Phase.50 『ただいま』
「み、未玖……」
「はい!! ゆきひろさん!! ちゃんと、聞こえています!!」
未玖が俺の右手をぎゅっと握ってくれている。こんな俺なんかにここまで思ってくれる人がいるなんてな。一瞬このまま死んでも悪くはないかもしれないと思った。
だけど、未玖をこの『異世界』に一人残すのは、どう考えてみても心配で心残りだ。この俺達の拠点……ここでの生活も、ようやく楽しくなってきた所だし――こういうのを無念って言うのだろう。
…………それにこれだけ負傷してしまった俺が助かる可能性があるならばと何かないか色々と考えてみたけど……その結果、一つだけまだ生き延びる方法があるかもしれない事を思い付いた。
しかし、意識が……いや、待て。まだもう少しだけ待つんだ。ゴブリンを2匹……いや最初の未玖を追っていた奴も合わせれば3匹だ。
俺はあんな恐ろしいゴブリンを3匹も倒したんだ。それ程の男だ。そんな俺ならば、もう少し耐えられるはずだ! しっかりしろ!! もう少しだけでいいから、しっかりと気を強く持つんだ!!
オレはもう一度、未玖の名を呼んだ。……いかん。もう、声が出なくなってきている。
「未玖……」
「はい!! わたしはここにいます!! わたし、ゆきひろさんと折角出会えたのに、こんな所でお別れしたくありません!! どうにかできないですか!!」
「……フフ」
「え? ゆきひろさん?」
「……あるぞ」
「え? いま、なんて? なんて、言ったんですか?」
「……まだ、どうにかできる方法があるかもしれない……」
未玖が驚いた顔をする。ボロボロと涙を流していたが、服の袖で思い切り涙を拭くと、未玖は俺に力強く再び問いかけた。
「どうすればいいですか? どうすれば、ゆきひろさんは助かりますか? その為ならわたしはなんだってします!! ゆきひろさんには、何度も助けてもらいました!! だから、ゆきひろさんの為ならわたしはなんだって差し出せますし、なんでもできます!! だから!!」
「……フフ……やって欲しい事は一つだ……」
「はい! なんですか?」
「……小屋の中……俺達の丸太小屋の中に、物置がある。解るか?」
「あ、はい! 解ります!」
「そこに行って物置の中の物を調べてくれ……その中にあるいくつかの箱の中に青い液体の入った瓶がある……」
未玖は、はっとした。何か察したようだった。
「そ、それってもしかして!!」
「ゲ……ゲームやアニメとかで登場する定番の回復アイテム……ポーションだ。だが……それを見つけた俺が勝手にそう思っているだけで、毒かもしれん……」
「そんな……」
「どちらにしても、助かる道があるのなら……もうそれしかない……」
「で、でも毒だったら……」
「毒なら死ぬが、このままでももう俺はもたない……それなら……賭けてみるだろ?」
そう言った途端、未玖は立ち上がり全速力で小屋の中へ駆けて行った。そして直ぐに何かを投げるような大きな音が何度も小屋の中からしてくると思うと、未玖が小屋から一つの木箱を両手でかかえて飛び出してきた。
地面に倒れている俺の隣にくると、木箱を置いてその中から青い液体の入った瓶を一本取り出した。
「……よし、いいぞ。じゃあ、未玖。それを飲ましてくれ」
「……」
「おい、もうこれしかない……望みをかけよう……俺はとっくに覚悟したよ……頼む……」
「……はい、それじゃ」
未玖は瓶の蓋をしていたコルクを引き抜いた。そして、それを俺の口の中へと少しずつ流し込んだ。
うーーむ、味は悪くない……ハーブと栄養ドリンクを掛け合わせた感じの味って言えばいいのか……3分の2位飲んだ所で、手を挙げて未玖を止めた。
それで俺は悟った。手を挙げようとして挙がったのだ。つまりこれはやっぱり回復ポーションでビンゴだ。
「未玖。そのポーション、貸してくれ」
「え? あ、はい。どうぞ」
ポーションを受け取ると、その残りを脇腹と胸に負った傷に振りかけた。特に酷い事になっていた脇腹への傷には多めにかけた。
し、しみるうううう!! 泣きそうだ!
しかしなんだか、いい感じがする。何と説明すればいいのか解らないが、さっきまでとは明らかに身体の調子が違って感じる。なんていうか、上手くは言えないけど活性化している――そんな感じ。
「ゆきひろさん……どうですか?」
「ああ、ビンゴだ。これは回復ポーションで間違いなさそうだ。身体が凄く暖かくなってきて、それでいて楽になってきた」
未玖が嬉しそうな顔をする。安堵の溜息を吐くと、俺の手をまた握ってくれた。
「す、すまないけど……未玖……」
「はい」
「少しだけこのまま眠らせてくれ」
安心したからか、急に瞼が重くなってきて落ちた。落ちる瞬間、未玖の顔が目に入った。未玖も俺が助かった事でホッとしている――そんな表情をしていた。
しかし――ポーションには救われた。
いや、考えればこの丸太小屋自体に救われまくっている。この小屋を作ってポーションを置いていってくれた人には、感謝の言葉の一つでも言いたいものだ。
意識がどんどん遠くなってきて――そして、途切れた。
目が覚めると、太陽が真上に来ていた。どうやら、俺は昼まで眠ってしまっていたらしい。
まだ少し重い感じのする身体。気合を入れて起き上がると、周囲を見回した。小屋の入口にあるウッドデッキの方に移動させられている。直射日光を浴びないように、俺が寝ている間に未玖が頑張って俺をここまで移動させてくれたのだと思った。
そして直ぐ目の前では、未玖が焚火を炊いて何か調理をしている風だった。きっとそろそろ俺が目覚めると思って、昼食の準備をしてくれているのだと思った。
「ただいま、未玖」
「お、おかえりなさい、ゆきひろさん」
正しいセリフは「おはよう」だった。でも、これでいいかもと思って言い直さなかった。




