Phase.460 『小屋とやっかいごと その8』
罠だった。そして長木という男は、俺と同じだった。
奴は、小屋に侵入するなり喰いを平らげようと俺達をお揃うとした。でも窓から入ったまではいいが、人間の姿はない。すると当然、アウルベアーは俺達を探す。気になったのは、目の前にあるドアだ。その何処か、もしくは全部に美味しい餌がある。
アウルベアーは暴れた。そうすれば俺達が姿を現すかもしれないと考えたのかもしれない。でも出てこなかった。だから俺達を喰う為に、その方法を変えたんだ。俺達が隠れて身を潜ませたように、こいつもそうしやがった。
それに俺も、まんまと引っかかりそうになった。もう少しで外がどうなっているのか、そして奴がもう小屋から出て何処かへ行ってしまっているのではないかと思い、ドアを開けて確認しようとしてしまった。
アウルベアーは、待ち構えていたのだ。俺達が、嵐が過ぎ去るのを息をひそめて待っていたように、奴もまた獲物が姿を現すまで同じように息をひそめて……
もしかしたら、まず俺が犠牲になっていたかもしれない。でも俺がドアを開く前に、トイレに隠れていた長木が先にドアを開けてしまった。外で待ち構えていたアウルベアーは、そのチャンスをついてトイレから長木を引きずり出して殺して喰った。
俺は少し開いたドアを閉めずに、じっと奴が食事をしている姿を眺めていた。
「くそったれ。あいつ、俺に気づいている癖に……」
俺の方を見ているのか、それとも見ていないのか解らない。今は夢中になって食事を楽しんでいる。それにあの目……見ていると、「次はお前だからな、そこで大人しく順番を待っていろ」とでも言っているように見える。
くそーー!! どうすればいい。このまま奴が長木を喰らっている間に、小屋から脱出して逃げるか。いや、直に陽も落ちる。そしたら奴の本領発揮だし、逃げればきっと食事を中断して俺達を追ってくるに違いない。奴は、恩田達をここまで追い詰めていた。小屋に六足ハイエナを投げ込んできたり、部屋で息を殺して潜んで待っていたり……どう考えても、すんなりと逃がしてくれるとは思えない。
ドンドン!
キッチン、奥の方から音がした。
俺はそっとドアを閉めると、音がした方へと移動した。
ドンドン!
また音――壁からだった。壁には、板が張り付けてあって、そこから衝撃が伝わってきているようだった。
「鈴森君……」
なっ! ジジイの声! 壁の中からジジイの声がした。なんだったか……確か壁の中から猫の鳴き声がするっていうホラー映画があったのを思い出す。でもこれは、ジジイの声だ。
俺は壁の近くに行くと、張り付けてあった板に触れた。
「ジジイ、無事か?」
「儂は無事だ。恩田君もだ。しかし、長木君は……」
「知っている。今、見たところだ」
「そうか。それで、これからどうする?」
「どうする……っつったってな。それより、ジジイ。いったい何処から話しかけてきているんだよ」
「ああ、そうじゃったな」
「寝室にいたはずだろ?」
「ああ、恩田君は今そっちにいる。それよりここに板が張ってないか?」
「ああ、キッチンの壁にある。その向こうに、あんたはいる訳か」
「ああ、そうだ。なんとかそっちに行きたいんじゃがな、今のところこの板を取っ払うには、散弾銃で吹っ飛ばす位しか思いつかない」
「はは、随分と豪快な方法だな。俺好みだ」
「実を言うとな、儂もじゃ。でもそれだと奴の注意を無駄に引いてしまうからの。そっちからなんとか板を外せないかやってみてくれ」
「ああ、これなら外せる。ちょっと待ってろ」
腰には、銃や鉈の他にもナイフなどを差している。椎名や翔太も、最近はずっとこのスタイルだ。だから特別でもなんでもない。その中からナイフを抜くと、壁と板の隙間に滑り込ませた。ちょっとキツイが、入るには入る。
そして刃の部分が板の内側に完全に入りこんだら、壁に足をかけて思い切り引いた。テコの原理で板をひっぺ剥がす。
バキイイ!! ベリベリベリベリ!!
板を剥がすと、壁には大きな穴が空いていた。その穴の向こうに、ジジイがいる。大人がしゃがんで通れるほどの穴なので、ガタイのいいジジイは、苦しそうにしている。
「おお、やっと開通したのう。君の顔を再び見られて、安心したわい」
「ああ、そうか、それは良かったな。それでどうするんだ?」
「そうじゃな。この小屋から逃げ出したとしても、アウルベアーは儂らを執拗に追ってくるじゃろうし、そうなればたちまち追いつかれてやられるだろう」
ジジイも俺と同じ事を考えている。
「なら、やっつけるしかねーって事か」
ドンドン!! バキバキバキ!!
凄い音がして、振り返る。するとドアが破壊されて、外れかかっていた。こうなると、もう僅かももたない。このキッチンにアウルベアーが入ってくるのは、時間の問題だ。
「鈴森君、この穴から寝室に移動できる!! とりあえず、こっちの部屋に逃げ込むんじゃ!!」
「ああ、そうだな。もしも穴が無かったらって思うと、ゾっとするぜ。でもちょっと待ってくれ」
「何をするつもりだ!! 早く、こっちへ来るんじゃ!! 急げ!!」
「解っているけど、ちょっと待て……っていうか、先に行っててくれ」
「おい、どういうつもりなんじゃ!?」
破壊されてドアに、空けられた大きな穴。その中を覗き込むと、梟の目がこちらを見ていた。アウルベアーも向こうから、こっちを覗いていたのだ。
ホーーーーッ!!
普通なら悲鳴をあげる所だろーが、俺は手に持っていたお手製の槍をその穴に突っ込んだ。アウルベアーも俺を掴もうとして、その穴から腕を伸ばしてくる。だがそのお陰で、奴の身体を槍で刺す事が事ができた。
バギバギバギイイ!!
槍が刺さっても、止まらない。アウルベアーはドアを破壊して、俺のいるキッチンへ侵入してきた。俺はそのまま転がってジジイのいる方へ――隣の寝室へ続く穴の中へ逃げ込んだ。




