Phase.466 『ねね』
ベッドで横になっている永谷は、普通に眠っている訳ではなく、気を失っている状態だった。俺はもう一度、こいつを叩きおこして、こいつの仲間のいる位置を聞き出そうとした。でもジジイが止めた。
「鈴森君、もう少し待て」
「そうこうしているうちに、こいつの仲間はゴブリン共に皆殺しにされちまうぞ!」
「解っとる。でももう少し待て。今は、起こさない方がいい」
「じゃあ、死んじまっていいのか? ゴブリンは、ゲームなんかじゃ雑魚だけどよ、この世界じゃ凶悪だ。こいつを追ってここまでもうつけてきているかもしれねーし、俺はさっさと行動した方がいいと思うけどな」
逃げる永谷を追って、ゴブリンがここまで追ってきているかもしれない。その言葉に一番反応を見せたのは、この小屋の持ち主だった。ナナキ。
「それは、ちとマズいなー。でもワテは助けには行かへんで。別に冷たいんちゃう。いや、冷たい思われてもええねん。要はな、助けに行くーゆーてもな、リスクが高いねん。危険やて解ってて、そこにわざわざ行こう思わへんやろ」
「ほら見ろ、ジジイ。これが普通の反応だ」
「どーでもええけどな、あんた……」
「鈴森だ」
「鈴森や、そや鈴森な。長野はんは、優しいからなんも言わへんけど、あんたより大先輩やで。ジジイって呼び方、よくないと思うけどな」
「ジジイはジジイだろ。なあ、ジジイ」
苦笑いするジジイ。ああ、解っているよ、俺は嫌われものだからな。とっくに自覚している。それにニートだ。人との付き合い方も解らねえ腐れニート。これまでも翔太みたいな変わった奴でもない限り、俺なんかとつきあおうとする奴なんていなかったからな。
翔太以外にも、今はいるが……こんな俺みたいなのに、よってくる椎名や未玖は変わり者だな。
「…………」
「…………」
「……スズモン?」
唐突な沈黙に耐えられなくなったのか、ねねが俺の事を呼んだ。俺は、ねねの顔を見ない。
「解った、まったくめんどくせーなー。じゃあ、ジジイの事はじーさんって呼ぶぜ。それなら問題ないだろ? どうだ? じーさん」
「まあ、どっちでもいいんじゃがな。でもジジイからじーさんになったっていうのは、なんかそれはそれで昇格した感じがあっていいのう」
「そうかよ、良かったな」
「あんた、ほんまにいい加減にしーや!」
「まあまあ、ナナキ。これはこの位にして……それより、儂もちょっと考えなおしてみた。永谷君は、気が付くまでここで安静に休ませておくとして、儂は少し外を見てこようと思う。彼を見つけたのは、向こうじゃったな」
「せやけど、危ないで」
「大丈夫じゃ。そう感じたら、直ぐに戻ってくる。それにもしかしたら、彼の仲間が彷徨ってこっちへ来ているかもしれんし、そしたら助けなければならん。だがもしゴブリンがこっちへ来ていたら、それはそれで退治できるようならしてしまおうと思っとる」
「そうなんや。そこまでハッキリしてんやったら、解ったわ。ワテとしても、凶悪なゴブリン共に、この辺をうろつかれたくあらへんからな。退治するんやったら、ワテとしたら願ったりやけど、かなり数いるみたいやしな。まあー、それならそれでええけど、無茶しなや」
「ああ、解った。それじゃ、ちょっと行って見てくるわい」
「おい、じーさん! ちょっと待てよ!」
ジジイからじーさんに呼び名を変えた。するとじーさんは、少し笑った気がした。口の周りが髭ボーボーで解りづらいが、あれは確実に笑ってやがる。なんか釈然としねーな。
じーさんだけに任せておけねーと思い、続いて小屋を出ると、なんと後ろからねねもついてきた。
「おい、てめー!」
「ねねやで」
「ねね! お前は小屋にいろよ! 死ぬぞ!」
「ありゃま、心配してくれてるん? ほんなら、大丈夫やで。うち、こんな感じでナナキとずっとやってきてるから。なんとか死んでへんし」
「おい、じーさん! いいのか、あいつついてくる気だぞ!」
「そうじゃな。ふむ、ねねちゃん、一緒に来ない方がいいんじゃないか? ゴブリンは集団でいたって話だ。危険じゃぞ」
「ありがとー。でも大丈夫やで」
「そうか、なら仕方がない」
「お、おい! いいのか!!」
「ねねちゃんも、ナナキと一緒にこの世界にいるんじゃ。危険だというのは、十分に理解しているだろう。そんなに心配なら、君が守ってやればいい。鈴森君は頼りになる男だと、儂は思っておるからな」
「ッチ!!」
もう知らねー。どうなっても知らねー。
小屋を出ると、さっきナナキが永谷を連れてやってきた方へと向かった。そっちから来たって事は、とうぜんその先にゴブリンも永谷の仲間もいる。もしも、まだ生きていればの話だがな。
「そういや。永谷の仲間って何人だ? 名前も聞いてねーな」
「見ればきっと解る。必死になって、ゴブリンから逃げている者がいればそうじゃからな。それに心配せんでも1人見つければ、その者から人数を聞けばいい」
「ああ……確かにそうか」
俺達が小屋に辿り着くまでに歩いてきた道は、林みたいな場所だった。それがずっと続いていて、アウルベアーや恩田に会った場所もそんな感じだった。
でも今歩いて行っている方は、次第に木が多くなっていく。そう言えば、永谷って奴、森で襲われた的な事を言ってやがったか。
じーさんが先を歩き、その後ろに俺、ねねと連なって歩いていたが、ねねが隣に来た。
「なんか、あれやねー。緊張するね」
「おい、遊びじゃねーぞ」
「そんなん解っとーし」
「なんだ、てめえ……」
睨みつけても、まったく引かない。それどころか、ねねは俺の顔を見てにこにこと笑っていた。でも馬鹿にしているようには見えない。
本当に変わった奴だぜ。




