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ラビの漁夫の利作戦  作者: あ
5/32

アプライザー・シュデルヘン

「居たわ! あれよ!」

 昼食を取ってから一時間ほど歩いた場所にある砦にそいつはいた。

 緑の平野に佇む灰色の砦。ただでさえ異質さが目立つ建物は、扉の前にじっと立つ存在のせいでさらにその異質さを加速させていた。

 丸太のように太い腕に、二メートルを超えた巨体。さらにその顔は動物のように獰猛な瞳と牙で飾られ、全身にびっしりと生える茶色の毛。どこからどう見ても猪人間としか言いようがない。

 俺たちは木の影からそいつの様子を伺っていた。

 腕を組みただじっとしている。どうやらこちらにはまだ気付いていないようだ。

「うわー魔族なんて初めて見たけど気持ち悪いわねー。みんなあんな感じなのかしら」

 ふと、猪魔族を観察していたユーリがそんなことを言い出す。

「あんなんじゃありませんよ。あそこまで気持ち悪いのはあの猪さんくらいですよ。魔族の中にだって色々いますからね。羽が生えてたり角が生えてたり、中には人間と見た目では区別がつかないのもいますよ」

 一括りにされたことが不満だったのかエレンが説明する。

「うわ、最悪ね。もしかしたら人間の街に紛れ込んで生活してるかもしれないわね」

 と、核心をつくユーリだったが、そんなことはどうでもいいと、リリアが話に割り込んでくる。

「ね、ねえ、これからどうするの? 帰る?」

「はあ? 何バカな事を言ってるの。もちろんぶっ殺すわよ」

 ユーリの過激な発言に、ピクッとエレンが反応するが、何も言わず、俺の方へどうするんだと、問いかけるような視線を送っていた。

「おう、そうだな。とりあえず特攻するか」

 我ながら完璧な作戦だ。

「とりあえずでとる作戦じゃないから! あんな強そうな奴とまともに戦って勝てる訳ないでしょ!?」

 と、そんな訳の分からない事を言ってくるリリア。

「おいおい、俺の当たって砕けろ作戦の何が不満なんだ?」

「作戦名から負ける気満々じゃない! 嫌だよそんな作戦!」

「リリア、わがまま言っちゃだめよ? 他に作戦なんてないんだし」

「あるよ! 少し考えればもうちょっとまともな作戦が絶対あるよ!」

「わがまま言わないでください。正直考えるの面倒なんでさっさと特攻しましょうよ」

「いや、相手は魔族だよ? 皆もうちょっと真面目に・・・・・・」

「しょうがねえなあ。じゃあ多数決な。特攻に賛成の人は手を挙げてー。はい、三人賛成で特攻決定! はい突撃!」

 民主主義の前に破れたリリアを残し、俺たちは猪魔族の元へと駆けだした。

「・・・・・・ほ、ホントに行っちゃった。ちょっと待ってよーー!!!」

 

「ほう、まさかこの俺様に勝負を挑むとは、よほど死にたいらしいな。人間共よ」

 俺たちの接近に気づきながらも、余裕綽々に砦の前で待ち続け、ついに対峙する俺たちに向けて、魔族はそう言った。

「「ぜえ、ぜえ。はあ・・・・・・はあはあ・・・・・・・・・・・・」」

「うっさい喋んなぼけ。息が臭い。あんたちゃんとその大きい牙磨いてる? 正直あんたはさっさとぶち殺して上げたいけど・・・・・・戦いを始めるのはもう少し待ってほしいの」

「全身茶色ですけどうんこでも着てるんですか? 川ならちょっと歩いたところにありますから体洗ってきた方が良いですよ? 戦いを始めるのはもう少し待ってあげますから」

「「ぜえぜえ、ごふっ! はあはあはあ・・・・・・」」

「ふざけるな! 良くもまあそんだけ悪口叩いて、戦いは待ってくださいなどとどの口がほざいておる! どうやら今すぐミンチになりたいようだな。・・・・・・お、おい、そこの二人は大丈夫か?」

 とんでもなく非道い事を言うユーリとエレン。走っただけで体力を消費し、倒れ込んだ俺とリリアには一瞥もくれない。というより、必死に見ないようにしていた。一方でちゃんと待ってくれる上に、心配までしてくれる猪魔族。もしかしてコイツ良い奴か?

「大丈夫よこの二人は! そんな事より自分の心配をした方が良いんじゃないかしら」

「い、いや、やばいだろ。お、おい! 吐いてる! 女の方が吐いてるぞ!?」

「大丈夫ですよ! お昼に食べてたキムチの匂いがしますが、気にしないでください! うちの前衛はこのくらい余裕です!」

「鬼かお前達! というより前衛!? 走っただけで吐くような奴が前衛!? っておい、男の方! そこの仮面付けた男が何かジタバタしてるぞ!? 息が苦しいなら仮面を取れ!」

 

「あー死ぬかと思った。あいつなかなかやるな」

「いや、あの猪さんは何もしてないですから。ラボが勝手に倒れただけですから」

 仮面の下で、なんとか呼吸を整え終え、復活した俺が立ち上がったは良いものの、すかさずエレンが悪態をついてくる。

「いや、おそらく砦の中に入らず、前に立っていたのはこれを狙っていたんだ。あえて油断した姿を見せて突撃させ、体力を削る。・・・・・・なんて策士なんだ」

「・・・・・・いや、ただ砦の鍵がかかってて扉が開かなかっただけなのだが」

俺たちはとんでもない奴を相手にしているのかもしれない。何か魔族が言ったような気もするが、気のせいだ。そうに違いない!

「だめね。意識がないわ。まったくもう。だから日頃からちゃんと運動をしなさいと言ってたのに・・・・・・」

 俺が敵の作戦に恐れおののいている間にユーリはリリアの元まで行き、顔をのぞき込んだ後そう言った。

「ええ・・・・・・。本当に勇者なんですかその人?」

「……は? 今なんて?」

 エレンが引き気味に言った言葉に、魔族が反応する。

「勇者ですよ勇者。そこのキムチ吐いて寝転がってる人が勇者なんですよ。ちょっと臭いけど勇者なんですよ!」

「そうよ。このキムチ吐いてボロ雑巾みたいなのが人類の希望、勇者よ! ってかなんでこの子キムチなんて食べたのかしら、本当に臭いわ」

「い、いや、お、お前達仲間なんだろ!? もうちょっと言い方考えてやれよ。可哀想だろ……確かにちょっと臭いが」

 散々にこき下ろされても、勇者からは何の反応もない。どうやら本当に走っただけでへばってしまったようだ。さすが歴代最弱の勇者様だ。

「そ、それでお前達、どうするつもりだ? どいつもコイツも貧弱な体つきだが、まさか勇者を欠いてこの俺様に勝てるとでも思っているのか?」

 俺たちを値踏みするかのように見回し、猪魔族は言う。

 俺とエレンは見た目は人間と全く人間と変わらない上に、かなり線が細いため、弱っちい人間だと勘違いしているようで、すっかり舐めきった口調の猪魔族。そんな彼に、ユーリは言う。

「最初からこの子はあてにしてないから問題ないわ!」

 一体どこから自信が湧いてくるのかは知らないが、彼女もすっかり猪魔族を舐めきっていた。

「あるだろ問題! 仲間から当てにされていない勇者って何だ! 本当にそいつは勇者なのか。思えばただ走っただけで気絶する勇者など聞いたことないぞ!」

「はいこれ証明書」

 そう言い、ユーリは懐から巻物を取り出したかと思うと、それを猪魔族へ放り投げる。

「あん? 何だこれは、読めば良いのか? ふむふむ・・・・・・えーと、リリア・パーチェは勇者であることをここに証明する、ルルル王国国王ティーダ・ルルル・・・・・・おい、なんだこれは」

「だから証明書だって言ってるでしょ? リリアは実力と言動が勇者にふさわしくないから、最初誰も信じてくれなかったのよ。そして、それが発行されたってわけ」

「実力と言動がふさわしくないって、逆に何で選ばれたんだ!!!」

 最初の余裕はどこへやら、すっかりと取り乱して叫ぶ猪魔族。

 いや、分かるぞその気持ち。俺とエレンも道中で証明書見せられた時はそうなった。

「おい貴様ら。ふざけるのも大概にしろよ? 魔族と人間が出会ったらやることは一つであろう?」 

 気を取り直し、大きな口に不気味な笑みを浮かべながら、魔族は腰に差していた大きく反り返った剣を構える。ところどころ錆び付いた剣は使い古されており、敵の技量の高さを感じさせる。 

「命乞いは聞かないわよ?」

 この時を待っていたかのように、ウキウキしながらユーリも杖を構える。相手の得物に負けず劣らず使い古された杖だ。人間の学校がどのようなものかは分からないが、相当の訓練を積んでいるのが分かる。

 いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。

 俺も武器を構え…………ん?

「ほう? ふざけた駆け出しのひよっこ集団かと思えば、貴様、中々様になっているではないか。少しは楽しませてくれそう……おい、そこの仮面男ともう一人の魔法使い女。お前たちは一体何をしている?」

「気付かれましたよラボ! ほらちゃんと引っ張って! どこから持ってきたんですかこの剣! 全然鞘から抜けないじゃないですか! だから私の剣を使えとあれほど!」

「うるせえ! お前の剣は重くて振り回せないんだよ! 文句はいいからさっさと抜けやこの筋肉女!」

「な、こんなみんなが見てる前で抜けだなんて! 流石にそれは恥ずかしいのであっちの草むらにしてください!」

「何抜こうとしてんだこの変態! ってかおいそこの猪! ぼけっと見てんじゃねえ! 俺よりお前の方が力があるんだから代われや!」

「え? お、おう」

 戸惑いながらも交代する猪魔族。

「せーので引っ張れよ? はい、せーのっ!」

「えいっ!」

「ふんっ!」

 合図ととも引っ張られた剣は、金属が擦れ合う甲高い音を立てて、勢いよく抜ける……ことはなく、ボキッと小気味よい音を立てて真ん中から折れてしまった。

「「「「…………」」」」

 訪れる沈黙を破ったのは、猪魔族だった。

「いや、あの、なんかすまん」

 バツの悪そうに、伏し目がちに言う魔族。

「気にするな。よく考えてみろ。お前のせいじゃないさ」

「…………マジやん」

 猪魔族は襲いかかってきた!


「はあああああ!!!!」

 エレンの不発に終わる魔法。

「おらああああ!!!!」

 俺の空振りに終わる拳法。

「ぶははははは!!!! おいおい人間族はいつからこんなポンコツになったんだ? こんな雑魚に魔王様は苦戦してんのかよ! 俺なら世界とったるでえ!!!!!!」

 爆笑する猪魔族。

 剣を折られた後、堪忍袋の緒が切れたのか、ブチギレて襲ってくる魔族に俺たちは苦戦を強いられていた。

 人の物をぶっ壊しておいて、逆切れするなんて、けしからん奴だ。ってうおっと!

「ほう、中々上手に避けるじゃないか」

「まあ、避けなきゃ死ぬような、攻撃ばっかしてくる奴がいたからな! おら、お返しだっ!」

 俺の渾身の右ストレートはぼすっ、と俺の拳は猪魔族の右肩にヒットし。

「おい、何だそれは」

「ちょ、ちょっとラボ! さっきからあんたの攻撃全然効いてないじゃない! ふざけてんの!?」

 そんなこと言われもなあ……。俺腕力ないもん。

「はあああああ!!!!」

 不発に終わるエレンの魔法。

「あんたに至っては叫んでるだけじゃないの! 呪文を唱えなさい! 呪文を!」

「はあああああ!!!! …………エルンは呪文を唱えた。しかし何も起こらなかった」

「あんたマジでぶっ殺すわよ!!!!!」

「ぶははははははは! 何だ! 何だその非力さは!」

 猪魔族の振るう剣は凄まじい速度で迫ってくる。剣戟の一つ一つが空気を切り裂き、風を生む。なんとか全てを避けきってはいるが、それも長くは持たないだろう。

「お、おいお前ら! 俺に攻撃は期待すんな! そっちでなんとかしてくれ!」

「はああ「「それはもういいから!」」」

 ちっ! あの役立たずが! 基本的な呪文は昨日教えただろうが!

「あんた達それでよく魔王討伐に連れてってくれって言えたわね! 尊敬するわ」

「ぶはははは! 貴様らが魔王様を倒すだと? 走っただけで気絶するポンコツに魔法も唱えられないポンコツ、筋力のないポンコツと乳のないポンコツ共が調子に乗るでないわ!!!!」

「はあ! 今あんた私のこと貧乳って言った? 言ったわね!? ぶっ殺すわよ!?」

「その意気だ乳なし!」

「頑張れ貧乳魔法使い!」

「あんたらも覚えときなさいよ! って、きゃあ!」

 まともな攻撃力を持っていない俺を無視し、猪魔族は標的をユーリ達へと変える。

「ぶはははは! どうした小娘! ほれ! ほーれ!!」

 近くに転がる石を手当たり次第にユーリへと投げつける猪。

 拳大のものから人の頭くらいのもの、大小様々な石が猛スピードでユーリを襲う。

「ちょ、う、うわ!」

 必死に躱すユーリ。

 それもそのはず、あまり強い方ではないだろうが、相手は魔族なのだ。ただの石でも当たってしまえば、人間族にとっては致命傷だろう。

「ほう。なかなか逃げ回るのが上手いではないか。では、これならどうかな?」

 にやにやとしながら、猪魔族はそう言う。彼の目の前には人一人ほどの高さ、幅がある大きな石、というよりは岩。

「は? あんたそれ投げる気? バカなの? 辞めときなさい、腰やっちゃうわよ?」

「貧弱な人間族と一緒にするでないわ! ふっ、ぬおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 叫び声と共に徐々に宙に浮いていく岩。ついには、猪の頭上に掲げられてしまう。

「ふー! ふー! どうだ人間! こ、これが魔族の力だ!」

 猪魔族はぷるぷるしながら言う。

 おーすげえ。

 どうやらユーリも俺と同意見のようで、猪魔族を感心したように見ている。

「すっごいわねー。よく頑張ったわ」

「そうだろうそうだろう! ぶははははははは!」

「ほい、“サンダーボルト”」

 瞬間、ユーリの杖の先から光りが放たれたかと思うと、魔族の肩を打ち抜いていた。

「ぐおっ! き、貴様何を!」

「“サンダーボルト”“サンダーボルト”“サンダーボルト”」

「き、貴様汚いぞ!」

 岩の重さで思うように動けない魔族は満足に防御もとれずに、ただただユーリの魔法に晒される。

 先ほどから思っていたが、あいつはひょっとしてバカなのだろうか。

「と、というよりなぜ貴様なんぞが魔法を詠唱なしで・・・・・・ぐふっ!」

にやにやとしていた先ほどまでとは表情が一変し、魔族の顔は苦痛と驚きの表情が現れる

 魔法名だけを口にし、詠唱を省略する無詠唱魔法。深い理解と高度な魔力操作が必要とされる高等技術だ。そんなものを、見るからに駆けだし集団の魔法使いがやってのけたのだ。驚くのも当然だ。正直俺も驚いている。

「魔法学園始まって以来の天才と呼ばれた私を舐めるんじゃないわよ! “サンダーボルト”“サンダーボルト”“サンダーボルト”」

「うおおおおおおっ!」

 凄まじいスピードで飛んでくる稲妻を猪魔族は避ける事はできず、必死に歯を食いしばって耐えるしかない。もはやそれは戦闘というより、魔力切れでユーリが倒れるか、体力切れで魔族が倒れるかの我慢大会の様相を呈していた。

「あの人間やりますねー。学校を卒業したばかりでほとんど実戦経験はないらしいですよ。さっき聞きました」

 いつの間にか側に寄ってきていたエレンが、暢気にそんな事を言い出す。

「まさか、魔族相手にたった一人であれだけ戦えるなんて」

「そうだな、なんであれが勇者じゃないんだろうな」

 俺は戦闘に巻き込まれないよう、遠くに転がされた勇者を見る。

「まさかラビ様より体力がないなんて驚きですよ。あれ、やっぱり魔王を倒すのは無理なんじゃないですか? 今のうちに殺しときますか?」

「それはだめだって言ってるだろ? 仮にも勇者なんだ。ずっとこのままって事はないはずだ」

「ふーん、そういうものなんですかねえ・・・・・・と、戦いが終わったようですよ?」

 エレンの言う通り、決着がついたようだ。

「ぶははははははは!!! そこそこ楽しめたぞ小娘よ! 後二、三発魔法を打つ魔力があれば我を倒せたであろうになあ!」

 勝者は猪魔族。魔力を使い果たしたユーリは地に倒れ気絶しているようだ。

 ユーリには少し悪い事をしたが、これで魔族の強さを学習しただろう。

 今後のユーリの成長に期待しつつ俺は猪魔族へと向き直る。

 稲妻によって皮膚は焼かれ、すでに満身創痍。本当に駆け出しが一人でここまでやったとは信じられない。ひょっとしたら、リリアが走っただけで気絶しなければ、二人で倒せたのかもしれない。

 そんな事を考えているうちに。

「さて、残るは貴様らのみだ、ポンコツ共よ! さあ聞かせてみろ貴様らの悲鳴を! 懇願を! 絶望の叫びを!!! ぬあああああ!!!!」

 猪魔族は両手を大きく振り、岩を投げつけてきた。

「死ねええええええええ!!!!!!」

「“燃えろ”」

 猪魔族の叫び声と共に、俺は魔法を放つ。

 概念魔法。

 概念の発言だけで魔法を行使する、無詠唱魔法を超える超高等技術。

 それをいとも簡単に行使する俺。かっこいい。

 ユーリの放った魔法とは比較にならないほどの魔力を注ぎ込まれた炎の魔弾は、岩にぶつかった瞬間燃え上がり、一瞬のうちに蒸発させる。

 ふむ、さすが俺。なかなかの威力だ。

「……ふぁ?」

「相変わらず魔法だけはとんでもないですねー。石が蒸発なんて、今の魔王様でもできないんじゃないですか?」

 エレンは呆れた顔をしながら言う。

「だけってなんだ、だけって。他にも色々すごいとこあるだろ」

 頭の良さとか、かっこよさとか。

「お、おい仮面の男! 一体、一体何を……」

「ねえラビ様。もうこの猪さんぶっ飛ばしてもいいんじゃないですか?」

 正気を取り戻した猪魔族に無慈悲な言葉をかけるエレン。

 お前、魔族と戦いたくないんじゃなかったのかよ……。

「いいぞー。やっちまえ」

 まあ、俺も早く帰りたかったので、許可するのだが。

「はーい。じゃあ猪さん戦いましょう! ちなみに私はさっきの岩くらいなら片手で持てますよ!」

 エレンはニコニコしながら猪魔族へ襲いかかった。 


「ぎいやああああああああああああああああああ!!!!!!! すんませんすんませんすんません!!!! まじ許してくださいほんますんまへん!!!!!!!!! 死ぬううううううう!!!!!!!!」

 数分後、猪魔族はエレンにボコボコにされながら悲鳴と懇願と絶望の叫び声を挙げていた。

「いや、マジすんませんすんません! もう許してくだ・・・・・・ぐぼお!」

 悲惨なまでに一方的にボコられた猪魔族は、号泣しながらお願いするも、無残にエレンからの顔面キックを食らう。

「お、おいエレン、そろそろやめてやれよ・・・・・・」

 俺がやっていいぞとエレンに言ったのだが、さすがにここまで一方的に殴られているのを見ると可哀想になってくる。

「あ、ありがとうございます! あなた様は救世しぶほっ!!!!!!!!!」

「だから辞めろって!」

「えー、だっていま唾飛んだんですもん」

 そんな理由で殴るな。

「すんまへんすんまへんすんまへん・・・・・・」

 ほら、すっかり萎縮しちゃったじゃないか。

「おいお前。名前は?」

 俺はエレンを手で制止しながら名前を尋ねる。

 いい加減、猪魔族なんて言いにくいからな。

「アプライザー・シュデルヘンと申します」

 なんだコイツ、人の好意を無視して言いにくい名前しやがって。

「よし、じゃああっくんな」

「で、ラビ様。あっくんはどうするんですか? 殺しますか?」

「ひぃぃぃぃぃ!!」

「殺さねえよ! 牙でも折って魔法でどっかに飛ばしとけば討伐の証としては十分だろ。死体はたまたまエレンの魔法が発動して木っ端微塵になった設定で行こう」

「ラビ様? エレン・・・・・・? もしかしてあなた方は・・・・・・」

「あ! 気づかれましたよラビ様! ぶっ殺しましょう!」

「やめんか! 魔法で記憶消せるから良いんだよ。まあ、ちょっと間違えたら他も色々消えるんだが」

「は? え? ちょっ、ちょっと待ってくださいラビ様! 牙は、牙はやめてください! 牙は我が一族の誇り。そ、それがないと……うっ! うぅぅぅ……」

 もしかして牙がないと相当大変なんだろうか。大の男のガチ泣きに、少しだけ話を聞いてやろうかと、左腕をブンブン振り回しているエレンに制止をかける。

「こ、これは先祖代々受け継がれてきた牙なんです。代を重ねる毎に太く長く輝いていくんです。戦乱の世の中、父は子の立派な牙を見て、戦場へと旅立つんです。もう会うことは叶わない子の牙を見ながら。父が子へ、子はさらに子へ、そうやって受け継がれてきた大事な牙なんです! これがないと……うぅ」

 ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、嘆願する猪魔族。

 そんな、彼を見て、基本的には血も涙もないエレンも、流石にかわいそうになったのか、優しげな笑みを浮かべながら告げる。

「大丈夫ですよ猪さん。牙は二本あるじゃないですか。一本くらいなくたって大丈夫です。脳みそがないラビ様に比べれば大した問題じゃないですって」

 こいつ本当にぶっ殺してやろうか。

「え……脳みそが…………?」

 お前も信じるなよ。

「おい、話が脱線してるぞ。確かに大事な物ってことは分かったが、それがないとどうなるんだ。その話だとその牙、父親が戦に出る時だけあれば良いだろ。理由と他のものを差し出せ。討伐した証として持って帰るんだから、適当なものだとこっちとしても困るんだ」

「い、いやでも、俺の子が……」

「戦で片腕を失った英雄ルゥの息子には両腕があっただろ。親の体の欠損は子とは関係ない。お前の牙はしっかり子に受け継がれる。……理由と他のものを頼む」

 はっきり言って気が進まない。憚られる。子に受け継がれるとは言っても、彼の牙だって親から貰った大切なものだ。

 一方的にボコボコにした挙句に大事な物を差し出せなどと、本来であれば口が裂けても言いたくない。だが、猪魔族の牙に対する真摯な想いがあるように、俺にだって想いはある。

 半端な物では許されない。最低でも腕や目玉など重要なものをいただくことにはなる。だが。

 だが真に子のことを思うのであれば──。

「え? 理由って、女の子にモテなくなるんです。俺に子ができなくなっちゃいます。他のものなら倒されましたって一筆書くんで、俺のサインも付けるんで、それでお願いします」

 ………………。


 逃げ惑うあっくんの牙を叩き折り、記憶を強制的にリセットした。


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