Phase.458 『小屋とやっかい事 その6』
「恵美ーー!!」
「やめろ、よせええ!!」
恩田が小屋の外へ出ようとした。折角積み上げた扉の前の棚やら椅子やらをどけて、表に出ようとしたのでそれを止める。
「離せ!! 恵美が!!」
「女は死んだ!!」
「嘘だ!!」
「その目で今、見ただろ!!」
「ちくしょおおおおお!!」
両手を床に叩きつける恩田。だからと言って、俺は慰めたりはしない。こいつらとはさっき知り合ったばかりだし、知ったことか。でもだからといって、目の前でむざむざ死なせはしない。もう一人……長木に目をやると、呆然としている。
「女……お前らの仲間の恵美は死んだ。アウルベアーの一撃でな。今更死んでしまった者を助ける事はできねーし、外に出てみろ。お前らも死ぬだけだ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
やっと我に返った長木が言った。
「はあ? 知るかよ、そんなの。俺に聞いてんじゃねーよ」
「そんなあー」
「なら、じっとしてればいいんじゃねーのか。ハッキリしているのは、今小屋の外へ出たら確実に死ぬって事だ」
アウルベアーは、魔物だ。だから現実世界の動物と比較してもあてにはならない。それでも縋りつく思いで考えるなら……
奴は、名前の通り梟の頭をした熊だ。熊なら60キロ位の速さで走るって聞いた事がある。アウルベアーもそれに匹敵する足の速さなら、逃げ切るのは絶望的だ。
このままやり過ごして、台風が過ぎ去るのを待つか……それともやっつけるかだ。やっつけるとしても、熊の身体を持つ魔物だろ。銃が通用するかどうか。
「鈴森君」
「なんだよ」
ジジイだった。ジジイは、割れて酷い事になってしまっている窓を指していた。
「これはマズいぞ。これじゃ、奴がこっちに回ってきたら、やすやすと小屋に侵入されてしまうぞ。扉は塞いだが、もしかしたら逆にこれは儂らの逃げ道を塞いでしまったかもしれん」
「じゃあ、どうする? 積み上げた棚と椅子をどかすか? 奴は今、その扉の向こう側で食事中だぞ」
そう言ってやるとジジイは、小屋の中をキョロキョロと見回し始めた。
「あの扉はなんじゃ」
「トイレだよ」
恩田が答えた。
「それじゃ、向こうの扉は?」
「えっと、キッチンになっている。こんな小屋だから、小さなキッチンだけどな。因みにその隣の扉は、寝室だ。埃塗れのベッドがあったから間違えない」
トイレ、キッチン、寝室。ここにいるよりは、そっちに移動した方が安全か。
ガチャッ!!
「ん?」
ノブの回す音。振り向くと、長木がトイレに入って行った。鍵をかける音。それを見た恩田が慌ててトイレのドアを叩く。
「おい、長木!! 何をしているんだ!! 出て来いって!!」
ドンドン!
「嫌だ! 外にいたらやられる。ここのトイレなら窓もないし、大丈夫だ!!」
「それなら俺も中へ入れてくれ!!」
「やめろ!! ここは狭くて2人は無理だ!! お前は、キッチンか寝室の方へ行けよ!!」
「なんだと、この野郎!! 怪我したお前をソファーに寝かせてやったのを誰だと思っている!! 出て来い!! おい、開けろ!!」
ドンドンドン!!
トイレのドアを叩く恩田。その腕を掴んで睨みつけた。
「な、何をする!!」
「それはこっちのセリフだ!! 外にいるアウルベアーを呼び寄せて、お前はどういうつもりなんだ!!」
「うっ……」
はっとして、動揺する恩田。俺はジジイに視線を送った。
「いずれにしても、その窓から突っ込んでこられたら、儂らはやられるぞ。奴が回り込んでくる前に、避難した方がいい」
「なら、どっちだ?」
寝室とキッチン、交互に見る。
「ふむ。ちょっと待て」
ジジイはそう言ってキッチンと寝室、それぞれを覗き込んだ。そして言った。
「両方の部屋には窓がある。しかし寝室の方は、板が打ち付けてあった。この小屋から人がいなくなって、放置されてどれ位の時が経っているかは解らん。よって強度も解らんが、板が張ってあるだけマシ……っていったところかの」
ジジイに続けて、俺も両方の部屋を覗き込んだ。
「なるほどな。寝室には、洋服箪笥とか棚もあるし、それを窓側に置けばちょっとしたバリケードにもなるな。よし、ジジイ、恩田。お前らは寝室に入れ」
「おい、ここでやり過ごすのか? アウルベアーは本来は夜行性なんじゃ。このままここで籠城するなら、直に陽がくれて、儂らは追い詰められるぞ」
「それを言うなら、既に追い詰められてんだよ。そして今外へ出てったら、確実に殺される。ならもう選択肢はないんだ。どうする、恩田?」
「ああ、長木はトイレに入ったまま出てこない……なら俺も寝室に移動する。ははは、ここじゃ風通しが良すぎるしな」
ジョークのつもりかよ。
ドササ!
何か小屋の外で音がした。食事が終わって、奴が動き出したか?
「おい、ジジイ! 寝室に入れ! ほら、早くしろ!!」
「解った……って、おい! 鈴森君! 君はどうするつもりだ? まさか、ここに!!」
「何言ってやがる。俺だってここは嫌だ。窓から奴が突っ込んできたら、秒で殺されるからな。俺はキッチンに隠れる。そうした方が、絶対にいい」
「まさか、鈴森君……君は……」
流石ジジイ、椎名が信頼しているだけの事はあると思った。俺の考えを見抜いてやがる。
そうだ。このままここで籠城をするなら、きっと明朝には俺達皆、あのアウルベアーの腹の中だろう。なら一か八か逃げるか……いや、無理だ。戦う方へ、気持ちを切りかえるしかない。
小屋の外でガサガサとまた何かが移動する音。俺はジジイと恩田を寝室に押し込むと、自分もキッチンの方へ身を隠した。




