Phase.46 『鶏? その2』
「待てえええええ!! うおおおおお!!」
コケーーッ!
昼食後の運動どころでは、なかった。
未玖が言うには、コケトリスという魔物は危険ではないらしい。それどころか、鶏同様に卵を産むという。未玖はおよそ二カ月間もの間、この『異世界』を彷徨っていた。その時にコケトリスには何度か遭遇したらしい。
この『異世界』の夜は、結構冷える日がある。そんな時にとても大人しいコケトリスを見つけ、洞穴でコケトリスを抱きしめて眠った日もあったらしい。
更には空腹の時には、コケトリスの卵を手に入れてそのまま生で食べたらしいが、俺達のよく知っている鶏の卵よりも濃厚でとても美味しかったらしい。未玖曰く、すき焼きが無性に食べたくなってしまったらしく、そのエピソードを聞いて笑ってしまった。
そんな訳で折角俺達の拠点近くにコケトリスがいるので、捕まえてみようって事になった。
……だけど――――ぜんぜん捕まえられない。
ちくしょーー!!
あれからずっとコケトリスを追いかけているが、素早く動き回られて動きもよめない。捕まえたって思っても、羽ばたかれてかわされる。未玖はそんな俺とコケトリスの死闘を柵の向こうから眺めながらずっと笑っている。
「ち、ちくしょー!! っぜんぜん、捕まえられねえ!! 未玖は、こいつをどうやって捕まえたんだ?」
「アハハハ」
「笑うなって、もう……いい加減疲れてきた。でもこいつが卵を産むなら俺も卵を食ってみたいしな。それに鶏に似た生物っていうのなら、こいつ自身を食糧にする事もできるんじゃないか」
「でも雄か雌かは、解らないですけど」
「……確かにそうだけど、とりあえず捕まえる。雄だったとしても、それはそれで俺達の非常食にはなるはずだろ」
非常食と言う言葉に未玖は驚いた顔をした。魔物を屠殺する事に対して見せた反応だったのかと思ったけれど、どうやらその事に驚いた訳ではなかったようだ。もうひとつ上の事、それを未玖は言っている。
「そ、それってここで、コケトリスを飼うって事ですか?」
「そうだな。卵を産むなら是非そうしたいし、雄だったとしてもチキンにできるしな。こいつの生態も知りたいし、それが解ったら家畜にして増やす事もできるかもしれない。そうしたら、安定して卵と鶏肉が手に入るからな」
屠殺する事に抵抗がない訳じゃない。でもそれにも早く慣れておきたかった。この『異世界』で生き抜くには、少しでも早く色々な事を慣れる必要がある――そう思った。
色々な事に挑戦し経験し、学ばないとまだまだ俺は『異世界』の事をぜんぜん知らない。
未玖が言った。
「で、でもコケトリスを掴まえても何処で飼うんですか?」
「え? ああ、何処にって言っても俺達の拠点、柵で囲んでいるからな。とりあえず捕まえて柵の中に入れておけばいいんじゃないか」
「そ、それって放し飼いって事ですか?」
「ああ、危険はなさそうな魔物だしな。コケトリスを追いかけ回して解ったけど、鶏同様に羽ばたけても飛ぶことはできない鳥だ。きっと大丈夫だろう。もし逃げ出したらまた捕まえればいいだろう。その時にまた考えればいいんじゃないか」
呆れているのか、驚いているのか解らないといった表情の未玖。でもそれくらいで丁度いいんだよ。
「大丈夫だって。コケトリス用の柵を造ってもいいけど、それはまた後でだな。とりあえず、こいつを掴まえないとそんな話をしていてもしょうがない。見てろ、未玖。今度こそ捕まえてやる。とりゃあああ!!」
コケーーッ!!
逃げるコケトリスに、追いかける俺。ぜんぜん捕まえられない。もう結構な時間こんな事を繰り返しているが、触れる事ができても掴もうとした瞬間にかわされる。うーーん、まいったな。
一向に前進しない。しかし不思議な事に、コケトリスは逃げ惑っていても、なぜか森のもっと奥へ逃げ込んで行ったりという事はしなかった。ずっとこの俺達の拠点付近の森にいる。
「くっそー!! 捕まんねーー!! 魚でも獲るような投網でも用意してくれば良かったな」
そろそろちょっと弱音が漏れ出してきた所で、柵の向こう側でずっとこちらの様子を眺めている未玖が叫んだ。
「そ、そっちにちょっと行ってもいいですか?」
「え、こっちに? なんで?」
「わたしも、お手伝いしたいです!」
ふむ、確かにこのまま意地になって一人でコケトリスを追いかけ回しているよりも、二人でやった方がサッと捕まえられるかもしれない。
それにこのまま苦戦していても、チャンスがあり続ける保証もないしな。なぜかこのコケトリスはここから去ろうとしないでいるが、それもいつまでもって訳じゃないだろうし。
周囲を見回す――特に危険はなさそうだ。俺は、未玖に向かって手を振って合図をした。
「よし、じゃあ未玖。手伝ってくれ! 二人でこいつをサッと捕まえよう!」
「は、はい! ありがとうございます!」
未玖は、柵を抜けるとこちらにゆっくりと歩いてきた。きっとコケトリスを刺激しないようにだろうという事は見て取れた。
「よし、それじゃ未玖! 捕まえるぞ!」
「は、はい」
「え? おい、未玖……ちょっと……」
未玖はこちらに歩いてくると、そのままゆっくりとコケトリスの方へ歩いて行きコケトリスに向かって優しく両手を差し出した。そして、そのままコケトリスを掴むとそのまま抱き上げた。
「ええええ!! う、嘘だろ!! お、俺あんなに苦労したのに……」
「今コケトリスを目の前にして、前に捕まえた時の事を思い出して……もしかしたらって。そしたら、上手く行きました」
「よ、よし! いいぞ未玖! そのままゆっくりとこっちにこい。そのままそのまま……」
まさかの未玖の活躍。俺達はコケトリスを掴まえて、柵に囲まれている内側――拠点の中へコケトリスを放った。もしもこのコケトリスが雌なら、未玖が美味しいって言っていた卵が食べられる。
そうなれば、シンプルに目玉焼きにするかスクランブルエッグにするか、卵焼きにするかオムレツにするか――しっかりと未玖と話し合って決めておこうと思った。




