Phase.53 『木人』
薬草を植えるエリアの耕しが完了すると、いよいよ採取した大量の薬草をそこへ植えていく。俺は残りの作業を未玖に頼んだ。
「あとは、ここに薬草を植えていくだけ。未玖に頼んでもいいかな」
「はい。ゆきひろさんは、何かされるんですか?」
「え? 俺はちょっと疲れたからあっちで休憩してるよ」
「あ、はい。じゃあ、頑張って薬草を植え終えますね」
「嘘嘘嘘!! 嘘だから!! そこは、ええーーっとか、ズルいって言わないと」
慌ててジョークだと伝えると、未玖は笑った。でも口元が笑っているだけで、いまいちどうして俺が慌てたのかという事を理解していないように見える。
まだ知り合って間もない何処の誰かも解らないおじさんを、そんなに信じてはいけないよと言いたくなる。
「ちょっと俺は俺で、やりたい作業があるんだ。だから薬草畑の事はあとは、未玖に任せたい」
「はい、大丈夫です。任せてください」
未玖に任せた。
そして俺は、薬草畑のある小屋の裏手から正面の方へ移動する。
「さてと、始めるか」
拠点内には、薪に使う木だけじゃなく柵を補強したり新たに作ったりするように集めていた木があった。それを使って工作する。小屋から工具と釘を持ち出すと、早速作業に取り掛かった。あっという間に辺りには、暗闇が広がる。そして陽が落ちると途端に肌寒くなる。
「ようやく完成した」
2時間近くかかったが、ようやく完成させたもの。それは木人だった。計二体の木人。それを適当な所に並べてみると、それに向かって構える。腰に吊っている剣を抜いて、斬りかかる。
「やあああ!! でりゃあああ!! ったああ!!」
2体の木人が同時に襲い掛かってきていると想定して、剣を連続して振り回した。
いや、剣を振り回すというよりは俺が剣に振り回されている。現実は、そんな感じ。でも仕方の無い事だと思った。
最近は毎日、PCと向き合ってマウスを動かしているか、ゲームコントローラーをピコピコ押している位にしか力を使ってこなかったのだ。そんな奴が、こんな鉄製の重量のある剣をいきなりブンブン振り回したりなんかしたら……当然こうなる事は予測済みだし、後できっと地獄の苦しみのような筋肉痛に襲われるだろう。
だけど、少しでも扱えるようになっておかなければならない。とりあえず、剣術なんか解らないしどうすればいいのかも知らない。
だけど解らないなりにも鍛錬を重ねれば、より早く剣を振る事や扱いが上手くはなるはずだ。それができれば、ゴブリンとまた戦闘になった場合でも、もっと簡単に勝つ事ができると思った。今の俺は、ずっと雑魚敵だと思っていたゴブリンよりも遥かに弱い。
「ったあああ!! やあああ!!」
思ったよりも木人がよくできていたので、夢中になって剣を振っていた。すると何事かと未玖がやってきた。
「お、おー、未玖! 薬草畑の方はどうだ?」
「は、はい。終わりました」
「終わったのか! ありがとう。それじゃ見に行こうかな」
「と、ところでゆきひろさん。こ、この木で作った人形は何ですか?」
「ああ、これか。これは木人だ。またゴブリンに襲われるような事があった場合にもっとまともに戦えるように、剣の稽古をしようと思って作った。不細工だけど、実際稽古してみたら意外といいよ」
「れ、練習の為のものですか。す、凄いです」
未玖は興味津々で、木人に触れたり近くで凝視したりしている。
「み、未玖も使っていいからな」
「え? いいんですか? で、でもわたし剣を持っていません」
「俺が使っていない時にこの剣を使ってもいいけど……未玖の力じゃ流石に無理か……俺もまだぜんぜん上手く扱えないし、凄い重いと思っているのに……まあ、練習するだけなら枝とか棒とか別にそういうのでもいいんだけどな」
そう言ってあっと思い出す。そのまま小屋に走って行くと、あるものを手にして戻ってくるとそれを未玖に手渡した。
「え? これって」
「はい、木刀! 俺がこの『異世界』に最初に持ってきた武器。奈良だか京都かに行った時に買ったお土産なんだ。だけど本物の木刀だから武器にも十分になる。それを未玖に貸してあげよう」
「本当ですか! やった! ありがとうございます、ゆきひろさん!」
「じゃあ振ってみて」
「はい。え、えい!」
ビュンビュンッ
「うむ。精進あるのみだな。お互いに」
「は、はい」
木人という剣の練習ができる物も作り上げた。そして今度は、小屋の裏手に移動して薬草畑を見に行った、
「おおーー!! 凄い、一面薬草で緑色になってるな! これは凄い。頑張ったな、未玖」
「はい。これでもっと薬草が増えたら、これからキュアハーブに関しては、困ることが無くなりますね」
これもログアップの木やレッドベリーの木と一緒だと思った。これでもう拠点を出なくても、定期的に手に入る。上手く育てていければ――という条件付きだけど、それはこれからゆっくりと腰を据えて色々と研究していけばいい。
「それじゃ、そろそろ焚火を熾そうか。晩飯の準備にしよう」
「はい、わかりました。ち、因みに今日の晩御飯は何ですか?」
「うーーん、そうだなー。クーラーボックスの肉も食べきったしな。缶詰とか何かレトルトでも食べるか」
「そ、それでしたら……」
「え? 未玖は何か食べたいものがあるのか?」
「え? あ、はい。でも別に絶対って訳ではないんですけど、もしまだあるなら……」
あっ、カレーだと思った。
「わかった。それなら米を洗って火にかけて炊き上げるのに少し時間がかかるから、何か缶詰でも食べて待ってようか。今日も沢山働いたからな」
「や、やった! はい、それでお願いします」
最初に出会ってからまだそれ程経ってもいないけれど、未玖とも随分と打ち解ける事ができたな。
そんな事に思いを馳せながら米を洗い、飯盒に入れて火にかける作業をしていると、またもとの世界に戻りたくない病が再発してきた。




