Phase.57 『アプリの起動』
『異世界』の事、これまでのあった事を全て話すと、翔太は暫く自分の注文したアイスコーヒーのグラスをじっと見つめて考えこんでいた。
――――暫し沈黙していたが、翔太は大きく溜息を吐くと言った。
「そ、それで……」
「それでってなんだ?」
「それで全てか?」
「ああ、そうだ。解ってくれたか?」
「わ、解ったって……今、お前が話した現実離れした話を信じろと?」
「そうだ。俺は真実を話したつもりだよ。信じられないような事だって事前に話したろ? これで納得してくれたか?」
「な、納得って言ったってな……そんな夢みたいな話……もしかしてあれか? まさか、ユキーお前なんか小説投稿サイトとか始めて、そのネタが面白いかどうかっていうのでさ、そのつもりで話しているとか……」
「違うよ! 言ったろ、信じられないような話だって! でも全部真実だ! 信じる信じないはお前の勝手だけど、俺はちゃんと話した。そういう事だ」
「…………」
「…………」
またも沈黙。翔太は、俺が何か他にやっていてそれを言いたくないから、こんな作り話をしていると思っているのかもしれない。こんな荒唐無稽な話、それも仕方がない。だけど、俺はちゃんと話した。真実だ。
「そ、それじゃあよ、本当にそんな……異世界があってそこに行けるとしたらよ。俺を連れて行ってくれよ」
ほら、やっぱり信じてない――なんて、言えなかった。普通は、異世界なんてあるとは思わない。実際に行った俺も何処か夢を見ていたのではと思ってしまう。
「でもな。『異世界』はかなり危険な世界なんだ。俺は何度か死を覚悟した」
「狼の群れに、森でこーーんなでっかいサーベルタイガーに遭遇したんだろ?」
「ゴブリンの襲撃もあった」
「ああ、お前が死に物狂いで戦って倒したんだろ。それにあとその……未玖ちゃんっていう幼気な少女が今もお前の帰りを待っているっていう……」
「……事実を言っている」
「じゃあ……いいぜ、死ぬ危険があってもいい。本当にお前がその『異世界』っていう世界があっていけるっつんならよ、俺を連れて行ってくれよ。そして証明してくれよ」
「…………」
「嘘じゃねえんだろ? これだけ俺が理由を聞いてるんだ。絶対嘘じゃねえ話なんだろ? でも、夢のような話だ。正直信じるっていっても心がな……そんな器用に受け入れられない。でも俺はお前を信じたい。だから、今ここで話した事が本当だとお前が言うのなら、俺はその異世界が本当にあるという話に乗る。だから証明してみてくれって言ってんだよ」
「だから言ったろ、『異世界』は危険すぎるんだ。お前にもし何かあっても……」
「いい!! 後悔しないし、お前を絶対に決して恨んだりしない。感謝しかしないから、俺をそこへ連れて行ってくれ!! それが一番話が早いし、俺はそれを望む」
信じられないと言っている。翔太は、俺の事を親友だと言ってくれた。でも、こんな話を信じる事はできない。だからこそ、どうなってもいいから信じさせてくれと言っているようだった。異世界が本当に存在すると証明できうるのなら、その為に起きた事は何も後悔しないからと――
正直、俺も翔太を『異世界』に連れて行きたいっていうのが本心だった。でも事前にあの世界がどれほど危険で、どれ程得体が知れない世界なのかという事をしっかりと認識してもらってからじゃないと駄目だと思った。
俺は目を閉じて息を吐くと、翔太の目を見て言った。
「解った。証明する」
「そ、そうか」
スマホを取り出すと、画面を翔太へ向けて見せた。『アストリア』と表記されたアプリのアイコンがある。それを指さした。
「話したけど、このアプリを秋葉原のあの店で入れてもらわないと異世界へはいけない」
「それなら今、転移してみてくれよ。転移するって言っていたじゃねえか。今、ここでそれを見せてくれれば俺はすんなりお前の話を受け入れられる」
「ああ、それを俺も今言おうと思っていた」
店の中を見渡すと、丁度店には俺たち以外の客はいなかった。店員さんも、キッチンの方へ行っていて誰も客席の方にはいない。
「それじゃ、ちょっと行ってすぐ戻って来る」
「わ、解った。な、なんか緊張するな。だ、大丈夫なのか」
「何度も試したから大丈夫だ。ここからあの草原地帯にある女神像に転移し、またここへは戻ってこれる」
「そ、そうか。じゃあ見せてくれ」
「ああ、それじゃ行ってくる」
俺はスマホ画面の『アストリア』のアプリをタッチし、起動させた。
そして『アストリア』のタイトルロゴが、画面に大きく表記される。更にタッチする。すると、転移するっていう表記が現れる…………はずだった。
反応しない!?
あれ? なぜだ。何度タッチしても、それ以上起動しない。画面も変わらない。
「おい、どうした?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。今、起動するから」
何度も試す。しかしアプリはまったく起動せず、ついには落ちてしまって一切反応がなくなってしまった。アイコンも若干薄く見える。な、なんで……
なんとも言えない表情で、ずっと悪戦苦闘する俺の姿を見守る翔太。何分、何十分とスマホと格闘しているともう昼休みを大きく過ぎてしまっていた。翔太が椅子から腰をあげる。
「よーし、それじゃ会社へ戻ろうぜ」
「お、おい!! 翔太、ちょっと待ってくれ!! アプリが!!」
「もういいって、解ったから。解った解った、結構面白かったよ。だけど、ちょっとやりすぎだよ。まんまと乗せられちまったけどよ、俺こんな夢みたいな話……本当に信じていたんだぜ。なぜなら、お前が懸命に信じろっていうからよ……だからちょっと傷ついた」
「待て! 違うって、ふざけているんじゃないって! 本当に本当なんだって」
「はいはい。それよりもう昼休み終わってるから、急いで戻ろうぜ。また山根になんて嫌味を言われるか」
「ちょっと、待てって」
「いい加減にしろよ!! 異世界が本当にあるなんて話を少しでも信じる方も、どうかしているとは思うけどよ……それにしても、お前がここまでいうから俺もまさかとは思いつつも……もういいって! いくぞ!!」
「あっ……」
「すいませーん、お会計お願いします」
翔太は、自分だけササっと会計をすると、俺の会計を待たずに店の外に出て、俺を待たずに会社へ戻ってしまった。俺が翔太をからかっているのだとしたら、当然の態度だと思った。でも、からかっていない。
俺はなぜアプリが起動しないのか、それを考えながら急ぎ足で職場へと戻った。




