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Phase.47 『連休の終わり』



 ――――火曜日、夕方。


 そろそろ、晩飯の準備を始める。メニューは、昼飯に食べたものと同じく焼肉。持ってきた肉は、今日これで全て食べてしまわないと、もうこれ以上置いていても悪くなってしまうだろう。


 拠点内を見渡すと、何本ものログアップの木の生えた一画と、レッドベリーが実る木の生えた一画があるのが見えた。


 それぞれの木の種と、長野さんから頂いたアルミラージの角の粉末を使用して、未玖が生やしたもの。これでこの拠点から出る事なく、ログアップの実やレッドベリーを食べる事はできる。……って言ってもまだ実は一つも実っていないけど……


 でもどの木も、森で見た位の木の大きさには成長している。そのうち実るだろう。


「ゆきひろさん、準備ができたました」

「おおー、ありがとう未玖」


 未玖はもう焚火を熾し、その上に網を乗せて焼肉の準備をし終えていた。皿と箸もあるし、あとは肉を焼いて食べるだけ。未玖がそこまで準備をしてくれたので、俺は代わりに飲み物を準備した。珈琲。


 ――食事を終える頃には、陽も落ちて暗くなってきていた。俺と未玖は食事の後片付けを終えて焚火の前でゆっくりとくつろいでいた。


「やっぱり長野さんがいないと……二人だけだとちょっと寂しいな」

「いえ、わたしは……ゆきひろさんがいるから、寂しくはないです」

「そ、そう。それは嬉しい事を言ってくれるね」


 考えて見れば未玖はこの『異世界(アストリア)』で、およそ二カ月間も一人でいたんだよな。たまに転移者を見かけたとも言っていたけど、用心して近づかなかったみたいだし。でも……


「未玖」

「はい」

「今日は火曜日、それももう終わる。明後日の朝、俺はもとの世界へ戻らなければならない」


 未玖は少し暗い顔をした。


「で、でも仕事が終わったら、夜になればまた戻ってくる。それまでまた一人にさせてしまうけど……」

「だ、大丈夫です! わたしは大丈夫ですよ。このゆきひろさんの……ここにいてもいいって言ってくれるんでしたら、ここはかなり安全だと思いますし……」

「おいおい、この場所はもう未玖の場所でもあるんだぞ。だから俺と未玖の場所、拠点だ。丸太小屋もそうだし持ってきたものはだいたい置いていくから好きに使ってくれてもかまわない。二人の物だ。だから……俺はそのつもりだから、遠慮はしなくていいよ」

「あ、ありがとうございます」


 未玖の場所でもある。そう聞いた未玖の表情は、少し明るくなった。


 遠くに見える俺が草むしりをして作ったこんもりした草の山。そこに捕まえたコケトリスが見えた。抜いた草を食べているのだろうか。夢中になって啄んでいるコケトリスを、俺は指をさした。


「あいつもいるし、とりあえず一人って事はないか」


 そういうと、未玖は笑った。


 もしも長野さんが旅立たないでこの場所に残ってくれたら。そしたら俺がもとの世界へ戻っていてもどれ程心強いか……どれ程安心だっただろうかと考えた。


 でも今は、いくら考えても栓の無い事。長野さんは旅立ってしまったのだから。またここへは来るって言ってくれたし、その時にまた諦めずに誘ってみればいい。何度でも。


 ――時計を見る、もう20時になっている。


「今日はぜんぜんこの拠点から動かなかったな。だけど色々な事はあったな。明日はいよいよ俺の長かったロングバケーションも終了だ。一日、有効に使う為に今日はもう寝ようか?」

「そうですね、寝ましょう」


 立ち上がる未玖。服はボロボロで汚れている。俺一人だとなんとかなると思っていたけど、未玖はもとの世界に戻る気もないみたいだし、スマホを紛失した上に戻る事もできない。


 未玖の為に服とか、風呂をどうするかとかも考えておかなければならないな。俺はまあ野郎だけど、未玖は女の子だ。身体だって清潔にしておきたいに決まっている。何にしてもこれからの課題は山積みだ。


 焚火の火は放っておいても薪をくべなければ、そのうち燃え尽きて消える。だから火はそのままにして、俺と未玖は小屋に入った。そして未玖が寝室に入ると、俺もまた椅子を並べて簡易ベッドを作りそこに横になった。


「それじゃ、ゆきひろさん、おやすみなさい」

「はーーい、おやすみ」


 バタンッ


 小屋の中は、ほぼ暗闇が広がっていた。窓を塞いでいる板を少しだけ上げる。そこから少し差し込んでくる月明かりの光が心地よかった。これで、もっと寝心地の方もよければ最高にいい睡眠がとれるのになって思う。横になっているのは、ゴツゴツのウッドチェアの上だから起きれば身体が痛い。


 当初はそれも想定して、今被っている毛布の他に寝袋まで用意はしてきた。でも寝袋の方は、今は未玖が使用している。


 …………フフフ。


 なんだか笑けてきた。万年平社員の俺は、毎日毎日このままこれでいいのだろうかと心の何処かに疑問を持ちつつもそのうちどうでもよくなって、その仕事とネトゲの毎日を送っていた。


 でもあの日……なぜかあの日、急にこのまま死ぬまでこの今の仕事とネトゲの毎日を繰り返すのかと思って、急にそれがなんだか恐ろしくなって……今更こんな事をしても焼け石に水だと思いながらも秋葉原に出かけた。


 それであのメイドさんに出会い、俺は信じられないようなありえないこのゲームの中のような異世界へ転移した。


 それからは、今までの俺の人生を思い出すと信じられないような事の連続だった。


 未玖とこうして知り合って一緒に、この小屋で眠っているって考えるだけでも不思議すぎて笑けてくる。あの狼の群れに襲われて無我夢中で逃げこんだ丸太小屋にまさか、この異世界で出会った少女と住む事になるなんてな。こんなの誰も予想できない。


 毒に侵され石化してしまっている。そんな風に思っていた俺の人生に、この世界は再び生命の雫を落として瑞々しいものしてくれた。


 秋葉原で、俺に新たな生き方を与えてくれたメイドさんには、素直に感謝したいと思った。


 明後日の朝には元の世界へ戻る。だからなのか、そんな事にあれこれと頭を巡らせていた。すると、いつの間にか眠ってしまっていた。

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