Phase.52 『薬草畑』
森の中、俺達の拠点から少し離れた場所……だけど、まだ他にゴブリンがいる可能性だってあるし、危険な魔物と遭遇する可能性もあるので、直ぐに戻れる距離に倒したゴブリン2匹の屍を埋めた。
俺や未玖を殺そうとした奴らだ。森の中に運んだらそのまま投げ捨て放置しても良かったが、屍をそのままにしておくと何か良からぬものを呼び寄せているような気にもなったので一応埋めた。
そしてさっさとと拠点に戻ろうとした所で、未玖が森の中に生えている草に向かって指をさした。シソに似ている草。
「ゆきひろさん、あの草」
「どうした、未玖?」
見つけた草を未玖は、手に取ると引っこ抜いて俺に見せた。俺はそれがなんだか解っていなかったけど、なんだか未玖がはしゃいでいるので受け取りまじまじと見つめた。
「草?」
「それ、薬草なんですよ」
「え? 薬草?」
「はい。擦り傷とかそういうのに効きます。スマホは無くしましたけど、会った時に【鑑定】で調べて知っていたので、よくこれを見つけて傷薬として使いました。キュアハーブっていうそうです」
「へえ、なるほど! キュアハーブか!」
そう言えば未玖が住処にしていた洞窟に行った時に、採取して取ってあったものを見かけた。それとこれは同じ薬草だ。
……なるほど、これはいいかもしれない。
「これさ、俺達の拠点でも育つかな?」
「森の中一帯で見かけるものですから、きっと大丈夫だと思います。わたしはずっと移動していたので、育てようなんて考えた事ないですけど」
「そうか。じゃあ、ちょっといくらか根から引っこ抜いて持って帰って、拠点に植えて育ててみようか。増えるかもしれない」
「は、はい。解りました」
いい考えだと思った。あの奇跡の回復ポーションは残り4つ。他にエイドキットや風邪薬に胃腸薬なども持ってはきたけど、薬はあるに越したことがない。更にこの『異世界』の事を研究する為にも、その一つとして薬草を育ててみてもいいなと思った。
拠点から表に出る時は、折角なので何かいいものがあれば持って帰れる事ができるようにと、俺も未玖もザックを背負って出るようにしようと決めた。それが早速役に立った。俺と未玖は、未玖が見つけてくれた薬草をザックに詰め込めるだけ採取して詰め込んだ。
できるだけ根を、傷つけないようにしなければ。持ってきたシャベルやサバイバルナイフを使って、薬草を丁寧に引き抜く。
未玖と二人で土まみれになってするその作業が、なんだかとても楽しかった。だけどちゃんと作業の途中も、周囲への警戒は怠らなかった。いつまたあのゴブリンが現れて襲い掛かって来るかも解らない。あいつらは、俺達が寝静まった隙をついて、柵をすり抜けて小屋まで近寄ってきていた。
今思い出してもゾッとする。もしもあの時、未玖が気づかなかったら――俺達二人とも寝てる間にゴブリンに殺されていたかもしれない。
「随分と大量に採取で来たな。それじゃ早速拠点に戻って、敷地内に何処かいい場所を見つけて植えてみよう」
「はい、楽しみです」
「植える場所は、未玖が決めてくれ」
「え? わたしがですか?」
「そう。未玖が拠点内を見渡してみて、ここなら薬草が沢山増えそうだなって場所を見つけてくれればいい」
「そ、そんな……そんなわたし、それって責任重大ですよね」
「重大だね」
にっこりと笑って彼女の背を押した。拠点に戻ると、早速未玖は周囲を見渡し始めた。
「ゆきひろさん! ここは、どうでしょう?」
未玖がいいと思った場所。そこは丸太小屋の裏手の方だった。正面じゃなくて井戸のある側。土もいい……っていうか、この辺りは全体的に土が肥えている。
「うん、確かにいいかもしれないな。じゃあ早速そこに薬草を植えよう。まずは、また辺りに他の雑草が生えてきているからそれを引き抜いて、折角だから土も耕そう。そしてそこに植えていく」
「は、はい。わかりました」
陽は落ち始めて、夕方になりつつあった。だけどまだ作業は終わらない。長かったようで、終わってみると短く感じるようなこの連休も今日で終了だ。明日になれば、普通に会社へ仕事をしに行かなくてはならない。だからこそ、まだいくつかやっておきたかった事がある。
薬草を植える場所を決めて、そのエリアを耕していると、作業を進めながらも未玖が話しかけてきた。
「あ、あの」
「ん? なんだ」
「あの……ゆきひろさんの寝袋……ゆきひろさんに返そうかなと思って」
「え? なんで? 寝袋、なんか嫌?」
「いえ、違います。寝袋……ゆきひろさんの物なのに、わたしがずっと独占して使わせてもらっていますし……それにゆきひろさん明日からお仕事ですから、今日はゆっくりと休んでほしくて」
あーー、そういう事かと思った。俺が自分で使うはずだった寝袋を未玖に与えて、自身はあのウッドチェアーを並べて寝台にし、それと毛布で寝ているからずっと気にしてくれていたんだ。
「あー、それなら問題ない。ちょっと身体が痛かったけど、それも傷と一緒に回復ポーションで一気に回復したから」
「え? 回復ポーションってそんなに凄いんですか?」
驚く未玖が面白くてアハハと笑ってしまった。
「でもあれは残り4本だから、大事にしておいてアレはここぞという時に使おう。今回みたいな命の危険性がある時とかね」
「はい、そうですね。わたしも賛成です」
「まあ、そんな訳であの寝袋は気にしなくていい。もう俺は、あの寝袋は未玖にプレゼントしたつもりだったから、好きに使ってくれ」
「ええ!? でもそれじゃあ!?」
「大丈夫、また戻ってくる時に自分の分を買って持ってくるから。他にも必要なものがあれば仕入れてくるし、未玖も何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ。リストに書いてくれてもいい。これでも俺は大人だからな。ブランド物のバックが欲しいとかそんなんじゃなければ買ってやるぞ」
ちょっとしたジョークを言ったつもりだったが、未玖は物凄く嬉しそうにして微笑んだ。




