Phase.463 『ナナキ その2』
小屋の裏手に回ろうとした所で、誰かとぶつかった。そしてそいつが何者なのか確かめようと顔を上げてみると、そこには20歳くらいの若い女が立っていた。
「なんなん、あんた? こんなとこで、なにしとん?」
「お前がナナキか?」
「はあ? ナナキ?」
しまったと思った。これじゃ、まるでナナキって奴を、ターゲットにしている暗殺者かなんかだ。女は、俺を睨んだ。明らかに警戒を示している。
「なんなん、なんであんたがナナキって名前を知ってるん? 知り合いなん?」
ああ、なんだそれ? 妙な事を言う奴だな。
「おい、どうした!! 何かあったのか?」
ジジイが気づいてこっちに駆けてきた。右足の怪我があるのに、走るなよと思う。それでまた悪化でもしたら、俺が酷い目に合うんだぞ。解ってんのかよ。
「ふう、ふう、ふうーー。どうした? 鈴森君」
「ナナキだ。小屋の裏手に回ろうとしたら、ナナキがいやがった。ほら、ジジイ。知り合いなんだろ? 用件をかたずけろよ」
「ナナキ?」
ジジイはそう言って女の顔を見た。女もジジイを見ている。
「誰なん、この人?」
「このお嬢さんは、どちらさんじゃ?」
「な、なんだと? こいつがナナキじゃねーのかよ! じゃあ、なんでこいつはナナキのいる小屋の周りをうろついていたんだ?」
「ちょー待って! さっきからこいつこいつって、なんなんな、あんた!! うちの事、そんな言い方してひどないー? だってうちら、会ったばっかやんなー!!」
「ああ? 仕方ねーだろーが、名前が解らねーんだからよ! お前、ナナキじゃねーんだろ?」
「だからお前とか言わんとってくれるー? ホンマ、なんなん」
「ちょ、ちょっと待て! 2人共落ち着いて」
ジジイが間に入ってきやがった。
「お嬢さん、ちょっといいかな。儂は長野というもんじゃ。この小屋には、ナナキが住んでおるじゃろ? 儂はナナキの友人で、彼女に会おうと思ってここまで来たんじゃよ。お嬢さんも、ここにおったという事は、ナナキの知り合いか何かではないか?」
女はじろりとジジイを見た。そして俺を睨みつける。なんだこいつ? 俺と喧嘩でもしたいのか? 俺は加減はできねーし、女でも容赦はしねーぞ。それでもいいなら、かかってきやがれ。
「ふーーん、そうなんや。おじー……長野さんって言いはるんや。うちは、ねねや。よろしゅーたのんます」
「ほう、ねねちゃんと言うのか。うむ、いい名じゃ」
本名かどうか解らねーのにな、褒めてんじゃねーよ。
「それで、ねねちゃん。君は、ナナキとは知り合いなんじゃろ?」
「そうや。じゃああんたらは、ナナキのお客さんかいな?」
「そうじゃな。先に言ったが、友人でもある。それで彼女はおるのか?」
「おるで。せやけど、今はおらん」
なんだそりゃ、なぞなぞかよ! 声は出していなかったが、こいつは何か感じて俺を睨んだ。俺も睨み返す。
「するとあれかの? ちょっと出てるだけかの。君をここへ残して、遠出するとも思えんしな」
「そうやで。長野さん言いはったな。よう解ってはるわ。その通りや」
「ふむ、それじゃ彼女が戻ってくるまで、ちょっとここで、待たせてもらってもいいかの?」
「ええよ。あっ、ほんでもな、小屋の中には入られへんで。中には、ナナキの取り扱っている商品があれこれあるから、留守の間はうちも閉め出されてしまうねん」
「信用されてねーからなんだな」
今度は言葉に出てしまった。怒るかと思ったが、ねねって女は目を細めて俺を見ただけだった。
「うちは信用されてんで。でもナナキは用心深いから、そうすんねん」
「ふーーん、そうか」
「はっはっは、じゃあここで待つのもなんじゃし、小屋の正面に移動しようかの。そこで彼女の帰りを待とう」
「せやな。ナナキは、狩りに出かけたんや。なんや最近、兎肉にハマってるゆーてたから、それ狩りに行ってんのんかもしれへんなー」
「狩りなら、獲物を仕留めれば戻ってくるじゃろしのう。それじゃ、待たせてもらおう」
俺達は小屋の正面に移動した。ジジイはまた手作りのベンチに腰をかけて、煙草を吸い始める。そして懐から手帳を取り出して、読んでいる。
さて、俺もそこらで休むか。そう思った瞬間、僅かに水の流れる音が聞こえた。近くに、川があるのか。俺はねねって女に聞いた。
「おい、女」
「そんな呼び方せんといてー」
「じゃあ、ねね」
「なんなん、あんた! うちの旦那かっちゅーねん! って、なんでやねん! 乙女になに言わせてんねん! こっぱずかしー事、言わせなやーゆーねん!」
「そんなのはどうでもいい。それより近くに川があるのか?」
「スルーかいな。まあええけど……あるで。向こうに流れとるわ。小川やけどな」
ねねはそう言って、向こうの方を指さした。林の中。
「ジジイ、ちょっといいか?」
「なんじゃ?」
「向こうに川があるらしい。俺は喉が渇いたから、ちょっと言って飲んでくる」
「おお、そうか。なら水の補給もしておいた方がええか」
「いや、それは用件が済んで、ここを離れる時でいいんじゃねーのか?」
「ふむ、確かにその通りじゃな。それじゃ、儂はここにおるから、何かあれば叫んでくれ」
「それはこっちのセリフだ。何かピンチに陥ったら叫べよな」
またニヤつくジジイ。俺は舌打ちをすると、ねねが指し示した小川のある方へと向かった。
到着すると、確かに川があった。小さな川。水は透明で、飲み水としても問題なさそうだ。
小川に近づくと、早速両手で掬って顔を洗った。アウルベアーや六足ハイエナとの戦闘で、顔に汗や血がついているから、さっぱりしたかった。その後にごくごくと水を飲む。
「そんな喉、乾いとったんやなー。でも、そんな急いで飲んだらむせるでー」
唐突な声に驚いて振り返ると、俺の後を追ってねねがついて来ていた。俺は、なんだこいつと思った。




