旅立ち
『将来の夢は魔王になることです!』
俺が今までの人生で一番笑いをとった言葉だ。
冗談で言ったわけではない。七歳の頃の俺は真剣にその夢を抱いていた。
いや、確かに難しいことだとは思うが、爆笑することはなかったのではないだろうか。魔法に関してはクラスで一、二を争う実力だった訳だし。・・・・・・体術は最下位だったが。
しかし、その後俺は頑張った! 今では魔王軍四天王だ。
ならば今こそ高らかに宣言しよう。
「俺は魔王になる!」
「ぶはっ! あははははははは!!!!!!」
「エレン、お前クビな」
「ええっ!?」
床を転げ回りひとしきり笑った後、エレンは驚いた様子で言う。
「クビ? クビですか? 私が? ラビ様唯一の部下である私が? 魔王様の依怙贔屓で四天王になった挙げ句、部下に志願する人がいなくてしょうがないから来てあげた私がクビですか?」
「黙れこの穀潰し! お前何も仕事してないじゃん! 領地を荒らす魔獣退治の時は全部俺が倒したし、はぐれドラゴンだって俺しか戦ってないだろ!?」
あの時は本当にひどい目にあった。
「ちゃんとお弁当は作ってあげたじゃないですかー」
「あんなくそ不味い弁当いらんわ! お前は戦闘要員として雇ったんだよ! 戦闘要員!」
「ええ!? こんなにかわいい女の子を?」
可愛いアピールなのか、小首を傾げて上目遣いで見てくる手下一号。
薄い桃色の短髪にどこか儚さを感じる整った顔立ち。体から伸びた長く細い手足。よくよく見てみると魔族のなかでもかなり上位の美少女だろう。
「いやでもお前シェパード家の家系だろ? あの戦闘部族の」
「いや戦闘部族って、そこまで獰猛な一族でもないですよ。それより、私はラビ様の性欲処理係かなんかだと・・・・・・」
「は? おっぱいでかくしてから来いや」
手下一号は戦闘民族よろしく襲いかかってきた。
「正直そこまで強くない俺が魔王になるにはどうしたら良いと思う?」
数十分の攻防の末、なんとかエレンを宥めた後、俺は問う。
「寝込みを襲う!」
「殺されかけた」
「毒物で暗殺!」
「便秘が治ったって言ってた」
「集団でリンチ!」
「俺友達お前しかいない・・・・・・。おい、さっきから何なんだお前は。辛いことばかり思い出させやがって」
「知りませんよそんなこと! セコいことばっかりやってるラビ様が悪いんですよ!」
人のトラウマを思い出せておいてこのふてぶてしさ。部下の人選を間違えたな。まあ他に志望者はいなかったんだが。
「で? どうやって魔王になるんですか? 正直無理だと思いますよ?」
「魔王の条件は? どうすればなれると思う?」
「それはまあ、絶対的な強さですよね。魔王様をぶちのめすのが一般的だとは思いますが、今の魔王様は歴代最強って言われてますよ?」
魔王。それは血気盛んな魔族を束ねる存在。魔王になるためにはいくつか方法があるが、一番簡単なのはエレンの言う通り、現在の魔王を倒すことだ。魔族は戦闘能力を重視するため、大体は最強の存在が魔王として君臨する。なので、それ以上の力を示せば魔王になれる。しかし、現在の魔王は歴代最強。俺では倒すのは不可能だ。
「ああそうだな。あいつの強さは俺が一番良く知ってる」
「そういえば同じ村の出身で幼なじみでしたね。だったら早く諦めた方がいいんじゃないですか?」
こちらを馬鹿にしたような目で見てくるエレンに対し、俺は不適に笑う。四天王随一の魔法使いであり、天才的な頭脳を持つ俺には秘策がある。
「漁夫の利だ」
「は?」
「漁夫の利」
「は?」
「昔ハマグリが」
「いや、意味はわかります。ラビ様と違って馬鹿ではないので」
は?
「つまり魔王様と誰かを戦わせて、良い感じにラビ様が魔王の称号をかっさらうつもりなんですよね?」
「お、おおそうだ」
な、何だコイツ。俺が三日三晩悩んだ末に思いついた秘策を一文でまとめやがって。バカだと思っていたが意外と頭が良いのかもしれん。
「で? 誰がそんなことできるんですか? 正直今の魔王様とまともに戦える人なんていないと思いますよ?」
「まあシェパード家のお前がそう言うのならいないんだろうな。・・・・・・魔族には」
「え?」
一体コイツは何を言い出すのだろうかとでも言いたげな視線を向けてくるエレン。
「人間族にはいるだろう? 魔王に対抗できる存在、勇者が」
人間族。
その言葉を口にした途端、エレンの表情は険しいものとなる。
「確かに愚かで醜く、弱い人間族にも勇者という例外はいます。魔王を倒す者として、これほどふさわしい者もいないでしょう。しかし、人間族の手を借りるなんて・・・・・・」
古来より、人間族と魔族は争い続け、その戦いは今もなお続いている。身近な者を戦争で失った者も大勢おり、魔族の大半は人間族にとてつもない憎悪を抱いている。
戦闘部族のエレンの家からはおそらく、多くの者が戦争にかり出され、命を落としたのであろう。人間族の手を借りるなど死んでも嫌だと視線で語りかけてくる。
「手を借りるんじゃない。人間族を利用するんだよ」
「利用?」
「そうだ。俺が魔王になるために勇者を利用する。愚かな人間族を俺たちで良いように利用するんだ」
「ほうほう。具体的にはどうやって?」
人間族を利用。その言葉に興味を示したのか、エレンは目をキラキラさせながらこちらを見つめてくる。
「ふっ。それは見てからのお楽しみだ。ついてこい。俺の素晴らしい作戦を見せてやる」
エレンに手で来いと合図を送りながら俺は魔王への道のりの第一歩を踏み出した。