Phase.89 『鈴森孫一 その2』
翔太が『異世界』の話を鈴森にし終えた所で、鈴森が放った第一声がこれだった。
「なんとも荒唐無稽な話だな。人を秋葉原までわざわざ呼び出しておいて、こんなレベルの話をするなんてな。おちょくるにしても、意図がまったく解らん」
「意図ってなんだよ! 全部、本当の話をしたんだぞ!」
溜息を吐く鈴森。
「ハアーーー。まだおちょくっているのか? そろそろ怒るがいいか。いくら俺がオタクだからって、そんな話を信じる訳ないだろ? ははは、異世界だって? 嘘をつくならもっとマシな嘘をついた方がいいな」
「なんだとーー!! 孫一ぃぃ!! 俺を嘘つき呼ばわりするんか!!」
「じゃあ、何か? 証明できるのか? そろそろ俺がこんなくだらないことで、わざわざ秋葉原まで呼び出されて、怒り始めているってのを解っているんだろ?」
「だから、聞けよ!」
「いいさ。それなら、乗ってやるよ。そこまで俺を馬鹿にしたいなら乗ってやるよっつってんだよ、翔太!」
翔太が鈴森を睨みつけたが、鈴森も負けずに翔太を睨みつける。本当の事なのに、お互いが傷つけ合っている。
鈴森は、仲がいいと思っている友人――翔太にわざわざ秋葉原まで呼び出しをされたあげく、悪乗りをされていると思い込んでいる。それに嫌悪して見せているのに、まだその悪ノリを翔太は続けていると思っている。
翔太は翔太で、仲の良い友人だからこそ真っ直ぐに『異世界』の事を話している。それを頭から嘘だと否定されて怒っている。
まったく……翔太も翔太だが、この鈴森もまたアレな奴だな。翔太が更に何か言おうとした所で割って入り、俺からも鈴森に話した。
「それじゃあ!! それじゃあ、本当に異世界があるとしたらどうする?」
「そんなものはない。ある訳ないだろ? いくらニートでも、もう30歳だからな俺は。信じる訳がねーだろ」
「それじゃあこういうのはどうだ? まずは鈴森に異世界の話を信じてもらわないと話にならない。それに俺達は、今日も『異世界』にこの後行く予定なんだよ。そこで待っている人がいるから」
「はいはい、そうですか。それでーー?」
「だから――今から証明しよう」
「はっ! そりゃいい。じゃあしてもらおーか! その代わり、できなかったらどうする? 金くれるか? 言っておくが、冗談じゃねーからな。ハハハ、無理だろ?」
できなかったらどうする? 金くれるか? やっとここまで話が進んだ。最初からこういう流れに翔太がもっていってくれれば、もっと話が早かったのにな。俺はニヤリと不敵に笑ってみせた。
「いいよ。証明できなければ、百万円直ぐに払おう。でも証明できたのなら、どうする? 鈴森はそれに見合った何か……できるのか?」
ここで初めて鈴森が、少し怖気づいた表情を見せた。そりゃそうだろう。異世界なんて存在するはずがないと思っているのに、俺が証明できなければ百万あげるって言いだしたのだから。
「……正気か?」
「ああ、本当だ。でもここまで問答しているんだ。証明できたら鈴森はどうしてくれるんだ? まさか……」
「いいだろう!! 証明できたら百万払ってやる!! なんなら二百万でも三百万でもいいぜ。そのかわり、今直ぐに証明してみろ!!」
「へえ、そう。じゃあ三百万ね」
俺はそう言ってすました顔を見せると、翔太にゴニョゴニョと耳打ちした。ニヒヒと笑う翔太。そして翔太は鈴森の肩を叩いた。
「ちょっとついてこい。一緒にトイレに行くぞ」
「なんだよ、なんで今トイレなんだよ。俺は今別に行きたくねーーっつーの! それより三百万だぞ? 証明できるのか? ああ?」
「だーかーらー。証明してやるから、ちょっと一緒にトイレついてこいって!!」
翔太は鈴森の腕を掴むと、一緒にトイレに行った。そして俺は待っている間にアイスコーヒーを飲み干す。そして北上さんに22時位になりそうですと、スマホでメッセージを送った。
それから間もなくして、翔太と鈴森がトイレから戻った。二人ともソファーに座る。翔太は妙にニヤついていて、鈴森はきょとんとしている。
「そ、それでどうだった?」
「え? なにが?」
「今、翔太と一緒にトイレに行っただろ? それで……どうだった?」
「え? 別になんでもない。ただ、目の前にいる翔太がスマホのアプリを起動したら、目の前で忽然と消えていなくなった」
「それで?」
「それで、また直ぐ目の前に現れた」
「ほら、異世界はあっただろ?」
「いや、異世界なんてある訳ないだろ!! あれは、ワープだ!! ワープは本当に存在しただけだ!!」
うわーー、面倒くさい。正確に難があるって言っていたけど、こういう事かーー。やっと翔太の友人の事が解ってきた。でも翔太は同時に、鈴森孫一は信頼できるとも言っていた。なら――
「じゃあ、異世界へ連れて行けば信じるよな」
「え? 俺も異世界へ行けるのか?」
「ああ、連れて行って証明できる。でも今から秋葉原にあるメイドカフェみたいな店に行って、10万払ってスマホにアプリを入れてもらわなければならない。それができるなら、直ぐに旅立てるぞ」
「なるほど……さっきのアプリ……それで、翔太はワープ……いや転移したのか」
フフフ、ようやく信じたな。翔太がニコニコ笑いながらも鈴森の肩を叩く。
「三百万、忘れてねーよな?」
「まだだ!! まだ証明できていない!! 今からそのアプリを入れてくれるという店に行く!! ATMによってくれ、10万でいいんだよな! それで証明できれば信じてやる!!」
「信じるも何も、異世界へ行ったら信じるしかないしな」
すったもんだあったけど、これでようやく話が前に進んだ。『異世界』に戻ったら、未玖に北上さんや大井さんに加えて、鈴森も紹介しなきゃだからな。一気に仲間が増えて驚かなければいいんだけど。




