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Phase.07 『腹打ち』




 草原に転がった俺は、胃の中の物を吐き出してしまった。しかし、隙を見せれば途端にまたスライムが襲って来ると思った俺は汚れた口も拭わずに無我夢中で起き上がり、落とした懐中電灯と木刀を拾ってスライムがいる方へと構えた。


 プルルンップルルンッ


 青い色のスライム。形状はあの有名な玉葱型じゃなくてグミの方だけど、この形も異世界もののゲームやアニメなんかでは、よく見る雑魚的そのものな感じだ。一番弱い雑魚的スライム……俺はそれを目にして恐怖で竦んでしまっている。


 こんな有名な言葉がある――『ボク、悪いスライムじゃないよ』


 この草むらでこのデカいグミみたいなスライムを目にした時、俺は物凄く驚いた。もしかしたら、スライムの方もびっくりして俺を攻撃してきたのかもしれない。


 そんな馬鹿な事を考えていると、スライムは再び跳躍して飛びかかってきた。


 ドフッ!


「ぐほおっ!!」


 またもや、まともにスライムの体当たりを腹に受けてしまった。学生の時にボクシングをしているというクラスメイトがいて、ノリでボディブローを打たせた事があった。あの時以来の衝撃、吐きそうなあの痛みを鮮明に思い出した。


 スライムの攻撃をまともに喰らった俺は、また草原にひっくり返り、腹を打たれた苦しさでその場でのたうった。でも今度は懐中電灯と木刀を手からは離さない。直ぐに起き上がると、スライムはピョンピョンと飛び跳ねてこっちへ接近してきたので、俺は回れ右をして思いきり走って逃げた。


「こええええええ!! スライム、超怖いいいいい!! な、なんでスライムなんかがあんなに強いんだ!? スライムって、現実だとあんなに強いのか?」


 薄暗い草原の中を、大声でそう叫びながら全力で走って逃げていた。


 スライムがあんなにも強いだなんて、知らなかった。ゲームで敵として出てきても、「なんだよ、スライムかよ」って言って肩についたゴミを払うかのように退治していた雑魚敵なのに……今は、スライムに対して戦慄を覚える。


 だが、いくらスライムの方が俺より強かったとしても足の速さは、俺の方が勝っているはず。あんなピョンピョンっと飛び跳ねて移動するグミなんかに追いつかれはしない。


「うがっ!!」


 運動不足で息が乱れた所で、足が縺れて派手に転んだ。スライムが追って来ているかもしれないと思い、慌てて起き上がると目の前に何十匹もの鹿が現れた。


 薄暗い中、鹿たちの目が光っている。それを見て不気味に感じた俺はその場で硬直してしまった。すると、背中から大きな衝撃。振り返らずともそれがスライムであるという事は、もう解っていた。また俺は吹っ飛ばされ、草原に転がった。


 目前にいた数十匹もの鹿たちは、驚いて猛烈な勢いで何処かへ駆け去ってしまった。


「……あの、スライム!! もう許せん!!」


 幻想のような世界に得体のしれない生き物。確かに俺に向かって襲い掛かってくる好戦的なスライムに対して恐怖を感じていたけど、恐怖も通り過ぎれば狂気へと変わる。


 懐中電灯をポケットに入れて、木刀を両手でしっかりと握って構えた。本物の剣じゃない。本物の剣じゃないけど、木刀でも思いきり人の頭目掛けて振りおろせばその命を奪える程の威力があるんだ。スライムに対してだって、まともに攻撃を入れればダメージを与えられるはず。


「や、やってやる! やってやるぞ!!」


 なんだか自分の住んでいる街に敵が攻めてきて、応戦する為に見つけたロボットに乗り込んで言っているようなセリフだと思った。


 プルンプルルルンッ


「だああああっ!! やっぱりだめだ!! 怖い!!」


 剣なんて握った事はない。この木刀だって、俺はヤンキーでも何でもない。奈良か京都に行った時にお土産で購入したものだ。男なら、木刀を見ればテンションがあがる。それで購入したものだ。誰かをこれで倒そうなんて、思ったこともない。


 意を決して攻撃を仕掛けたとしても、避けられでもしたら今度こそこのスライムに嬲り殺されるかもしれない。俺は死にたくない!!


 ピョンピョンと接近してくるスライムにまたも背を見せると、俺は全力で駆けた。今度こそ、振り切って逃げきってやる。――無我夢中。


 すると、草原の少し遠くに見えていた森の付近まで走ってきてしまっていた。


 女神像からかなり離れてしまっているという訳ではないが、それでも周辺だけ探索してみようと思っていた範囲から大きくずれてしまっている。不安がよぎる。


 アオオオオーーーン!!


「まてまてまて、冗談だろ? 今度は野犬か、狼か?」


 月明かり。スライムに追われ、駆けてきた方の草原を見るとそっちの方から何かの群れが、大きな弾丸のようになってここ目掛けて駆けてきていた。


「大変だ!! あれは、絶対狼だ!! あんなの1匹でも勝てる気がしないのに、あんな群れを相手になんて戦える訳がない」


 創作物だけど俺の知っている異世界転生、もしくは転移物なら異世界へ行った所で、剣や魔法が使えたりチートみたいな凄いスキルを覚えていたりする。


 だが今の俺は、実際に異世界へ来てはいるが、できる事と言えば木刀を振り回して逃げる位だ。こんなので、とても狼の群れとやりあえる訳がない。


 アオオオオーーーン!!


 狼の群れが、どんどんこちらへ迫ってきている。直にここへやってきて、奴らは俺を自慢の牙で引き裂いて食べるだろう。そんな悲惨で苦しい死に方をするのも死ぬのも嫌だ!!


「くそっ! とりあえず、ぼーーっとしていないで逃げるんだ!! 女神像の方へは逃げるにしても、そっちの方から狼は向かってきているし、このまま草原を走っても狼から逃げ切れるわけもない。スライムなら自信はあるけど、草原を走って逃げるを選べばゲームオーバーだ」


 身体が恐怖で震える。吐き気もする。


 だけど、どんなことをしてもまだ死にたくないという気持ちが強く心の中にあった。当然と言えば当然だろう。まだ、死を受け入れられる年齢でもないし、この世に未練がありまくりだ。


 俺は、目の前に広がる森の中へ駆けこんだ。


 夜の暗闇が広がる得体の知れない森。だけど今、生還する確率が少しでもあるとすればこのルートしかないと思った。

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