Phase.464 『ナナキ その3』
ごくごくと水を飲んでいる時も、ねねは俺に話しかけてきた。まったく鬱陶しい奴だ。
「やー、あんたよう飲むなー。いくら喉が渇いてたんか知らんけど、お腹チャンポンチャンポンなってまうでー」
「ほっとけ」
「鈴森君、あれやろ。友達おらへんやろ?」
「あー?」
こいつなぜ俺の名前を知っている。そう思ったが、ジジイが俺の名を呼んでいた事に気づいた。
「絶対、おらへんわ」
「お前はいるのかよ」
「お前って言わんといてー。もっとええ感じに言うて」
「じゃあ、ねね。これでいいのかよ?」
そう言うと、ねねは急に顔を真っ赤にした。なんだ、こいつ? 本当によく解らねえ。あっちへ行け。
「なははー、鈴森君ってあれやね。えらいド直球やね。いきなり下の名前で呼ぶから照れてもーたやんか!」
「ああ、そう。そりゃ良かったな」
「でもそれって、フェアちゃうやん?」
「フェア?」
「あいこちゃうわってゆーてんやん。鈴森君も名前おせーてーや。ええやろ、別に減るもんちゃうし」
「減る」
「減らへんよー! おせーてーやー!! それであいこやん!! あいこなるやん! なってまうやん! なー!」
「うるせーなー、あっちに行けよ!!」
「嫌や! 教えてくれるまで行かへんで!!」
本当になんだ、こいつ。ちょーうぜーぞ!! 段々と殺意が芽生えてくる。
「おせーてんさ、おせーてんさ。なあ、ええやろー。鈴森君の下の名前をおせーてーやー」
拳を握って腕をサッと上げると、ねねは慌てて近くの木の陰に隠れた。
「暴力反対やでー!! こんな可愛い女の子に暴力するなんて男は、最低のクズ男やでー!」
「俺は女や男だってーのは、気にしねー。敵になるなら一切の容赦はしねーからな」
「なんでなん! うちは敵ちゃうやん!」
「俺だって、理由がねーのに殴る気なんてない。これは腕をあげてみただけだ。だいたい殴る気なら、追いかけて行っているだろーが」
「なんやー、感じ悪いな!! 絶対、スズモン、友達おらへんわ!!」
は? スズモン!?
「なんだそりゃ!!」
「へ。なにがなん?」
「ス、スズモンってなんだよ」
「スズモンはスズモンやん。恐竜の名前ちゃうで、あんたの事や。だってしゃーないやん、名前教えてくれへんのやから」
「名前なら知ってんだろ!」
「下の名前ちゃうもん!」
ねねはそう言って気の陰に隠れて、そこから顔を出したまま舌を出して見せた。
なんだ、こいつ。本当にうざくなってきやがった!! 翔太はこういう奴、面白いとかいいキャラ見つけたって言って仲良くするんだろーがな。俺ははっきり言って大嫌いだ。うざすぎて、たまんねー。
どうすればこいつを追い払えるのか。そんな事を考えつつ、腕や顔についた汚れを川で洗い落とした。そして目の前にタオルがあったので、それで顔など拭いた。
「ええニオイするタオルやろ。なんでやろなー、どないしてやろなー。なんでやー、思う? それは女子の使っとるタオルやからやでー」
「なんだ、お前のか」
タオルをねねに投げつけた。
「なんや、ほんま感じ悪いやっちゃなー!! スズモン、絶対友達おらへんわー!!」
「うるせーよ、ほっとけ」
俺はそう言って立ち上がった。周囲を一周見る。ここは、草木がそれなりに生い茂っていて、川もある。俺達の拠点には劣るが、環境は似ているかもしれない。危険な魔物だっているだろうな。アウルベアーのような狂暴な奴とかな。
「さてと、ジジイの所へ戻るか」
「え? なんなん? もしかしてうちに言ったん?」
「は? 独り言だ」
「めっちゃ気分悪いわ。うち、女の子やねんから、もっと優しーせなあかんで」
「なんでだよ。そんな義理はないだろ」
「あるで。うちのめっちゃええタオル使うたやん」
「…………」
「使うたやん」
俺はねねを無視して、また小屋の方へと歩いた。そろそろそのナナキって奴が戻ってきているかもしれねーしな。
「ちょっと待ちーな!! うちを置いていきなや!!」
小屋の正面側に戻ると、変わらずベンチにジジイが座っている。ジジイは帽子を目深に被り、項垂れるような体制になっていた。もしかして、眠っているのか?
ジジイのもとに行くと、声をかけた。一瞬、死んでいるじゃないだろーなと不安になる。
「おい、ジジイ」
「ん? なんじゃ? 儂は起きとるよ」
「寝てんじゃねーか」
「ああ、ちょっとだけな。はははは。この歳になるとな、合間合間で居眠りしたくなるんじゃよ」
「急に老け込んでんじゃねーよ。それで、ナナキって野郎……っていうか、女だったな。そいつは、戻ってきたのか?」
ジジイは、周りを見回す。近くには俺とねねしかいない。
「ふーむ、どうやらまだのようじゃな。まあ、そのうち戻ってくるだろう。そうじゃろ、ねねちゃん」
「せやで。直に帰ってくると思うわ」
その直に……ってのが、いつなのか具体的に知りてーよ。ここには、俺達の拠点のように有刺鉄線やバリケートもねえ。例えあったとしても、あんなもの簡単に突破してくる魔物は沢山いるだろうが。だがあんなのでも、あるとないとではえらい違いだ。
こんな小屋しかない所で、じっと待っていたくはない。それでも待つしかないんだけどな。大きくため息を吐くと、また周囲を見回した。すると向こうの木々に人影が見えた。俺は指をさした。
「おい、あれみろ。戻って来たんじゃないのか?」
「あ、ホンマやー! ナナキや! おーーい、ナナキーー!!」
ねねがナナキの方へと駆けて行く。ジジイは、その後について行こうとした所で呟いた。
「うん?」
「どうした?」
「いや、誰か怪我をしたらしいな」
ジジイの言葉に嫌な予感が走る。向こうに見つけた人影に目をやると、誰かに肩を貸した女がこちらへ向かって歩いて来ていた。
女はナナキ。そして怪我人を連れている所を見ると……またかよって思った。
間違えない。魔物に襲われて怪我をしたが9割とみた。事前に聞いていた話から、ナナキと一緒にいるのは、このねねって女だけだ。なら狩りの最中に、魔物に襲われて負傷した奴を見つけてここまで連れてきた。
そんなこったろうな。だが正直、恩田達に続いてまたかよって思った。




