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Phase.99 『何かいる その2』



「し、椎名さん……人が倒れて……」

「ああ。北上さんは、柵の内側にいてくれ。それで何かあったら、さっき言ったように皆の所へ知らせに行ってくれ」

「で、でも……」


 北上さんにそう頼むと、俺は柵を抜けて森の方へ歩いた。ゆっくり慎重に。剣を抜くと、警戒しながら一歩一歩と草陰に倒れている誰かの方へと近づく。


 間近まで行くと、まず声をかけた。


「大丈夫ですか? 意識はありますか?」


 反応は……続けて声をかけてみる。


「あなたは誰ですか? なぜここで倒れているんですか?」


 やはり反応はない。もしかして死んでいるのか? 


 懐中電灯でよく照らし出して確認してみると、倒れているのは男だった。服は破けていて、血で染まっている部分もある。身体中傷だらけなのだろうという事が見て取れる。


 も、もしかして本当に死んでいるのか?


 俺は北上さんの方を振り返り、彼女の顔を見ると唾を呑み込んだ。そして再び男の方へ振り向くと、もっと近づいて男の身体を揺すってみようとした。


 すると、男の身体がピクリと動いた。


「う、うわああ!!」

「ど、どうしたの? 椎名さん!!」


 北上さんが柵の外側に出てこようとしたので、それを慌てて制する。


「ま、待って!! こっちへ出ちゃ駄目だ!! さっき、この人が動いたからちょっと驚いて声をあげてしまっただけだ。問題ない」

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」


 男の身体を揺する。すると男は、「ううっ……」っと言って呻き声をあげた。い、生きている!!


 俺は急いで懐中電灯で森の中、周囲を照らし出した。よし、特に魔物はいないな。


「北上さん!!」

「は、はい!」

「ごめん、ちょっとこっちに来て手を貸してくれる。この人は生きている!!」

「うん。じゃあそっちに今行くから待ってて」

「ごめん、こっちへ来るなって言ったり、来いって言ったり」

「ううん。安全を考えてだし、臨機応変にって言葉もあるしね。椎名さんが正しいと思っての言動だって解っているから、別に謝る事じゃないよ」

「ありがとう。じゃあ、ちょっとこの人を丸太小屋の方まで運ぶから手を貸して」

「うん、解った! こう見えて私、結構他の女子に比べて力あるから、任せて!」

「よし、ありがとう! じゃあ、抱えあげるから両側から支えて運ぼう」


 北上さんと協力して男を抱えると、両側から肩の方へ手を回して北上さんと一緒に立ち上がらせた。そして一気に、柵の内側へ移動させる。


 男は呻き声をまたあげる。相当、身体を痛めているな。いざとなれば虎の子のポーションがあるが……男の状態をじっくり見てみてからでないと、判断がつかない。


 北上さんに「ちょっと待って!」というと、男を一度地面に下ろし、拠点内に戻る為に移動させた柵をもとの位置へと戻した。そしてまた男を抱え上げようとしたその時、男の顔をはっきりととらえた。この人は……


「椎名さん! どうしたの?」

「いや、この人……小貫さんだ……」

「え? もしかして椎名さんの知り合い?」

「ああ、知り合いだ。北上さん達がここへ来る少し前に、この『異世界(アストリア)』で知り合った人だ。他に佐竹さんっていう人と戸村さん、須田さんって人がいたんだけど。4人で『竜殺旅団(りゅうさつりょだん)』っていう名前のクランを結成していた」

「じゃ、じゃあ他の3人は? これだけ怪我しているし、もしかして魔物に襲われて……」

「解らない。兎に角、皆の所へ運ぼう。あれこれ考えるのはそれからでもいいだろう」

「う、うん」


 なんと俺達の拠点のすぐ外、柵の手前で倒れていたのは小貫さんだった。いったいどうしたっていうのだろう。


 俺と北上さんで、丸太小屋の前まで小貫さんを運んだ。するとそれを目にした翔太が声をあげて驚いた。未玖も大井さんも驚いている。


「こ、小貫さんじゃねーか!! ど、どうしたんだ? 何があったんだ!!」


 騒ぎに気付いたのか、鈴森も戻ってきたので俺と北上さんは、何があったか皆に伝えた。翔太はよほど、ショックを受けたのか小貫さんに近づいて彼の傷を見ている。


「いったい小貫さんを誰がこんな……そう言えば佐竹さんは? 戸村さんに須田さんもいたろ? 他の3人はどうなっちまったんだ!?」


 俺は未玖に、薬草畑から薬草を取ってくるように頼み、大井さんには丸太小屋からエイドキットを取ってきて欲しいと頼んだ。


「まずは、小貫さんの治療からだ。小屋の中に小貫さんを運ぶから、翔太と鈴森は手伝ってくれ」

「お、おう解った」

「了解した。でも警戒しなくていいのか? この男、魔物に襲われて……」

「鈴森、手伝ってくれ! そういうのは、後だ!」


 頷く鈴森。俺の言った事はちゃんと理解してくれているのは、俺も解っていた。でも先に小貫さんを助けなくちゃいけない。小貫さんのボロボロの様子に、鈴森も怖がっているのだと思った。


 小貫さんを小屋へ運び込んで寝かせると、未玖と大井さんが薬などを持ってやってきた。井戸で桶に水を汲んで、タオルと一緒に持ってきてもくれている。俺はそれを受け取ると、タオルを水に浸して小貫さんの顔など泥や土、血で汚れている個所を綺麗に拭いた。


「椎名さん、私がやるから」

「大井さん……」

「傷の手当てなら、任せて。椎名さんは考える事があるでしょ?」

「それはそうだけど……」

「大丈夫。美幸と未玖ちゃんもいるから」


 未玖と北上さんに目をやると、二人とも頷いて小貫さんの為に薬を用意したり、薬草をすり潰したりし始めている。


「解った、ありがとう。小貫さんが意識を取り戻したら、教えてくれ。それと命の危険性がある場合も。もしそうなったら、ポーションを飲ませるから知らせてくれ」


 ポーションという言葉を聞いて、大井さんが言った。


「ポーション? ポーションって回復薬の事?」

「ああ、そうだ。実は俺は、この『異世界(アストリア)』の回復ポーションを持っているんだ。俺もゴブリンに一度重傷を負わされて死にかけたんだけど、それで助かった。あれならまだあるし、小貫さんを助ける事ができる。でも、虎の子なんだ。本数が限られているから、これからの保険としてもできれば温存しておきたい」


 大井さんは「なるほど、そんなものが」と言って驚くと、小貫さんの治療に取り掛かった。


 小貫さんにいったい何があったのか? 佐竹さん達は無事なのだろうか? 俺はそんな事を考えながらも小屋を出て翔太と鈴森と向かい合って、これからどうするかを話した。

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