Phase.457 『小屋とやっかい事 その5』
ガシャンガシャン!!
残っている硝子を割って、何かが小屋の中へ入って来た。六足ハイエナだった。しかも今度は2匹同時に。奴らが侵入してきた窓の硝子はすでに割れていたので、割れて残った硝子が続けて入ってきたハイエナ共の身体を傷つけた。血だらけになっている分、凄みを感じる。
「てめえら、勝手に小屋に入ってきやがって!! ただじゃ済まないって、解ってんだろーなー!!」
グルルルルル!!
敵意に満ちた目。俺の手は、先に入ってきたこいつらの仲間の血で汚れている。それだけでも敵として認識するには、十分な材料になる。銃を向ける。
ダンダン!!」
迷いもせず2発発砲した。六足ハイエナは、2匹とも何かを感じ取って、その場で素早く動いた。弾は命中しなかった。続けて撃とうとした時、ジジイが叫んだ。
「鈴森君!!」
「チッ! 解ったよ!!」
小屋の中は狭い。そんな中でこのハイエナ共があっちへこっちへ動きまわり、襲ってくる。それに対して銃を使えば、同士討ちになる可能性だってある。練習はしていても、俺達はそういう事に対してプロの訓練を受けた訳じゃない。それをジジイは心配していた。
俺は舌打ちすると、銃を腰にさして代わりにまた鉈を手にした。椎名はあの丸太小屋で、剣を手にいしていた。翔太もそうだ。剣を手に持って喜んでいたが、俺はこっちの方がしっくりくる。鉈。
「うおおおおお!!」
グルウウウウウ!!
ザクウウッ!!
ハイエナの背中を鉈で叩いたと思ったが、明らかに浅い。斬れもしていないし、ダメージはそれほどない。そのままハイエナは俺の攻撃を潜り抜けて、部屋の隅で寄り集まって震えている恩田達の方へ向かった。
「ひ、ひいいいい!!」
「きゃあああああ!!」
「た、助け!!」
3人共大きな悲鳴をあげる。直ぐに助けに行こうとしたが、隣にいたジジイが派手に倒れた。見ると、もう1匹のハイエナがジジイの足に噛みついている。ベアラットにやられた方の足で、ズボンに血が滲んできている。
「ぬおおおお!! くうう、またしてもこっちの足を!!」
「ジジイ、散弾銃を使え!!」
「駄目じゃ!! 込められている弾は、散弾じゃ!! 弾が拡散して飛び散るから、ここでは使えん!!」
「くそがああ!! 世話のやける!!」
ちらり恩田達の方を見ると、そっちのハイエナ1匹に対して3人で対抗している。手には、言ったようにちゃんとナイフなどの武器。これなら暫くはもつか。
俺はジジイの方へ行って、足に噛みついていたハイエナ目がけて鉈を振り下ろした。サッと避けて、距離をとるハイエナ。命中しなかった鉈が、床に刺さった。そのすれすれの位置には、ジジイの足。
「お、おい! 鈴森君!! い、今のは、あ、危なかったぞ!!」
「うるせーー、助けてやっただろうが!! それよりも今は、こっちをなんとかしなくちゃなんねーだろーがよ!!」
「きゃあああああ!!」
恵美という女の悲鳴。まったく、あっちもこっちもなんだってんだよ!!
目を向けると恩田が六足ハイエナに、覆いかぶさられていた。首に噛みつかれそうになっているものの、全力で抵抗している。その近くでは、恵美が腰を抜かしているような状態で悲鳴をあげ、長木は腕を噛まれたのか出血していてその腕を庇っている。
「くそ、どっちだ!! どっちから始末すればいい!!」
「鈴森君、恩田君を助けるんだ!!」
ジジイがそう言ったので、俺は恩田の方へと向かった。そして恩田に覆いかぶさっている六足ハイエナを蹴とばした。
ギャン!!
悲鳴をあげるハイエナ。起き上がって今度は俺を襲おうとする前に、その身体に鉈を振った。ザクリという感触。恩田達を襲っていた六足ハイエナは、あっけなくパタリとその場に倒れた。
「ジジイ!!」
顔に飛び散った血を拭う暇もねえ。今度は、ジジイを助けなければ……そう思って振り返ると、ジジイはまさにランボーが愛用していそうな大型のナイフで、もう1匹いたハイエナを仕留めていた。
「大丈夫か、ジジイ!!」
「ま、まあな。ベアラットに噛まれた足の傷がまた開いて出血したが、なんとか仕留めてやったわい」
「みたいだな。それにしても同じところをやられるなんてな。ぼーーっとしているからだぜ」
「はっはっは、確かにな」
「どれ、見せてみろ。傷の手当をしなくちゃならねーだろ」
「いや、今はいい。それよりもな、鈴森君。恩田君の方を……」
「きゃああああ!! もう嫌よ!! 私、もうこんな世界嫌あああ!! 今すぐもとの世界へ帰るううう!!」
「待て、恵美!!」
恵美は、恐怖で発狂していた。それもそのはず。小屋の中は、3匹のハイエナの死骸と、俺達が負った怪我であちこちについた血……ホラー映画さながらの、悲惨な光景になっていた。これを見たら、普通の奴ならそりゃこうなるだろう。
でもジジイもそうだし、俺だってこの世界へやってきてからゴブリンやコボルト、そいつらを相手にそれなりに戦闘をしてきた。もうこういう事には、耐性が付き始めていた。
「もう、嫌ああああ!!」
「やめろ、恵美!! ちょっと落ち着け!!」
長木は呆然とし、恩田は彼女に必死に声をかける。だが恵美は半狂乱になっていて恩田の言葉は、響いていない。入口に積み上げていた椅子やら棚やらを、パニックになった状態でどけるとそのまま外へ出ようとした。
「おい、こら!! その馬鹿女を止めろ!!」
俺は慌てて恩田と長木にそう言った。それでも間に合わないかもしれないと思って、恵美の腕を掴もうとする。だがやはり恵美は、俺がその腕を掴む前に小屋の外に出てしまった。
「おいこら!! 勝手に外へ出てんじゃねええ!!」
「うるさいわねえ!! こんな小屋の中にいつまでもいたら、頭がおかしくなりそうなのよ!! 私はもう、この『異世界』はお腹いっぱいよ!! 今すぐ帰るわ!! 帰ってもうここへはこな……ぎゃっ!!」
ズガアア!!
鈍い音。恵美が小屋の外へ出て叫び出すと、死角から太い毛むくじゃらの腕が飛び出してきた。そして人搔きすると、恵美の身体は大きく吹っ飛んで鮮血が舞った。
「恵美いいいいい!!!!」
恩田が悲鳴をあげる。俺は急いで恩田の腕を掴むと後ろに引いて、恵美が明けた扉を急いで閉めた。そして椅子と棚を積み上げた。
やっぱハイエナを放り込んで来たのは、あいつか。あいつがアウルベアーだ。
ホーーー、ホーーーー。
耳を澄ませると、梟の鳴き声が僅かに聞こえる。そしてピチャピチャという音。もしかして、今仕留めたばかりの餌を喰らっているのか。
この小屋にいる者は、俺自身も含め皆恐怖に顔を引きつらせている。だがなぜだか、俺の心臓はドクドクと興奮にも似た鼓動を打っていた。




