二度目のお願い
「「せーの、お願いします、仲間にしてください!!!!!」」
「い、いやちょっと、君たち! また!? さっきも断ったよね? 仲間にはできないって」
天下の往来、多くの人が行きかう中、昼食兼作戦会議を終えた俺とエレンは頭を下げる。
勇者め、魔王軍四天王のこの俺が二度も頭を下げているのに断るとは。魔王の奴でさえ俺が泣きながら土下座したら大抵の事は許してくれるのに・・・・・・泣いてみようかな。
と、そんな事を考えていると、勇者の仲間と思われる少女が勇者に話しかける。
「こいつら何・・・・・・?」
黄金に輝く長髪に青い瞳。まるで物語に出てくるお姫様のような見た目の可憐な少女は、その身に白いローブ、手には杖とどこからどう見ても魔法使いの装い。
そんな彼女の問いかけに勇者リリアは答える。
「い、いやさっき話した、いきなり土下座してきた……」
「ああ! こいつらが! さっきはうちのリリアがごめんね。話も聞かず立ち去っちゃったみたいで」
いきなり頭を下げる俺達を見て、おぞましい物でも見るような目を向けていた勇者の仲間はリリアの言葉を聞くとぱっと顔を輝かせながら謝ってくる。
「そうです。この人ひどいです。私傷つきました。慰謝料として仲間にしてください」
今ならいけると思ったのか、エレンが便乗するも。
「いや、無理」
「うわーーん。ラボーー!」
一蹴されて、抱きついてきたエレンの頭を撫でていると、勇者は仲間より叱責を受けていた。
「こら! リリア!」
「いやでも、いきなり土下座してくるんだよ? 絶対頭おかしいって」
「それだけ魔王を倒したい証拠でしょ?」
「こんなの仲間にしても、絶対足引っ張るだけだよ」
「でも私たち二人で魔王には勝てないでしょ。どのみち仲間を増やさなきゃいけないんだからこの人達で良いじゃない。というよりこの前来た人奴より大分マシでしょ?」
「あれは最悪だったけど、この人たちもなかなかだよ?」
「実力はありそうよ? 二人とも全然隙がないし、普通の人とは違う何かを感じるわ」
お、右だったか。
「何かって・・・・・・そんな勘に頼って仲間を増やすのは良くないかな」
「大丈夫。私の勘はよく当たるの」
左向いてるからセーフなんだよなあ。
「当たるって、ユーリの勘のせいで、この前の人大変なことになってたじゃん」
「あれは私たちの仲間にはふさわしくなかったってことよ。それに今回の魔王は強過ぎて、仲間になりたいなんて酔狂な奴そうそういないわよ」
おい、斜めはずるいだろ。
「いや、そもそも私、魔王討伐なんて行きたく」
「は?」
その一言で空気が凍り付き、俺もエレンもあっちむいてほいを中断し、何事かと彼女達の方へ向き直る。
「いや、私は魔王討伐なんて」
「ん?」
ユーリの冷たい声音に黙らされる勇者。いや勇者だけではない、俺もエレンも彼女の魔族への憎悪を含んだ声、瞳に行動の自由を制限される。
「い、いやだから私は」
「え?」
「わ、私は・・・・・・」
「私は?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ふふふ。良く我慢できました」
半泣きになりながら口を紡ぐ勇者の頭を撫でながら彼女は俺たちへ向き直った。
「で、あんた達は私達の旅に同行したいのよね?」
「あ、ああ」
先ほどまでの彼女の迫力に、俺は生返事しか出来なかった。
「魔王が強いってこと分かってる?」
「もちろん」
あいつの強さを俺以上に分かってるやつなどいないだろう。何せ百戦百敗だからな。
「ふーん、じゃあテストしましょう」
「テスト?」
「勇者の仲間にふさわしいかどうか。とっても楽しいテストよ?」
そう言って勇者の仲間ユーリは不適に笑うのだった。
「ねえラビ様? どうするんですか?」
明日の試練に備えるため、いったん魔王軍四天王に与えられた城に戻ってきた後、エレンはそんなことを尋ねてくる。
どうするって聞かれてもなあ。
俺たちに与えられた課題。その内容は・・・・・・。
「最近街の近くの砦に住み始めた魔族の排除かあ・・・・・・」
「いくらラビ様の命令でも同胞を殺すのは嫌ですからね?」
そんなのは俺だって嫌だ。
「別に殺さなくてもいいだろ。ちょっとボコボコにして、追っ払えば」
「まあ確かにそうかもですけど。やっぱり計画に無理がありますよ。どこかで絶対ばれますって」
「・・・・・・・・・・・・」
エレンの言っていることは正しく、俺の計画が間違っていることはわかっている。どこかのタイミングで確実に同族を手にかけなければならないだろう。俺が魔王軍四天王だと露見し、魔族と人間族両方を敵に回す可能性も高い。しかし――。
「お前はここで作戦から離脱してくれ。ここからは俺だけでやる」
――それでも俺は魔王にならないといけない。
まあ、他に仕事はないんだが。
「それは嫌です」
そ、そんなにニートが嫌なのか。俺なんてほぼニートなんだが。
「は? いや、だめだって。多分魔族殺すときが来るし、魔王軍に作戦がばれたら全世界から敵認定だぞ」
「え? 別にかまいませんよ?」
けろっとした表情で言うエレン。
「いや、さっき魔族殺すの嫌だって・・・・・・」
「まあ、確かに殺したくないですし、そんな命令をラビ様から言われたくありません。でも無理じゃありません。ラビ様のためなら殺しますよ、誰であろうと」
え、じゃあ魔王ぶっとばして来てよ、とは冗談でも言えない雰囲気。
「いやそんなマジ顔でお前・・・・・・」
結果、俺はそんなまともなことしか言えなかった。
「それに世界が敵なんて、子供の頃で慣れてますよ」
真剣な顔から一転、どこか悲しげに笑う少女を前に俺はもう彼女を置いて行くなんて選択肢を口にすることはできなかった。
「反論はないようですね。なら作戦会議といきましょう!」
そう、笑いながら言う彼女の顔はどこか切なくて、寂しげだった。
「まず、今回の試験はどうするんですか? いきなり魔族と対面ですよ? 私はそこまで有名じゃないからばれないかもしれませんが、ラビ様は確実に正体がばれますよ?」
と、いつもの調子を取り戻したのか、エレンはそんな事を聞いてくる。
「そうなんだよなあ。はっきり言ってこんな序盤で魔族に挑む事なんて想定して無かったから、追々考えて行けばいいと思ってたんだよ」
「大分見切り発車ですね。・・・・・・まあいつものことですけど」
そうバカにしてくるエレンを無視して、思考を進める。
人間族は魔族だけと戦っている訳ではない。そこら辺に生息する魔物なんかも、人間族にとっては倒すべき敵であるし、魔族よりも圧倒的に数が多い。だからこそ、魔族なんて相手にするのは当分先のことだと思っていたのだ。
そして、四天王とは魔王を除いた魔王軍のトップに君臨する存在。いくら影の薄い俺だとしても、さすがに顔はほとんど全ての魔族に知られている訳で・・・・・・。
「どうするかなあ。今日やってた変装くらいじゃ簡単に見破られるだろうしなあ」
今後魔族にあった際にいきなり見た目が変わるのは怪しすぎるため、俺とエレンは髪の色を魔法で変え、名前もそれぞれラボとエルンとしていたのだが、おそらくそれだけでは足りない。
「もうちょっと魔法で外見を変えた方が良かったんじゃないですか? 私はもう少し鼻を高くして欲しいです」
気に入ったのか、桃色から青色へと変わった髪をフリフリと揺らしながら、エレンは言う。
「お前の整形の希望は聞いていない。それに、変身魔法ってのはイメージが大事なんだよ。これから勇者と旅する間はずっとその姿でいなきゃいけないんだから、元の顔どんなのか忘れて元に戻れなくなっちゃうだろ?」
「あー、ラビ様バカですもんね」
こいつの顔は今日からちょっとずつオークに似せていこう。
そんなどうでも良いことを決心しつつ、明日はどうしようかなあと考え込んでいると、エレンは何か思いついたようで、ニコニコしながら聞いてくる。
「鼻と顎。どっちが良いですか?」
「は? 何? 何の話?」
「折る骨の話ですけど」
一体何を言ってるんだコイツは。
「おいちょっと待て、どういうことだ。なんでいきなり俺が鼻か顎の骨を折られなきゃいけないんだ」
「いや、顔の形を変えたらばれないかなーって」
「そこまでしなくていいだろ! 顔隠せば良いんだから、包帯とかハンカチとか巻いとけば良いんだよ!」
「でも魔族と会う度に顔面にいろいろ巻いてたら不自然ですよ?」
「魔族と会う度に顔面怪我してる奴よりはマシだわ!」
一体コイツはどんな思考回路をしてるんだ。
「まあまあ、痛いのは一瞬だけなんでそこまで心配しなくても良いですよ。ね? ね? 良いでしょ? ここは我慢して、一発殴らせてくださいよ。ラビ様は顔が変わって幸せ。私も日頃の恨みを晴らせて幸せじゃないですか」
「嫌だよ! お前が殴りたいだけじゃねえか! お、おいちょっと待て! 俺に良い考えがある! 考えがあるからその振り上げた右腕を下ろせ・・・・・・ぶはあっ!」
容赦なく叩きつけられた拳が、鈍い音と共に俺の鼻が潰され、俺の意識は暗転する。
「人族はこの世の絶対悪であり、生きていてはいかんのだ!」
「戦いなさい! 全ては人族を滅ぼすため! 先祖の仇を討つのです!」
「人族を絶滅させるまで私達の戦いは終わりません。さあ行きなさい、未来の英雄達よ! 人族の滅亡こそが我らの悲願!」
懐かしい記憶が蘇ってくる。
殺せ、滅ぼせ、蹂躙せよ。人族への怨嗟の声が木霊する。魔族なら子供の頃から繰り返し聞かされる言葉が、まるで走馬灯のように頭を巡る。
人族と魔族。二つの種族はお互いに憎み合い、その憎悪は親から子へと受け継がれてきた。おそらくもう最初になぜ争いが起こったのかなど知る者などいないのだろう。戦で親や恋人、友人等の近しい存在を失い、生活基盤を奪われ、故郷を滅ぼされた。原因は戦であるのに、一方的に相手方へと恨みを向け、さらに戦禍を広げていく。何千何万年と続けられてきた戦いはすでにどちらかが滅びるまで終わらない段階に来ていた。
ひどく愚かな行動だ。心底そう思う。
ただ、そんな率直な感想を誰かに言ってしませば、人族だけでなく、魔族まで、全世界が敵に回る事など用意に想像できた。
だから、そんな率直な感想を伝える事ができたのは今まででたった二人の女の子だけ。
「じゃあ、私と二人で戦争を止めよ? そして、平和な世界で私とラビで幸せな毎日を送るの! 子供は、えーと一人で良いかな? 名前は・・・・・・あっ、私達から一文字ずつとってビリってのはどう?」
そう笑って言うのは幼馴染みの女の子。正直、子供の名前については話し合う必要がありそうだが、当時の俺たちは幸せな未来に思いを馳せ、実現に向けて二人で共に歩むことができたはずだった。
「は? バカなんですか?」
口をへの字に曲げてそう言うのは、年下の女の子。唯一の部下であり、そこそこ付き合いが長かったため、打ち明けたのだが・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
「バカはお前だああああああああっ!!!!!!!!!」
「うわあっ!」
怒りから、意識を取り戻した俺の目に映ったのは唯一の部下の顔。驚きの表情に染められ、大きい瞳がさらに大きく見開かれていた。
「いきなり何なんですか? 何の根拠もなく人をバカ呼ばわりする人が真のバカだと私は思います」
「上司をぶん殴る奴なんてバカ以外ないだろ」
「いや、ラビ様が腕を下ろせって言ったんじゃないですか」
「振り下ろせって意味で言ったんじゃない。ていうか、おい、お前何してる?」
後頭部に感じる柔らかな感触。目に映るエレンの顔、というよりそれ以外何も見えない状態で、俺は目の前のバカに問いかける。
「へ? 膝枕ですけど」
「そうか。じゃあなんでこんなに顔が近いんだ?」
視界いっぱいに映ったリリアの顔が少し羞恥に染められる。
「ちょっとエッチな事をしようとしてますけど」
「異性を殴り倒した挙げ句、エロい事をする奴が世の中でなんて言われるか知ってるか?」
「・・・・・・愛の戦士ですかね?」
「そうだね。狂戦士だね」
手の施しようのないほどイカれてしまったエレンの膝枕から起き上がろうとすると。
「っ!」
鼻に走る激痛が襲う。
「あーっ、そんなに急いで動いちゃいけませんよ? 鼻が折れちゃってるんですから。もう少し私の膝枕で休むと良いですよ。優しい私はラビ様のためにいつまでも膝を貸し出す所存です」
・・・・・・鼻折ったのお前だろうが、そもそも上司の顔面殴る部下がどこにいるのか、等々色々文句は言いたいが、とりあえず今は置いておこう。
「“癒やせ”」
魔法を行使し、俺は目の前のアホに潰された鼻を修復にかかる。
「あ・・・・・・」
魔法により、俺の鼻の周りに集まる光の粒が、顔の形を正常なものへと戻していく様を見ながら、エレンは感嘆の声を漏らす。
癒やしの魔法は最下級のものでさえ、多大な魔力と技術を必要とする。へし折られた鼻を元に戻すことなんてできる奴はこの世でも一握りの存在だけだ。
「・・・・・・ラビ様」
ようやく俺の凄まじい実力に気づいたのか、エレンは尊敬の眼差しを。
「顎を折った方が良いなら最初から言ってくださいよ。えいっ!」
・・・・・・向けることはなく、俺の意識は闇へと舞い戻っていった。