Phase.462 『ナナキ その1』
アウルベアーが、どうなったのか解らない。俺達は、奴がいる小屋に火を点けた後、その火が完全に燃え広がり大きくなるまで見届けて、その場を立ち去った。
俺達には、目的があって先を急がなくてはならない。少なくとも俺は、出会ったばかりのあいつらを助ける気なんて微塵もなかったが、ジジイはきっとあいつらを助けるつもりだった。
最初は、かかわりを避けていたのはジジイだったけれど、知り合ってしまえば状況は変わる。俺は恩田が助けを求めていたから、少しだけ様子を見るだけで、先を急ぐつもりだった……って、もういい。どちらにせよ、あいつらは駄目だったんだ。そんな事より今は、目的を達成して椎名たちのもとへ無事に戻らないといけないからな。
来るべき日まで時間もそれ程ない訳だし、俺だってそれなりの準備をしたい。
「そろそろじゃぞ、鈴森君」
「そりゃ良かった。あれからまた何処か解らねえ森の中で野宿ときた。方向感覚も、よくわからなくなってきているし、そろそろ到着して欲しいなって思っていた所だよ」
「そうか。なら、安心せえ。もう少しじゃぞ。じゃがな、鈴森君」
「解っている。そいつは、いないかもしれないんだろ?」
「ああ、いないかもしれんし、いるかもしれん。いつもそんな感じなんじゃ」
「行ってみるまで解らない。だが、もうここまで来ちまっているんだから、今更あれこれ言ってもしょうがねえな」
「わっはっは、その通り。サイは投げられたというやつじゃな」
「カエサルかよ」
また林のような場所を歩いていた。そして少し先に小屋を見つけた。その近くに厩のようなものもある。もしかして、あれか。
「おい、ジジイ」
「やっと着いた。あそこじゃよ」
「ふうー、やっと到着か。確かに俺達の拠点からかなりの距離だな。まあ徒歩だしな、時間がかかるのも仕方ねえけど、ここはいったいどのあたりなんだ?」
「うーーん、そうじゃな。儂らの拠点からはかなり西に位置していて、ややそこから北って感じかの」
「こんな場所をよく覚えているな」
「まあ、それなりに足を運んでおるからな。彼女とのやり取りは、いつもここでさせてもらっておる」
「彼女? もしかして、その相手って女か?」
「お! 女と聞くなり跳びついてきおったな」
「んな訳ねーだろ。三鷹の九条は、男だったからな。とうぜんそう思っただけだ」
「そうかそうか」
「なんだよ、その反応は。なんかムカつくな」
小屋の前まで行くと、確かに生活感が漂っていた。恩田達がアウルベアーから逃げ込んだ小屋は、明らかに長い間放置されていた感じがしていたが、それとは違う。人の手が入っているし、気配もする。
小屋の外には、絵に描いたような切り株があって、それには手斧が刺さっていた。これもこういう世界じゃよく見る光景。ってもとの世界でも田舎に行けば、お目にかかれるか。
「おい」
「解っとる。ちょっと待て」
ジジイは、小屋の前――扉の前に立った。そして叩いた。
ドンドン!!
「おーーい、ナナキーー!!」
ナナキ? ジジイは女だって言っていたが、そいつがナナキか?
「儂じゃ! 長野じゃ!! ちょっと用があって訪ねてきたんじゃが、おるかーー?」
…………
…………返事がない。留守か?
「ふむ、留守かの? でもついさっきまでここに人がいた気配はする。どこぞ近くに行っておるやもしれんな」
「もちろん待つだろ?」
「そうじゃな。それじゃ、ちょっとその辺で待ってみるか」
ジジイはそう言って、煙草を取り出すと一本口に咥えて火をつけた。そして周囲を見渡している。そうだ、ここは俺達の拠点のように有刺鉄線やバリケードで囲まれてはいない。その辺からひょっこりと、いきなり魔物が飛び出してきたとしても、全くおかしくはない。
でもジジイはリラックスし始めた。小屋の前に手作りのようなベンチがあったので、それに座り煙草を吹かしている。右足を自分の方へ引きずったのが、目に入った。
「おい」
「なんじゃ」
「足は、大丈夫なのかよ」
ジジイはズボンの裾を少しまくった。処置はしてガーゼを当て、包帯を巻いているが血が滲んでいた。
「ああ、大丈夫」
「出血しているんじゃねーのか。痛みはあるのか?」
「はっはっは、なんだ、心配してくれておるのか?」
「はあ? そんな訳ねーだろ。俺は単に、あんたがここで倒れたらめんどくせー事になるから、そうならなければいいのになって祈ってるだけだよ!」
「なぜじゃ? なぜ祈る?」
「そんな事も解らねーのか。もしあんたがここで、倒れてみろ。誰があんたを拠点まで運んでいくんだよ。どう見てもその身体、90キロは超えてんだろ。それをおぶって行くなんざ、考えただけでぞっとするぜ」
「ん? もしかして、もし儂がそうなったら、鈴森君。君が拠点まで運んでくれるのか?」
「仕方ねーだろ。あんたがもしそうなったら、本音は置いて行きたい。だがもし逆だったら、あんたは俺を放っておくか?」
「そうじゃな。確かにそうか」
「椎名や翔太、未玖だって俺があんたを見殺しにしたら、絶対責めるに違いない。俺はあいつらとだけは、上手くやりてーって思ってんだよ。翔太は、昔からのつきあいだし、椎名には借りがあるからな」
「未玖ちゃんは?」
「あれの面倒を見ろと、椎名に言われているからな。面倒は避けたいんだよ」
「ほう、そうか」
ジジイはそう言って、俺を見てニタニタと気持ち悪く笑いやがった。俺は舌打ちをすると、一服を楽しんでいる老いぼれをおいて小屋の周りを見て回った。そして小屋の裏手に回ろうとした所で、誰かとぶつかった。
「うおっ!!」
咄嗟に銃に触れる。そして前を見ると、女がいた。20歳くらいの若い女だ。
「うわーー、びっくりしたわ! なんなん、あんた?」
関西弁? こいつか? こいつが、ジジイが会いたがっていたナナキって奴なのか?




