Phase.467 『五味の頼み』
そこは、俺達の拠点周辺に広がっているような森だった。鬱蒼としていて、草木に溢れている。でもかなり離れた場所だった。
じーさんが傍にいなければ、流石の俺も心細さの1つも感じていたかもしれない。すると隣を歩いているねねが、俺の顔を覗き込んできた。まるで俺の心をよんで、「うちもおんねんけど」とか言っているような顔。なんかムカつくぜ。
「なんだよ」
「スズモン、ゴブリンと戦ったことあるん?」
「ああ、あるよ」
「単体ちゃうで。群れやで」
「ああ、あるよ」
「ほんまかいな」
「…………」
ねねはそう言うと、腰に差していたナイフを抜いて手に持った。これでいつゴブリンが現れても対応できるという訳か。
確かにゴブリンは、狡猾で待ち伏せしたり、何処からか急に強襲してきたりという事も珍しくはない。
……それにしても、やたらデカいナイフだな。サバイバル……いや、コンバットナイフか。
「ええやろー、このナイフ。貸せへんでー」
「いらねーよ。俺にはこれがあるからな」
そう言って、腰に差している銃に触れて見せた。
「銃かーー。銃は強力やでな。凶悪なゴブリンも驚きよるし、当たったら即死か大怪我やもんなー。でもいきなり襲ってこられた時に、活躍できるんはやっぱナイフや。銃なら、構えて狙って撃たなあかんやろ。つまりスリーアクションや。でもナイフは、咄嗟にサッて振るねんけど、これがもう攻撃やから1アクションやねん」
「そうか?」
「そうや。なんなら試してみよーかー。それにナイフなら音もせーへんやろ。つまりアサシンできんねんで」
「音が出た方がいい場合もあるだろ。敵を引き付けるとか、ビビらせる時にも有効だ。そういう時、ナイフのお前はどうするんだよ?」
「そりゃもうあれや。ぎゃああああ言うて、ゴブリンの喉を斬ったるんや。因みにゴブリンは、喉斬られてもーてるから叫ばれへんやろ。やから、うちが代わりにぎゃああああ言うねんで。ええやろ」
「何がいいんだよ」
「しっ!」
先頭を歩いていたじーさんが、手をこちらに向けて黙るように合図した。緊張。じーさんに目をやると、持っていた散弾銃を向こうに向けた。その先に誰かいる。ゴブリン? いや、ゴブリンにしてはデカい。人間か?
「永谷君の仲間かもしれん。よたついてはいるが、歩ける状態のようだ。ゴブリンに襲われた後に、永谷君の後を追ってきたようじゃな」
「仕方ねえ。助けてやるか」
「一応、警戒は忘れんようにな」
「なんでだ?」
「皆、まだあまり意識はしていないようじゃがな。この異世界は、無法地帯なんじゃ」
「は? なんだそりゃ? 悪い奴もいるって事か? もしかして市原達のような奴らの事を言っているのか? それなら……」
「いや、もっと危険な人間もいるって事じゃ。10人いれば、10人全てが善人とは限らん。念の為じゃよ」
確かに極めて危険な奴はいるかもしれない。この世界には、じーさんが言ったように法律なんてないし、警察だって存在しない。警察がこの世界に転移者としてやってくる事はありえるかもしれないが、ここで職務を行う事なんてありえない。
だが俺達はかなり運がいいのか、まだそういうヤバい奴には出会ってはいない。運営側がそういう危険性のある奴を、省いたりしてここへくる奴を餞別しているのか。
いや、それなら市原達はどうなる? まあ、あいつらは単なる小物だから例にもならないかもしれないがな。
「解った。それじゃ、俺がまず男に近づくから、じーさんは何かあったら援護してくれ」
「それなら儂が……」
「悔しいけどよ、射撃の腕はあんたの方が何倍も上だからな。銃の取り扱いだってそうだしな」
そう言って俺は、向こうから歩いてくる誰かに近づいて行った。後ろからねねがついてくるので、じーさんの後ろにいろと言ったがきかない。なんだ、こいつ。死んでもしらねーからな。
近づくと、そいつが俺達と同じ転移者で、男だとハッキリと解った。
「おい、あんたそこで止まれ!!」
男は、俺の言葉を聞いてはっとする。そしてまじまじと俺の顔を見て、武器を構えた。槍――それはどう見ても、もとの世界のものではない、この異世界で手に入れた槍のようだった。
「ひ、ひい!!」
「お、おい、落ち着け!! 俺は人間だ!! 絶対に、それで俺を刺すなよ。もし間違えて刺したとしても、俺は確実にてめえに向けて銃を発砲するからな」
そう言って腰に差している銃に手を添える。だが敵意はないのだと伝える為に、抜いてはいない。
「人間……に、人間!!」
「そうだ、人間だ。俺は鈴森だ。向こうにいるじーさんが長野で、その横にいるのがねね。皆、転移者だ。そして永谷を知っているか?」
「永谷?」
男は永谷の名前を聞いて、きょとんとした。そして直ぐに、わなわなと顔を赤くする。
「永谷だとおおお!! 永谷!! あいつ!! 1人で逃げやがって!! 俺達をおいて逃げやがって、許さねえ!!」
ふう、やっぱり仲間だったようだ。俺はじーさんと顔を合わせると、じーさんは頷いた。
「いいか、よく聞け。俺はそのお前の仲間の永谷って奴に頼まれて、お前を助けに来た」
「嘘だ!! あいつは、ゴブリンの群れに襲われた時、俺達の事を置いていったんだ!!」
「そんなの俺は知らねー。勝手に後で本人に殴りかかるなりしろよ。そんな事より、俺はお前らを助けに来てやってんだから、協力しろよ。お前、名前は?」
「五味だ」
「五味か。それじゃ、向こうを向け。そうだ、あっちだ。あっちの方へずっと真っすぐに進めば、小屋がある。そこにナナキって奴と、永谷がいるからそこへ向かえ」
「え?」
「お前は今、言ったろ? 永谷が俺達をおいていったって言ったよな。じゃあ、他にも仲間がいるんだろ? 生きているのか? 俺達はな、悪いが知らねー奴の死体の回収まではする気もない。だが生きているなら、話は別だ。助けに行ってやる」
五味は驚いた顔をした。それから俺やじーさん達の方を向きて、頭をさげた。こっちに向かってくる時、既に怪我と疲労でよろよろとしていた五味は、そのまま前にへたり込んだ。まるで、土下座をしているように見えた。
「頼む!! どうか頼む!! 皆、絶対に生きているはずだから、助けてやってくれ!! この通り、お願いします!!」




