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Phase.85 『北上さんと大井さん その1』



 ――――翌日。月曜日、早6時。


 俺と翔太は、未玖に「行ってきます」と言って拠点を出た。


 森を抜けた先にある草原地帯、そこにある女神像まで行く間、俺と翔太は何度も拠点の方を振り返った。


 やっぱり拠点に未玖を一人残すのは、心配だ。俺達の拠点は、一度ゴブリンに襲撃された事もある。


 できる事なら、ずっといてやりたい。この『異世界(アストリア)』で異世界生活を続けたい。ならいっそ、もとの世界の全てを投げ出してもいいかなとさえ思ってしまう。未玖だってもとの世界に戻る気はないしと言っていた。未玖がいるのなら、俺も……


 そもそも今続けているデータ入力の仕事だって、毎日毎日やり続けている事に疑問を持っている。惰性で続けている。


 だけど完全に仕事を失ってしまったら、金が手に入らなくなってしまう。ぜんぜん満足している給料じゃないけれど、アルバイトよりは稼げているし、金がある事によってこの世界で色々と『異世界(アストリア)』での生活や冒険に必要な物を買い込んだりもできる。


 まったく物を買う資金が無かったとしたら、テントから毛布から全てが『異世界(アストリア)』で手作りになる。調味料なんかもどうやって入手すればいいか、解らない。まず、塩の入手になるだろうし何処で塩があるのかも解らない。

 

 だから嫌でも、今の仕事を続けるしかなかった。


「それじゃあユキー、また後で会社でなー」

「俺も臭っていると思うけど、翔太もちゃんとシャワー浴びて髭沿って清潔にして出社しろよ」

「そっくりそのまま返すぜ、その言葉!」

「はあ?」

「ユキーも臭ってるって事さ。ハハ」


 翔太が調子乗った言い方で、ポーズまで決めて言ったので、急に憎らしくなって軽く殴ってやろうとした。すると翔太はするりと俺の攻撃をかわして笑いながら、もとの世界へ転移していった。


 溜息をつくと、俺も翔太の後を追った。





 

 ――――また嫌気がさすなんの変哲もない、通勤電車。満員電車で人に押され潰される。やっとの事、高円寺に到着すると、ナイスタイミングとばかりに翔太と鉢合わせした。


「おっはよーユキー。」

「おう、まさか駅で会うなんてな。山根がまたうるさいから、ちょっとコンビニよってささっと朝飯買って早めに出勤しようぜ」


 課長の山根。嫌な奴だ。ネチネチネチネチした性格で、俺と翔太に目をつけては嫌みを言って来る。


 今いる会社で万年平社員の俺に未来何てないし、絶望を通り越して虚無しか感じていない今、今更評価されようなんて思わない。もらう給料の分をせっせと働く、ただそれだけだと思っていた。


 なのに山根は、自分に逆らえば出世させないぞ的な事を遠回しにアピールしてくる。アピールしてきた所で、出世なんてものに興味もない。道が続いていないのも、悟っている。


 山根の名を聞いて、翔太が溜息をつく。


「ハアーーーー、いっそクビにしてもらえりゃなーー。そしたらもう、フリーダム。なんの遠慮も無しに『異世界(アストリア)』に好きなだけいれるのになーー」

「おいおい。それは俺だってそう思うけど、金を稼がなきゃ『異世界(アストリア)』で必要なものをこっちで買ったりもできないだろ?」

「まあ、確かにそうだよなーー」


 翔太も俺と同じなのだと思った。やるせない気持ちだけど、俺には翔太という共感してくれる友人がいる。それは幸せな事だと思う。


 会社に到着する手前で翔太が言った。


「それはそうと、今日の予定覚えているな」

「ああ。その鈴森孫一っていう翔太の友達。その人に秋葉原で会うんだよな」

「ああ、そう言う事。ユキーもよく行くファミレス、バニーズで待ち合わせだからそこで話をして、そのまま『アストリア』に行こう」


 異世界の方ではない。あの俺を異世界へ行けるようにしてくれたメイドさん――マドカさんのいるお店の方の『アストリア』。


「おっはよーー!! 椎名さん、秋山君!!」


 突然背後からの黄色い声に振りむくと、同僚の北上さんと大井さんがすぐ後ろに立っていた。北上さんに翔太が突っ込む。


「あのさーー、なんでユキーは椎名さんって、さんづけで俺は(くん)なの?」

「え? そんなのなんとなくだよ。それよりさ、今二人で話していた内緒話なんだけどさ。アストリアって……」


 北上さんが続けようとした所で大井さんが、北上さんの背中を押した。


「その話は後でいいでしょ? それより、早く出勤しないと山根がうるさいよ」

「ああ、そう言えば、山根課長に今日は早く来るように言われてるんだっけ? そうだね、急ごう。それじゃ椎名さん、秋山君。今日のお昼、よろしくねー。場所は二人にお任せするから」


 北上さんと大井さんは、そう言って俺達よりも先に会社に入っていった。翔太が舌打ちした。


「エロ山根め。あいつ、北上さんと大井さんが美人だもんで、何かにつけて二人を呼び出しているんだよな。ワンチャンなんてねーっつーのにな」

「ああ、そうだな。でもそんな事より、さっき北上さんが言っていただろ?」

「ああ、今日の昼飯、ご一緒するんだったな。すっかり忘れてしまっていたぜ」

「いや、俺も忘れていたけど、そうじゃない」

「ああ? 何が?」

「……北上さん、アストリアって名前を言ったよな?」

「そういや言ってたな。ああ、言ってた。でも二人の内緒話とも言っていたぜ。俺達の会話を聞いていて、それを言ったんだよ」

「……そうかな」

「ああ、そうだよ。ユキー、そんな事より、コンビニ入ろうぜ。菓子パン買ってさっさと出勤しよう」


 北上さんがアストリアと言った事。翔太の言うように、俺達の会話を聞いていただけかもしれないけれど、それにしてもアストリアって言葉にピンポイントで反応するだろうか?


 まあ聞こえたから、そこをたまたまチョイスしただけって言ったらそれで終いなんだけど……


 だけどなんとなく俺は、北上さんがアストリアと言った事に対してムズムズとしたものを感じていた。

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