Phase.94 『異世界の畑』
翔太と鈴森が、拠点を囲っている柵に何か異常が無いかなどを見に行ってくれると言ってくれた。柵もかなり広げて拡張をしたので、敷地がかなり広くなっている。
それは言わば、俺達の自由にできる領土が増えたという事。でも同時に、異常が無いかパトロールしなければならない部分も多くなるという事でもある。
ちょっと思ったけれど、住んでいる部屋に似ているなと思った。俺の今住んでいる部屋は、小さい。だけど何部屋もあるような家に住めばそれだけ、自由に使えるスペースは多くなるけど、掃除したりしなければならない場所も同時に増える。それに似ていると言いたかった。
何にしても未玖と二人の頃は、俺が率先して周囲の柵を見て回っていた。だけど今は翔太や鈴森がいる。
鈴森はもともとそういう周囲を警戒したりとかそういうのが得意なようだし、好きみたいだから任せられる。任せられるという事は、俺も別の事ができると思った。
しかしそうは考えていても、じゃあ鈴森君お願いしますと直ぐに回路を切り替えられない。なんせこの心配性の性格は、今更どうにもならない。俺はてくてくと敷地内を歩くと、柵の方へ寄って行った。
最初は腰より少し高い位の柵だったけれど、今は2メートル以上はあるかな。それに一部、柵の向こうに馬防柵や有刺鉄線も配置している。
あっ!!
そう言えば追加の有刺鉄線を持ってきているんだった。最初に持ってきた量じゃ足りなくて、まだ柵だけの場所がある。そこにも杭を打ち、有刺鉄線を張り巡らす必要がある。
敷地内から柵の向こう――森の方へと目をやった。暗くて、何やら気配も感じる。きっと夜行性の魔物が潜んでいるのだろう。そう思うと、無意識に右手が腰に吊っている剣の柄に伸びていた。
更に柵沿いに歩いていると、少し向こうの方に翔太と鈴森の姿が見えた。柵沿いに歩いて、異常がないかチェックしている。しかもなんだか楽しそうに会話しているな。
――時計を見ると、いつの間にか23時を回っていた。
「さてと……そう言えば、晩飯をまだ食っていなかったな。丸太小屋の方へ戻って、何か食べるかな」
「ふう……それからこれからの『異世界』での事を考えよう。拠点もまだまだ大きくしなくちゃだし、色々と考えている事はあるからな」
「何を考えているんですか?」
!!
唐突の声。振り向くと、そこには未玖が立っていた。口の周りには……なんだろう? クッキーのカスだかなんだか沢山ついている。
「未玖、口の周りに色々とついているぞ。久しぶりのお菓子だろうし、美味しいのはわかるけど」
北上さんや大井さんと一緒にお菓子をしていたはず。なら、あの二人は未玖の口の周りに食べカスがついている事にも気づいていたはず。うーーん……可愛いからとか言って、あえて言わずに未玖を泳がせたか。
指摘すると未玖は慌てて口の周りを拭った。そしてまたもう一度。
「そ、それでゆきひろさんは、何を考えていたんですか? 色々とあるってさっき言っていました」
「ああ、さっきの独り言ね。まずはこの拠点をもっと大きくして発展させたいなって考えていた」
「発展……ですか?」
柵の前にある大きな石の上に腰かけると、未玖に隣に座れと今座っている石をポンポンと叩いた。すると未玖は、俺の隣に座った。
俺はそんな未玖を見るとにこりと笑い、自分の懐に手を入れると薄っぺらい袋を一つ取り出して未玖に手渡した。
「こ、これって!?」
「え? トマトの種」
「えええ!! ゆきひろさん、野菜の種を持ってきてくれたんですか?」
「ああ、他にも南瓜とか西瓜とかトウモロコシとか――色々持ってきているぞ。後で持ってきた種を全部出すから、どんな物があるか見てみるといい。トマトなんかは苗で買って持ってくれば割かし簡単に育てられると思うんだけど、いざとなれば俺達には長野さんから頂いたアルミラージの角の粉末があるしな。嵩張らない種にした」
「凄いです、凄いです!! ありがとうございます!! 楽しみですね」
「ああ、未玖は結構そういう何か育てたりとか好きそうな感じがするもんな」
「はい。でもそれだけじゃなくて」
「ん?」
「わたし思ったんですけど、例えばこのトマトをこの拠点内の何処かにまた畑を作って植えたとします。それでうまく芽が出て育ったとします」
「うんうん」
「そのトマトって、わたしやゆきひろさんがいたもとの世界のトマトでは、きっとないですよね。水も土も栄養も空気も……この世界にアルミラージの角のような魔法の効果がるのだとしたら、大気中に魔力のようなものだってあるかもしれない。それを栄養にもしてるかもしれないですし」
なんとなく未玖が俺に言いたい事が解ってきた。確かに言われてみればそうかもしれない。
「つまり、わたしたちのもといた世界のトマトじゃなくて、この『異世界』のトマトが育つのかなって」
「確かにそう考えると面白いな。でも正確には俺達のいた世界のトマトが、この『異世界』の環境でどう変わるか……それとも何も変わらないかって事だよな。未玖が楽しみだって言った真の意味が解ったよ」
「はい! 明日から、早速畑を作って色々と野菜を植えてみたいと思います。いいですか?」
「ああ、勿論いいよ。俺もその野菜の種がどうなるか興味があるし。俺や翔太達は平日は、日中ここにはいないけれど鈴森がいてくれるはずだから、彼がいいって言ったら丸太小屋の外に出てもいいし、好きなだけ畑作業をすればいいよ。でも……」
「柵から外には、絶対に出ません」
俺はにっこり笑って未玖の頭を撫でた。




