勇者との出会い
十六年前、私はとある名家で生まれた。
戦闘民族と名高いシェパード家では、魔法の使えない私は落ちこぼれだった。父や母からはもちろん、歳の近い姉からもいないものとして扱われ、いつもいつも一人で過ごしてきた。
七歳になった頃には、一族の者は一族で鍛え上げるという慣例も私には適用されず、帝都の学校へ預けられた。
そこで彼と出会ったのだ。
魔法の才能に恵まれ、体術の神に見放された二つ年上の男の子。魔王になると叫び、爆笑される姿を最初は格好悪いとさえ感じた。
剣と魔法が全てのこの世界。
いくらラビ様のように魔法が使えても、それだけで魔王になるのは不可能だ。
いつからだろう、彼のことを好きになったのは。
いつからだろう、彼のことをこれほど愛してしまったのは。
いつからだろう――。
「仲間にしてください勇者様!!!!!!!」
――大通りで同い年くらいの女の子に土下座するほど、ラビ様の頭が悪くなったのは。
「「いや何してるんですか!?」」
俺の華麗なる土下座を見て、二人の少女の悲鳴がこだまする。
目の前には二人の少女。一人は俺の忠実なる僕のエレン。もう一人は、勇者リリア。おそらく、国から送られたであろうキラキラとした鎧に凄まじい魔力を放つ聖剣。漆黒の髪と瞳を揺らして、整った顔立ちをまるでバカを見るような表情に歪める少女。勇者と聞いてどんなゴリラみたいな女が登場するかビクビクしていたのが馬鹿らしくなってくる。
「おいおい、こんなところで大声を上げるなみっともない。皆さんがどうしたことかとこちらを見ているだろう」
まったく、こんな人通りの多い場所で大声をあげるなんて、こいつらは常識というものがないのか。
「いや、こんな人通りの多いところで土下座する方がみっともないと思います」
エレンは、俺の腕を持ち、無理やりに俺を立たせながら言う。
「そ、そうだよ君。皆が注目してるのは君がいきなり土下座したからだよ!」
大勢の目線に晒されたのが恥ずかしかったのか、顔を少し赤らめながら、控えめな声で怒鳴るリリア。
「いやでも、勇者様の仲間になるために気合入れようかと」
「こんなアピールの仕方初めて見たよ……」
「なら合格ということで?」
「不合格だよ!」
「さすが勇者の面接……。これくらいでは仲間にしてもらえないらしい。どうするエルン?」
「いや私に振らないでください。というよりちょっとこっちに来てください」
華麗なお願いを断られてしまい、助けを求めるものの、エレンは勇者から少し離れたところへ俺を引っ張って行き、耳元へ小声で話しかけてくる。
「人間族を利用するんですよね!? なんでいきなり人間族の王都へ魔法で移動したかと思えば、勇者に土下座してるんですか!? 魔王軍四天王としてのプライドはないんですか!?」
プライド? そんなもんあっても魔王は倒せない。
「いや、これも作戦だって。勇者の仲間になるのが第一歩なんだよ」
「そのためだけに土下座したんですか!?」
「いや、土下座だぞ? 最上級の礼をもって頼んだんだぞ? これで俺と勇者は仲間だ。親友と言っても過言じゃない」
「思いっきり断られてたじゃないですか!」
「そうなんだよなあ。さすが人間族。礼節を軽んじるその心。いつか思い知らせてやる」
「いや、あの頼み方で引き受ける人は魔族でもいませんよ。これだからぼっちは」
「はあ? お前も大して変わらないだろ! このくそボッチ!」
「いますよ! 私にはラビ様と違って友達いますよ! この馬鹿! もういいです! ちょっとそこで見ててください! 超絶リア充の私がコミュ力でサクッと勇者の仲間にしてもらいます!」
エレンはすたすたと勇者のもとへ歩いていく。
一体どうするのだろうか。
「すみません勇者様。ちょっとラビさ、ラボが先走っちゃって。私たち勇者様の仲間になりたくて王都まで来たんです。ちょっとお話をさせていただけませんか?」
「いや、すみません、急いでるので」
勇者はすたすたと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私たち故郷の村を魔王軍に滅ぼされて……。ぐすっ! す、少しだけでもお話聞いていただけませんか?」
おおっ!
嘘泣き、上目使い。自分の可憐な見た目を最大限に生かしたぶりっ子ポーズ。これならいけ――。
「ません」
――そう言い残し、勇者は早足で去って行った。
「ラビ様、あのくそ女殺しましょう」
作戦会議をするべく、入った食堂でエレンは開口一番そんなことを言い出した。
「いや、あいつの仲間になるのが作戦の要なんだって!」
「あのバカ女の仲間になるんじゃなくて、次の勇者に期待しましょう。それもだめならそれも殺してその次に期待しましょう」
いつからこんな脳筋に・・・・・・。
「そんなにポンポン勇者を殺してたら人間族警戒するだろ。極力俺が魔王になるまで、人間族に危害を与えるの禁止な」
「いやでも……」
「おっ、これ美味いぞ。人間族にもなかなかいい腕を持ったコックがいるもんだ」
「もう! そうやって嘘ばっかり。人間族においしい料理なんて作れるわけ、ってうまっ!」
人間族の作る料理に舌鼓を打ちながら作戦会議は進んでいく。
「で? 今後どうするんですか? あの勇者もう完全に私たちのことを頭おかしい連中だと思ってますよ? というより、勇者の仲間になる必要性はあるんですか? こそこそっと後ついていけば良いじゃないですか」
「……あの勇者が魔王とまともに勝負できると思うか? 勝たなくても良い、あの魔王を追いつめられるほどいい勝負ができると思うか?」
「無理ですね。勇者として活動し出したのは最近らしいですが、いくら成長したところで今の魔王様とまともに勝負できるほどの器ではないと思います」
エレンは考える間もなく即答する。
「まあそうだろうな。俺たち四天王程度ならあいつでも何とかなるかもしれんが、魔王は無理だ」
それほどまでに今の魔王は別格の強さを持っている。
エレンはそんな俺の言葉を聞くや否や、ニコニコしながら語り出す。
「じゃあ計画中止ですね! ここのご飯を食べてさっさと帰りましょう」
「だから俺が来たんだろ?」
「はいはいそうですね。ラビ様が仲間なら魔王様の一人や二人余裕ですね。あっ、この料理おいしい。なんて料理なんだろ、帰って調べよ」
「それはたこ焼きだ。そして帰るな。俺の話を聞け」
「へえ、たこ焼き。帰るのはやめて、本屋さんでレシピでも買いましょう」
「いやほんとに話聞いて? お願いだから。給料下げちゃうよ?」
「いや給料なんてもらったことないですから。いつもお金なくて二人で庭で栽培した野菜を食べて飢えをしのぐ毎日じゃないですか」
しょうがないじゃん。四天王なら相応の働きをしろって言って魔王がお金くれないんだもん。二人で戦争で活躍なんてできないんだもん。
「大体四天王が求人出してるのに何で誰も応募しないんだよ。四天王直属部隊だよ? エリートコースじゃん」
「いきなり何言い出すんですか。それに、それはラビ様のせいですよ。魔王様に喧嘩を売ってボコボコにされてるとこ見て育ったんですから。あそこは魔王様に嫌われて出世できないって皆言ってますよ」
「ボコボコじゃない。ポコポコくらいだ」
「いや擬音の問題じゃないですから。ラビ様の問題ですから」
「四天王の中じゃ一番まともな魔族だと思うけどなあ……。まあそんなことはどうでもいい。俺の計画を聞け」
「はあ。しょうがないですねえ。聞いてあげますけど、成功して魔王様になった暁には私を一番の功労者としてご褒美をいただきますからね。お嫁さんにしてもらいますからね」
「やっぱ聞かなくていいわ」
「おい」
さすが戦闘民族といったところか、凄まじい眼光を宿し、こちらを睨めつけてくるエレン。
「ま、まあ、簡単に言うと、仲間としていい感じに勇者に魔王の弱点を教えて、辛勝したところで背中から刺すんだよ。魔王を倒した勇者を倒した俺という構図が出来上がり、俺は魔王となる」
「……筋書としては悪くはないですけど、上手くいきますかね? 途中で魔王軍ってばれるんじゃありません? 四天王や魔王様はラビ様の顔を知ってますし、戦ってるときにばれるんじゃ……?」
「そこは任せておけ。秘策がある」
「はあ、まあほどほどに期待しておきます。ごちそうさまでした」
「期待しておけ。ごちそうさまでした」
作戦会議は無事終了し、店を出るときに気づく。
……人間族の通貨もってないや。